麻吹アングルへの挑戦:狸ヶ原伝説

 理系人間にも歴史好き、伝説好き、怪奇現象好きはかなりいます。怪奇現象と思われるものから新しい研究のヒントをつかむという、もっともらしい理由もありますが、普段が理詰めに物を考えますから、そうでないものに魅かれるのかもしれません。

 理工学部にもこの手のサークルがあります、狸ヶ原伝説研究会と言うのですが、ボクも入っていました。建前は郷土史研究会みたいなものにしていますが、内実は飲み会、コンパのサークルです。それでも活動はしてましてお狸伝説の研究です。


 狸ヶ原キャンパスは本部が手狭になり作られたのですが、キャンパスも広々していますが、その周囲も平坦地です。水の便も悪いとは思えないのですが、キャンパスが出来るまで野原に森や林が点在する寂しい場所であったようです。そういうところは日本ではほぼ例外なく田畑になります。そうそう池こそあったようですが、とくに沼沢地でもなかったそうです。

 そんなところが西学がキャンパスを作るまで放置されていた理由がお狸伝説になります。狸ヶ原の狸のルーツは伝承によるともともと西宮神社あたりに住んでいたとなっています。ところが芦屋の狸と対立関係になったとされます。芦屋の狸の先祖は蘆屋道満の屋敷に住んでいた末裔とされ、化ける能力が高いだけではなく勢力も大きかったとされます。

 芦屋の狸が西宮に進出してきて、狸合戦まで起こったとなっていますが、芦屋と西宮神社の狸は話し合いの末に狸ヶ原に引っ越しすることで和睦を結んだしています。その時に移り住んだ狸の末裔が狸ヶ原の狸です。この狸が何度もあった新田開発を妨げてきたとなっています。


 真相はどうかなのですが、研究会の結論としては関係ないだろうとなっています。江戸期の西宮から神戸に至る一帯は天領、旗本領、藩領が複雑に入り混じってたところで、狸ヶ原は譜代大名の飛び地であった時期が多かったようです。

 譜代大名は家康の直臣クラスの末裔ですが、特徴として幕政に関わることが出来ます。老中とか若年寄みたいな要職に就けるのが譜代大名です。要職に就けばその格に応じて所領が増えます。

 この増える所領が問題で、隣接地にもらえれば良いのですが飛び地であることが多かったのです。飛び地も近ければまだしもなのですが、関東の譜代大名の飛び地になっていたのです。

 譜代大名は幕政に参画できる代わりに所領は抑えられています。せいぜい十万石程度で、譜代大名も江戸期は財政難に苦しんでいました。狸ヶ原なんてもらっても新田開発まで手が回らなかったとして良さそうです。

 それだけでなく狸ヵ原は譜代大名の出世の御褒美に使い回されています。ごく簡単には藩主が代わるたびに領主も代わっています。一代ごとにA家 → B家 → C家みたいと思って頂けれ良いと思います。

 新田開発は多額の初期投資が必要で、資金回収に時間がかかります。いつ領主が代わるかわからない状態で、こんな飛び地の新田開発を腰を据えてやろうとは誰も考えなかったとして良さそうです。

 それでも、いかにも新田開発の適地に見えるところですから、そこがいつまで経っても放置されたままなのは、地元や近隣の住民には不思議に見えたのでしょう。いつしか狸との関連が尾鰭が付いて広まったようです。

 これにさらに尾鰭がついたのが明治に入ってからになります。県の肝いりで本格的な新田開発事業が持ち上がったのです。ところが責任者の異動、病気退職、さらに兵庫県自体が再編形成時期になり結局頓座。これが江戸期から続くお狸伝説と結びついて、

『狸ヶ原に手を出すと、お狸様の祟りがある』

 こういう感じになり、なんとなく新田開発は先延ばし、先延ばしにされていき、先延ばしにされるほど曰く付きの土地になり、第二次大戦後も宅地開発さえされず、西宮学院が手を出すまでポッカリ残ってしまった経緯として良さそうです。


 お狸伝説は狸ヶ原キャンパスの建設が始まってからも続きます。切り倒した林が元に戻っていたりとか、造成したはずの土地が一夜にして草ボウボウになったりとか、建設に使っていた重機が神隠しに遭ったあたりは眉唾だと思っています。

 しかし建設中の校舎が謎の倒壊を起こしたりとか、火事を起こしたり、さらに建設会社が倒産したりが起こっています。それ以外にも発注時の贈収賄問題が発覚して、これが国や県の補助金にも飛び火し、挙句に国会議員から担当大臣まで巻き込むスキャンダルに発展したりです。

 これに連動するように学内での不正経理問題が浮上し、他にも論文の捏造疑惑が連発したり、当時の古河学長の愛人隠し子騒動が起こったりで学内は大揺れ。古河学長は辞任しないと頑張ったのですが、スッタモンダの末に赤井徹造学長に交代。

 赤井学長はお狸ホールこと赤井徹増造記念ホールに名を残していますが、これもまた狸で彩られます。狸ヶ原キャンパス建設も、本部も大揺れ状態ですから体制刷新を唱えたのは常識的ですが、赤井学長は一連のトラブルを祟りによると結論付けてしまったのです。

 怪しげな霊能力を引っ張り出してきて霊視をやらせまでしたのです。そこまでいくまでに理事会や教授会で大反対がありましたが、赤井学長は強引に抑え込んで実行させています。ちなみに赤井学長の当時のあだ名は『徹碗』。本来なら剛腕でしょうが、名前に因んでそう呼ばれたそうです。それでもって霊能力者の御託宣は、

『お狸様がお怒りじゃ』

 ホンマに見えたんかいなと思うのですが、この言葉を真に受けて大規模な鎮狸祭を執り行ったそうです。ところが、その神事の最中に霊能力者が泡を吹いてぶっ倒れてしまったのです。意識を取り戻した霊能力者曰く、

『あれは、山姥大狸様じゃ』

 山姥大狸ってどんなんだと思うのですが、山姥大狸を鎮めるためには神社を作って祀るしかないと言い出したのです。これまた理事会や教授会は大反対したのですが、徹碗赤井学長は狸ヶ原神社を作り上げてしまいます。

 ちなみにこの神社は、キャンパス周辺が宅地化されるのに伴って鎮守社的な位置づけになり、秋祭りの時にはキャンパスの大狸祭と一体となり盛大なものになっています。それと秋祭りの時には学長以下が必ず参拝するのも恒例です。

 結果論としか言いようがないのですが、狸ヶ原神社が出来てからキャンパス建設はスムーズになり、その業績を称えてホールにその名が残ったぐらいです。この辺もホンマに称えられたか怪しい部分はあり、徹碗が強引にそうさせたとの口碑も残っています。

 徹碗はキャンパス名にも揮われています。キャンパス名を決めるにあたって、元の地名の狸ヶ原はいくらなんでもの意見が大勢でした。そこで有力だったのが中原キャンパスです。中原は本来は狸ヶ原の一部を指す地名ですが、狸ヶ原よりずっとマシぐらいでしょうか。

 これに猛反対して狸ヶ原を押しまくったのが徹碗。ついにひっくり返して狸ヶ原キャンパスになったそうです。あまりの赤井学長の固執ぶりに、あれは赤井学長が狸に操られていたとか、赤井学長の正体は狸だとかの噂が乱舞し今でもその話は残ってます。


 これでお狸伝説は終わりそうなものですが、狸ヶ原神社まで作ってしまったので、お狸伝説はキャンパスの学生に受け継がれてしまったのです。とにかく出来た時にはキャンパス以外に何もないところだったので、学生が暇つぶしに作ったものだと考えています。

 だからパターンがありまして、一番有名なのはある時に本部から教授が来て講義をする予定だったのですが、どうしても道に迷って狸ヶ原キャンパスに到着できなかったそうです。本部に戻って休講の連絡をしようとしたら狸ヶ原キャンパス側から開口一番、

『今日はご苦労様でした』

 なんと教授が現れて講義をしていたというのです。ちなみに逆パターンの話もあり、そのために狸ヶ原キャンパスから本部に講義に出向いた教授も、今でもそういう扱いを受けるようでボヤイてました。

『だってだよ、今日の講義は面白かったから、あれは狸の仕業だって必ず言われるんだから』

 狸は八化けと言われますが、山姥大狸は妙齢の美女に化けるのが得意とされます。それで化かされる話もポピュラーです。典型的なのは美人の女子学生と知り合い、結婚話まで進んでいたのに、彼女は突然いなくなり、探しても、そんな女子学生は存在しなかったぐらいです。

 これのバリエーションに、地味で目立たない女子学生が突然目の眩むような美女に変身し、これに突撃した男子学生が結ばれて、ふと気づくと元の地味な女子学生だったなんてオチです。


 とにかく狸に騙された系の話は興味本位で量産されるので、ほとんどは作り話のはずですが未だに本部からは、

『狸ヶ原キャンパスは狐狸の巣窟』

 今でもこう言われています。狐は関係ないのですけどね。ボク自身は狸に騙されるような経験はないですが、

『それはわからんぞ。騙されてる最中は気づかないだろ。そもそもオレが狸でない保証なんてどこにもないやろが』
『お前が大学と思っているところは森の中かもしれんぞ』
『そもそも篠田が狸でない保証がどこにある』

 こんな会話が日常的にされるのが狸ヶ原キャンパスです。お狸伝説は研究会でボクも調べましたが、九分九厘は作り話。タマタマの事象を狸に強引に結び付けただけで良いと思います。

 一番可能性がありそうな赤井学長のエピソードですが、赤井学長は徳島の小松島市の出身なのです。小松島市には阿波狸合戦で有名な金長神社があり、あれだけ狸にこだわったのは、そのせいだろうとするのが研究会の結論です。そんなことを思いだしてる時に天羽君がやって来ました。

「許可は出た」
「青田教授のアポは取っておく」

 天羽君は山姥のままです。山姥と二人連れで青田教授に会いに行くのは気が重いですが、これも研究のためですから仕方ありません。

 もし本当に狸の悪さが存在するなら、天羽君が突然美女に変わるぐらいの事が起こればボクでも信じるかもしれません。そんなことは天地がひっくり返ってもなさそうですけどね。