ツーリング日和8(第6話)ライダーズハウス

 オリーブの勉強もしたから次は土庄や。二十分ぐらいで、

「エンジェルロード公園は左になってるよ」

 あそこか。うん、えっと、こっちやろ。ここで行き止まりか。行儀悪いけどバイクを停めさせてもらお。こういう時に原付は無敵やからな。ここから撮影スポットか。インスタの威力は結構なもんや。

「なるほど砂嘴になってるのね」

 砂嘴というより砂州やろ。時間によって現れる道やけど、ここは午前と午後の六時間ぐらい砂州になっとるみたいや。

「渡るのでしょ」

 渡らん。何が悲しくてユッキーと渡らんといかん。ここは恋人同士が結ばれるために渡るとこや。

「結ばれたってイイじゃない」
「絶対イヤや」

 ユッキーの悪いクセや。これだけは五千年経っても治りくさらん。今日の観光はここまでや。結構回れたんちゃうか。残したとこは次の機会や。

「それもあるけど遠いのでしょ」

 それもある。日が高いうちに宿に着かんとエライ目に遭いそうやねん。土庄からまた引き返して、

「小豆島ヴィラって書いてあるとこ左や」
「そこに泊まるの」
「泊まりとうても潰れとる」

 この道もいきなりヘアピンやな。

「今日二度目の不意打ちワインディングだ」

 頭文字Dの舞台が関西やったらバトルの舞台にしそうや。そやなこのコースやったら、

「東堂塾とのバトル」

 あれに近い設定に出来るかも。あの時のコースは工事途中の閉鎖道路みたいなとこやったけど、ここもそれに近いとこがある。バリ伝やったら大学でのタイムトライヤルや。

「距離的にはバリ伝だけど、コース的には頭文字Dじゃない」

 距離やったら七キロもあらへんからどうやろな。いずれにしても登るのに一苦労や。とりあえず目標にしとったロータリーや。

「ここって一体・・・」

 バブルの遺産やな。小豆島の、しかもこんな山に中にリゾート開発をやっとってんや。その中心施設が小豆島ヴィラや。おそらくそれを中心に別荘が立ち並ぶ予定やってんやろ。別荘以外にもなんか誘致する気もあったんやと思う。

「でも無理があり過ぎ」

 そういうこっちゃ。小豆島に別荘を持つとしても、なんでこんな山の上に持たなあかんねん。小豆島やったら海やろが。景色重視にしても遠すぎや。

「それでも買って建ててる人もいるんだから、さすがはバブルとしか言いようがない」

 そんな時代やったからな。あれは、あれでオモロイ時代やった。その代わり、バブル崩壊後の不況がどんだけ長かったことか。バブルの話はさておき、こんな廃墟のようなとこに住んどる物好きがおる。

「そこが今日の宿ね」

 いわゆるライダーズハウスや。これをバイク乗りならライハと呼ぶ。

「エラそうに。今回のツーリングで初めて覚えたんじゃない」

 そうや。このライハってなにかと聞かれたら困るんやが、単純にはバイク好きが集まる宿や。

「それじゃ、わからないよ。釣り人が集まる釣り宿とは同じと言えないもの」

 そうやねん。そもそも宿って言えるかどうかも疑問や。とりあえず旅館どころか民宿とも言えへん。あえて言えば民泊に気持ち近いけど、

「それも違うよ。そうだね、バイク好きが昂じまくって、家にライダーを好意で泊めてるぐらい」

 上手いこと言うな。昔の旅人が家に頼み込んで泊めてもらう感覚に近いかもしれん。そのせいかビックリするぐらい安い。

「素泊まりなら原則無料ってところもあるぐらいだよ」

 バイク乗りにはありがたい施設や。バイク乗りってカネ持ってないのが多いんよ。カネないけど、バイクに身を任せてロング・ツーリングをやりたがる人種でもある。カネがあらへんから野宿、今ならソロキャンを重ねるのもおるぐらいや。

 そやけどキャンプも一泊ぐらいならまだしも、続くと辛いんや。バイクでキャンプするだけでも大荷物になるからな。それにバイクは走らせるだけでも消耗する乗り物や。さすがに昔の人みたいな旅は続けられるものやない。やっぱり夜は屋根付きのとこで寝たいのが本音や。

「民宿でも高いと思うのがバイク乗り」

 全部やないけど、そういうのが少なくあらへん。そういう連中を相手にしようとする商売やから、宿泊費も格安の極みみたいにしとるんやろ。まあ、よっぽどバイクが好きで、バイク乗りが好きやなかったら出来へん商売や。つうか、そんなもんでよう商売が成り立ってると思うもんな。

「バイク好きの世界はディープだよね」

 どこの世界でも同じで変なのもおるけど、バイク乗り同志の連帯感は強いとこあるからな。この辺はどこまで行ってもマイノリティの自覚もあるからやと思うてる。

「マスターはどんな人なの」

 ライダーズハウスを経営するような人物は良い意味でも悪い意味でも個性的でエエと思う。少なくとも普通の旅館や民宿を利用する気で行ったらアカンやろ。そやな、カネ払ってるんやからサービスするのは当たり前なんてのはアウトや。

「泊めてもらう感覚かな」

 最低限はそれやと思う。ほいでも、さらにプラスアルファは欲しいと思うんよ。そやな、客として選ばれてるぐらいの自覚やろか。予約の時に聞いた感じやったら、客と主人つうより、同好の士として楽しみたいがあると見た。

 これかって妙な話やないねん。バイク乗り同志が仲良くなっても悪ないし、その輪の中に入ってマスターも楽しみたいぐらいのスタンスのはずや。あんな宿を経営するぐらいやから世話好きやろうしな。

「じゃなけりゃ、出来ない商売だよ」

 平たく言えばせっかく一夜の宿をともにするんやから、友だちになりたいぐらいで間違ってへん気がする。そこで求められる礼儀は、

「親しき仲にも礼儀あり」

 これかって当たり前のことやからな。そやから客の選別もウルサイとこはあるそうや。そういうマナーを守れへんのは二度と利用できへんとかや。

「普通の客商売でもあるけど、もっとシビアぐらいかな」

 こう聞くと気難しそうなヘンコ親父を思い浮かべてまいそうやけど、そんなことはあらへんみたいやからここにしてみた。話のタネになりそうやんか。

「こんな不便なところに集まってくれるのだから、良い人のはずだものね」

 別荘地は広大みたいやけど、殆ど空き地で、草どころか木が生い茂って森になってるんねん。ポロンポロンと建物はあるけど、空き家と言うよりあれは廃墟やろ。

「このロータリーの周辺もショップが建つ予定だったんだろうけど」

 森しかあらへん。つまりって程やあらへんけど、商店なんてものはどこにもあらへんねん。もし買い物となったら、

「あのバトルロードの往復よね」

 バトルやないっちゅうねん。そやからでもないけど食料は持ち込みや。ライダーによってはコンビニでカップ麺におにぎりなんてのも珍しゅうないらしい。ビールもそうや。

「でもなんだよね」

 この辺がオモロイとこやねんけど、素泊まりが基本やけど夕食は相談やねん。宿として決まった夕食があるわけやないんやけど、泊まったメンバーの組み合わせとかで持ち込みでバーベキューやったり、鍋を囲んだりもあるそうやねん。

「マスターの気分一つみたいね」

 気分一つ言うたらあれやけど、バーベキューとか鍋やったらマスターも参加するねん。そうやって盛り上がりたいのは良いとしてやけど、バーベキューにしても連日食べられる物やない。マスターが食べたくなった時に、それをやりたいメンバーが集まるかどうかみたいなもんや。

 さて宿を探さんといかんねんけど、ロータリーから近いはずやねん。つうかナビではそうなっとる。この道やと思うけど・・・

「あれじゃない」
「あれは廃墟やろ」

 道案内の一つぐらいあってもエエのにな。それに日が暮れたら街灯もあらへんやんか。こんなとこに夜に上がってきたらホラーやで。

「あそこにバイクが止まってるよ」

 ホンマや。それもご丁寧にカバーまでしてあるやんか。まだ生きてる別荘でもあるんかいな。それでもこの辺のはずやねんけど、

「ここだ!」

 えっ、なんて遠慮深い看板やねん。止まってるバイクのとこやったんか。バイクを止めて、荷物担いで、この小道みたいなものを上がるんやな。

「あった」

 ほぉ、ログハウス風でオシャレやんか。あれやろな、二束三文で売りに出てた別荘でも買うたんやろ。玄関かって普通の家のドアやもんな。中に入って、

「予約してた立花です」
「いらっしゃい」

 立花小鳥はツーリング中の偽名や。小島知江の方がエエねんけど、コトリの呼び名の説明がこっちの方がラクやからや。同様にユッキーは木村由紀恵や。とにかく本名バレたら大騒ぎになりかねん。

 玄関も民家並でスリッパに履き替えるんか。おっ、荷物を持ってくれるとは優しいやん。部屋は男部屋と女部屋の二つらしいけど、さすがは元別荘だけあって居心地は良さそうや。部屋は二階やねんけど、

「こちらの方と相部屋になります」

 さっきのバイクの持ち主やろ。

「結衣です」
「コトリや」
「ユッキーと呼んでね」

 感じの良さそうな子やんか。パッと見は金髪でチャラチャラしてるようにも見えそうやが、言葉遣いも心得とる。顔は童顔としてエエやろ。そやから若く見えるけど歳の頃なら二十代の後半やな。

「後は男ね」
「さすがに夜這いはないやろ」