ツバル戦記:急転直下で一件落着

 有志連合艦隊のエスコート作戦は派手に行われています。現場の映像は世界中に中継され、強襲揚陸用潜水艦がシュノーケルによる充電に入ると夜でもサーチライトで煌々と照らし出します。

 それだけなく強襲揚陸用潜水艦の位置もリアルタイムでプロットされ、スマホでもいつでも確認できます。もう中国がいくら、

『これはツバルの反政府分子を排除し、正統政府を復活させるためである』

 こう頑張ったところでジョークにもならない状態です。そうこうしているうちに、

「ついに投降してきましたね」
「よく頑張った方だと思うよ」

 投降時の状況も放映されていましたが、中国兵士の姿は顔は完全に無表情で、精気は乏しいというより枯れ果てたとした方が良く、

「ああいうのを幽鬼って言うのでしょうか」
「あれでもマシな方の兵士を映しているはずだよ、もっと酷い状態になってるはずだもの」

 そこまで、

「だから投降したんだよ」

 さらに翌日には、もう一隻の強襲揚陸用潜水艦も投降しています。

「張前主席も」
「亡命すると思ってたけど、あっさり捕まったね」

 中南海の会議でツバル問題の責任を追及された末に主席辞任に追い込まれ、今はどこかに幽閉中とされています。ユッキー副社長の見るところ、ツバル問題だけでなく、

「すべてのツケを背負わされるよ。でも、思ったより男だったね。あれで中国の内政の混乱は最小限で済むはず」

 独裁的な権力者の末路は、しばしば内戦まで誘発させます。大人しく捕まった事で権力の継承はスムーズになり、内政の混乱を回避出来そうぐらいでしょうか。

「陸総書記長と孔首相の体制になったのは意外だったけど」

 中国は共産党独裁ではありますが路線闘争はあります。独裁強化保持が必要と考える保守派と、経済発展に伴う段階的な自由化を目指す開明派です。この二つの路線が激突した結果の一つが天安門事件ですが、

「二人とも開明派ですから、第二の天安門事件が起こるとか」
「可能性は残るけど、天安門事件の時より保守派の勢力は落ちてるからね」

 というのも張前主席の失脚に伴い保守派の要人もかなり追放されたらしいとなっています。この辺は開明派の勢力が天安門事件の時に比べて格段に大きくなっているのは確実にありそうです。

「どうなるかはわからないけど、この先の中国の発展を考えると自由化は必要だよ。人は豊かになるとそれを求めるし。でも、それが絶対の正解ってわけでもないのが難しいのよ」

 自由化の言葉は美しいですが、裏腹に国民の統制が緩むことになります。保守派が懸念しているのは統制の緩みによる内政の混乱です。

「そういうこと。自由化は人々の要求がより強くなり、その要求に応えるのが大変になるのよ。だから保守派の考えも一概に間違いと言えないの。天安門事件の失敗は、あの時点での自由化への過剰な期待が産み出した混乱だもの」

 でもあの当時と今では状況が変わっています。とくに建艦競争による経済の疲弊の建て直しは一刻の猶予もない状態と見れます。

「劇薬とわかっていても、自由化を取り入れての刺激が必要と思うよ。問題は劇薬に共産党が耐えられるかになる」

 ユッキー副社長は何かを思うように、

「今の状態での舵取りは誰がやっても難しいよ」

 外野的には自由化政策は経済の建て直しのために必要なのはミサキもわかりますが、これを現実の政治として行うのは容易ではないでしょう。

「そうなのよね。だから政治に関わるのはゴメンなの」

 もっとも陸総書記と孔首相のコンビの開明派コンビの登場は世界的には歓迎され、経済制裁の解除交渉も順調に進みそうになっています。船舶の臨検も強襲揚陸用潜水艦の投降と同時に有志連合艦隊も解散となっているぐらいです。

「ツバルとの和平は」
「さすがに面子があるから、表立ってはやってないけど・・・」

 和平交渉となると一方的に攻め込んだのは中国ですから、これに対する賠償問題が浮上しますし、賠償金など払おうものなら中国の国内世論が沸騰するぐらいでしょうか。まあ、中国からすればツバルなんて放っておいても影響がない国みたいなものですし。

「ツバルに実質的な損害は殆どないよ。むしろ大量の援助物資があったから、かなりプラスになったんじゃないかな」

 フィジーから行った人道支援ですが、一番費用が掛かったのは新明和の巨鯨のチャーター料です。それでも貨物だけでも五十億円相当ぐらいは送られているはずです。発電機や衛星通信設備まで送ってますもの。

「GDPが五十億円、歳入が六十億円ぐらいの国ならまさに巨額だよ。一人頭で五十万円相当になるからね」
「それって、それも狙って」
「武器なんか高いばっかりで、いくらもらっても使い道がないし」

 どうも武器供与を申し出た国には、その分をすべて民生品に切り替えさせていたようです。GDPに匹敵する物資が突然流れ込んだら、ツバルに取ってこの戦争の収支は余裕でクロでしょう。

「まだボーナスが残ってるよ」

 拿捕した潜水艦が残っています。やはりアメリカに売却、

「引き合いはあったけど中国にしたって」

 はぁ?

「忙しくなるわよ。ミサキちゃんは中国に飛んでね。販売網の再建は任せたわ」

 コトリ社長は中国と極秘のうちに交渉を行い、

 ・拿捕した潜水艦は四百億円で売却
 ・投降した中国人兵士の亡命を認め、決して報復のための危害を及ぼさない
 ・没収されたエレギオン・グループ資産を返却する
 ・エレギオン・グループへの不買は中止
 ・ツバルとの敵対関係は終了とする

 さすがは恐怖の交渉家。よく、まあって、ぐらいせしめています。潜水艦の売却費がアメリカより高いのは賠償金も含むぐらいと見てよさそうです。ん、ん、ん、まさかこれも最初から計画してたとか、

「さて、どうかしら。さすがに戦争だから不確定要素もあったからね」

 それにしても奇妙な戦争でした。戦争と言いながら両軍の戦死者はゼロで、そもそも銃弾が放たれたのも、最初の上陸時の威嚇射撃だけだったで良いはずです。これを戦争と言えるかどうかも疑問が残るぐらいです。

 ただツバル側が挙げた戦果は莫大です。中国軍は丁型潜水艦一隻、強襲揚陸用潜水艦二隻、動員兵力は千人に近かったはずです。その動員された兵士はすべてが捕虜となり、艦艇もすべて拿捕されています。ここまでの完勝は戦史でも他に例を見ない気がします。、

「有志連合艦隊からの戦費の要求は?」
「あれは最終的に国連軍になったからツバルの負担はなくなった。アメリカも強襲揚陸用潜水艦が二隻も無傷で手に入ったから満足したんじゃないのかな」

 どうもロジックは艦隊こそ動かしていますが、艦隊は平時でも訓練や任務で動きますから、燃料代は通常の運用コストだと押し切ったで良さそうです。人件費も同様で、

「高くつくミサイルとか魚雷は使ってないでしょ」

 使用されたのは臨検の時の威嚇射撃程度でしょうから、これも通常の運用コストだとしたようです。いや、したのではなく力づくで押し切ったに違いありません。

「コトリ社長は」
「一年ぐらいは帰って来ないよ」

 ツバルにはこの戦争により莫大な物資、さらには現金の収入があったのですが、持ち慣れない大金を持つと良くないのはそうです。だからコトリ社長は引き続きツバルを率いるようです。

「コトリはツプ・テ・アツアって呼ばれたのよ」
「それって女神王じゃないですか」
「ニュアンス的には神が降臨して王となったぐらいだけど、コトリは嫌がってね」

 対中国戦のためにやむなくツプとなっていたようですが、中国との和平が成立すれば退位するつもりだったようです。ところが逆にツプ・テ・アツアと呼ばれてしまい。

「コトリはどうしても嫌だってがんばったんだけど・・・」

 コトリ社長の要請はツバル人たちも一応受け入れてくれたようですが、

「今のコトリはコトリだよ」
「それって、そのままじゃないですか」
「違うよ」

 ツバル人たちはコトリ社長への敬意を、

 ツプ・テ・アツア = コトリ

 新たな言葉を作ってしまったようです。

「コトリはツバルでも神になったってこと。きっと新たな神話になって語り継がれるよ。コトリは歴女だから神話の主人公になれて嬉しいんじゃない」