ツーリング日和8(第5話)オリーブ公園

 やっぱり小豆島は小さいわ。中山の千枚田から十分ほどで、

「だよね小豆島に来てオリーブは外せないものね」

 オリーブ園と道の駅オリーブ公園が一体になってるぐらいや。さすがに小豆島の象徴の施設やから、これは大きいな。

「魔女宅に実写版なんてあったっけ」
「知らんで」

 どうせ転んだんやろ。たくどうしてヒットアニメの実写版をあない作りたがるんか、コトリは不思議でしょうがあらへん。あんなものハズレが死屍累々と積み重なっとって、成功したんなんか数えるほどやないか。

「そうよね。百歩譲って漫画原作の実写版ならまだ当たりもあるけど」

 テレビやけど仮面ライダーや柔道一直線はそうやった。ほいでも時代がちゃうで。あの頃は漫画原作があるのも知らんで見とったからな。時代が進むにつれて難しくなってるとしか思えん。

 これは色々理由もあるやろうけど、基本は原作漫画の質やと思う。仮面ライダーや柔道一直線の成功が例外的で、アクションものは相性が悪いと思うてる。まだしも相性の良いのはドラマが主体のやつやろ、

「ちはやふるとか花男とかね」

 あれかって漫画の登場人物との差のギャップであれこれ問題が出るもんな。そやけどオリジナル・アニメの実写化は無理がテンコモリもエエとこや。アニメの実写化が難しいのはかつてはアニメでしか出来へん動きもあった。

「今はCGでほぼカバーできるけど・・・」

 ほいでも製作費はCG使えば使うほどウナギ登りになる。ちょっとでもCGケチってロケとかにすれば、

「チープになるし、アニメとの落差が激しくなるもの」

 アニメは作者のイマジネーションをそのまま絵に出来るが、実写で忠実に再現は無理が出る。とくにアニメからなら、原作アニメの動きや背景との差が違和感しか産まん。魔女宅なんか宮崎駿やぞ。

「オリジナル・アニメのファンから顰蹙買って、批判のヤマが押し寄せて皆転ぶだよね。でも、それでも懲りずに作り続けるのは・・・」

 まあな。映画がヒットするかどうかで大きな部分を占めるのは宣伝や。前評判も含めてのプロモーションとしてエエ。実写版は前作アニメがあるから制作発表段階から話題にしやすいのは確実にある。そこだけの費用効果だけでも大きいものな。

「賛否があっても話題として盛り上がってくれれば宣伝としては成功よ」

 ヒットが大きくなるには、公開直後の観客のクチコミ効果は大きいんや。

「ほぼ転ぶのは、まわり回って映画の出来が悪いからよ」

 そうやねん、原作アニメを吹き飛ばすぐらいの傑作やったらエエだけの話や。そんなハードルを乗り越えて成功したんは、そうやな、るろ剣ぐらいか。

「フランス版のシティ・ハンターも良かったよ」

 えらいディープやな。あれかって興行的に成功したかどうかは微妙過ぎるけど、あそこまで突き抜けると楽しめた。監督の原作愛の発露みたいなもんや。日本人やったらあそこまでモロにようやらんと思う。


 実写版魔女宅はこの風車のあたりでロケしたらしいが、ユッキーはなんでホウキもってうんや。ハリー・ポッターとはちゃうで。

「なに言ってるのよ。魔女宅だって空を飛ぶじゃない。ジャンプするからちゃんと撮ってよ」

 こんな小道具貸してくれるんか。風車を背景に撮るとエエやんか。コトリも撮ってもうとこ。

「ところでコトリ、小豆島のオリーブって昔からなの?」

 いいや日本にはあらへんかった。オリーブオイルが初めて日本に持ち込まれたのも安土桃山時代となっとる。宣教師が持ち込んだようや。江戸時代も蘭方医がクスリとして珍重したようやが、長崎経由やから珍品扱いやったぐらいで良いみたいや。

 初めて栽培されたんは幕末や。蘭方医の林洞海がフランスから輸入した苗木を横須賀に植えたとなっとる。ちなみにそれがどうなったかはどこにも書いてあらへんかった。横須賀じゃ寒いから枯れたんちゃうかな。

 本格的に栽培が試みられたんは維新後や。明治十二年に国会事業として神戸オリーブ園で栽培に成功してオリーブオイルの精製にまでたどり着いたとなってるわ。そやけど、それも試験栽培規模で終わったみたいや。

「そんなにオリーブオイルの需要があったの?」

 それもわからん。薬用オリーブ油は薬局に昔からあった気がするけど、

「湿疹とかかゆみ、火傷にも使ったみたいだけど・・・」

 明治の頃は珍重されとったんやろか。とりあえず明治のあの頃は、国産化出来るものならなんでもやろうの風潮は濃かったからな。ワインまで国産化しようとしてたから、オリーブもその一環ぐらいやったかもしれん。

 明治十二年の試みは日本でもオリーブ栽培は可能なことを立証した程度で終わったんやが、明治四十一年に大規模なトライをやっとる。これが小豆島のオリーブ栽培の始まりになるんやが、

「そんなに需要があったの?」

 それが調べたんやがはっきりせん。本格的な栽培計画やから、用途がないとやらへんはずやけど、その用途とされるものが謎々もエエとこやねん。

「北の海で獲れた魚の保存って・・・オイル漬けってこと」

 どう使ったか、どう使うつもりやったのかわからんねん。オイル漬けは欧米ではポピュラーな保存食や。代表的なのはオイルサーディンやが、なんでも漬けられるからな。西洋流の漬物ぐらいかもしれん。

 家庭用に使うぐらいやったらしれてるけど、北洋漁業に対応しようとすれば半端な量ではすまん。だから国産化しようとしたのは話の筋が通るんやが、どうにも使った形跡があらへんねん。

「保存だから缶詰とかは?」

 日本で本格的に缶詰が作られたんは明治十年の北海道開拓使石狩缶詰所となっとる。あのクラーク博士も訪れたことがあるそうや。これもあれこれ試行錯誤があったんやが、最初にヒットしたんがサケ缶や。

「じゃあ、サケのオイル漬け」

 この頃のサケ缶の調理処理がようわからん。そやけどサケ缶は衰えるんや。これは人気が無くなったんやのうて、サケやマスの漁獲量が減ってもてん。そやから明治の後期になったら、それまでは不要やとして捨てられていたカニを缶詰にしとる。

「カニは捨ててたんだ」

 カニは美味いけど保存食には適しとらん。そりゃ、塩漬けするのも、味噌漬けするのも、干物にするのもやりようがあらへん。それにすぐ腐るし味が落ちるのも早い。今かって獲って港に帰ってきたら釜茹でにしてまうのが多いぐらいや。

「釜茹でにしたって根室からじゃ遠すぎるのか」

 そやから地元の人しか食べてへんかったんやろ。これは明治どころか昭和の時代でもそうやった。いや、今でさえ美味しいカニのために、山陰に松葉カニツアーがあるぐらいや。そんなカニに目を付けたのがカニ缶の始まりや。

 カニ缶の製造が本格化したのは明治三十七年頃からみたいやからオリーブ国産化の時期と合うのは合うけど、

「カニ缶って水煮でしょ」

 明治のカニ缶の調理法もはっきりせんとこがある。それでも参考になるのが蟹工船や。この船は獲れたカニを船内で缶詰にしてしまう船やってん。

「今のマグロ漁船を鼻息で吹き飛ばしそうになるぐらい過酷だったんだってね」

 そんな本があるもんな。マグロ漁船との比較はともかく、蟹工船がカニを海水で茹でとってん。つうか今でも基本は同じや。オイル漬けのカニ缶なんか見たことも聞いたこともあらへん。

「そうなるとカニ以外の魚をオリーブ漬けにしようとしたことになるけど・・・」

 オイル漬けの魚の缶詰はイワシがポピュラーで、サバやタラも欧米ではあるみたいやが、

「サバは味噌煮でしょ」

 そうやねんけど、それ以上は不明や。国産オリーブオイルが北海道に送られたかどうかさえようわからん。だいたいやな、オリーブ漬けは西洋ではポピュラーでも日本人にはクセが強すぎるやんか。

 日本人は魚料理に馴染みは深いけど、オリーブオイルの味に熱狂したことはないと思うで、熱狂しとったらもっと普及してるはずやから。これは今でさえそうやから、当時はなおさらやろ。

「オリーブオイルなんて昭和の頃でも殆ど見かけなかったもの」

 そうやと思う。食用油と言えば天ぷら油とサラダ油、これにせいぜいゴマ油で、オリーブオイルなんか大都市のデパートにでも行かんと売っとらへんかったと思うで。とにかく謎が多い国産オリーブオイルやが、結果として栽培に成功して商売になったのは小豆島だけやったらしい。

「そこに黒船が来たのよね」

 昭和三十四年にオリーブオイルの輸入が自由化しとる。さすがに市場規模が小さすぎて国内農業の保護には出来へんかってんやろ。栽培農家は悲鳴を上げたと思うけど、ほとんどの日本人は気にもならへんかった気がするわ。

「わたしもそうだった」

 それでも小豆島のオリーブは踏ん張ろうとしたみたいや。小豆島でオリーブ栽培が最大になったのは輸入自由化から五年後の昭和三十九年やそうや。この時が百三十ヘクタールやったらしい。

「今は?」

 自由化で四十ヘクタール未満に減ったんやけど、なぜか滅びんかってん。よう残ったと思うぐらいや。それだけやない輸入品と競争しながらも、ジワジワ栽培面積を回復して今では百ヘクタールを超えてるようや。

 そうなったのは、健康食品としてオリーブオイルが段々とポピュラーになり、オリーブオイルのマーケットが拡大したからでエエと思う。そりゃ、どこのスーパーでも当たり前のように売っとる時代になったからな。

「国産安心のプレミアが認められたんだろうね」

 たぶんな。そういう試練を潜り抜けた小豆島のオリーブオイルやけど、国産やったらまさにガリバーや。国産だけで言うたら、九割が香川産で、香川産の殆どが小豆島産や。シンプルには日本のオリーブオイルの殆どが小豆島で作られてるんや。

「香川が県の木や県の花にするのもわかるわね」

 香川で一番ポピュラーなんはうどんやが、あれは木にもならんし、花にもならんからな。輸入品との競争は厳しいと思うけど、オリーブオイルの需要の伸び代は、まだまだあるはずやから、当面は安泰ちゃうかな。

「オリーブ茶も売ってるよ」

 美味しいんやろか。それでも変わり種のお土産にはなりそうやな。

「オリーブ化粧品は好みがあるからやめとくけど、オリーブペーストとかベラベッカーとかビスコッティは面白いかも」

 オリーブサイダーまであるんか。この辺を詰め合わせとったら小豆島土産としたら十分やろ。