ツバル戦記:情報分析

 ツバル事件で困っているのは情報収集です。

「電話局は押さえられてるね」
「ラジオ局も定石どおりです」

 ツバルのマスコミはラジオ局と新聞だけでテレビ局はありません。それでも国際電話は通じます。システム的にはツバルの地上局から衛星回線につないでいるものです。この地上基地局を押さえられると国際電話は使えなくなります。

「イリジウムは持って行かなかったの」
「ええ」

 イリジウムも衛星を使った携帯電話ですが、国際電話と違い基地局が携帯電話機になります。ただ通話料金が高いのと回線容量の関係で電話専用みたいなところがあり、

「わたしも持ってなかったから仕方ないか」

 まあツバルみたいな国で今回のような事態に遭遇しない限り必要性が低いのはそうです。そういう通信事情はヴァイツプ島も同様で良さそうで、

「船舶無線が短波でもあって良かったよ」

 船舶無線もかつては短波でしたが、衛星無線の普及により日本では漁船ぐらいしか使われていません。しかしツバルの国営フェリーは昔ながらの短波方式です。ヴァイツプ島にも国営フェリーは寄港しますから無線装置は備えられています。

「というよりフナフティとヴァイツプ島しか船舶無線局がないんだよね。国営フェリーが接岸できる港がこの二つだからね」

 残りの島は国営フェリーが姿を現したら集まってくる感じだとか。まるで江戸時代の千石船みたいです。船舶無線が衛星中継であればもっと良かったのですが、短波でもあるとないでは大違いです。

 短波の良いところは長距離無線が行えるところです。短波は電離層に反射され遠くまで電波が届きます。短波がどこまで届くかは電離層の状態もありますが出力の問題もあります。

「ヴァイツプ島の無線局の出力も弱そうね。どうにもフィジーとの交信が安定しないもの」

 これにはさらにの事情も加わってると見て良さそうです。ツバルの電力の基本はディーゼル式の発電機です。基本と言うかほぼすべてですが、首都フナフティでもしばしば停電が起こります。

 フナフティ以外になるとさらに電力事情は良くなくて、ツバルの島民の生活は電化製品に頼らないぐらいで良さそうです。ヴァイツプ島はツバル第二の都市とは言えますが電力事情は良くなさそうです。

 それとヴァイツプ島の発電機も通信設備もかなりガタが来ていそうです。そんな頼りない通信に頼っているため、ヴァイツプ政府の声明しか出されていません。

「長引くと軽油もなくなるからね」

 中国軍の占領声明があってから、ツバル行きの船はすべてストップです。戦争状態の国に誰も乗り入れたいとは思わないからです。そうなると、あの時点での軽油のストック量が電力供給のカギになりますが、

「食い伸ばしをするはずだから、通信の時間だけ電力供給している可能性もあるよ」

 それでもフナフティ以外の六つの島との連絡は取っているようです。これもたぶん取っているだろうぐらいですがヴァイツプ政府の声明ではそうなっています。もっとも中国側の声明はヴァイツプ島以外の全面支持を得たとはなってますけど。

「実態的にはヴァイツプ政府の方が正しいと思うよ。どんな小国の国民だってプライドはあるし、そこを土足で踏みにじる侵略者に反感を持つのは当たり前だもの」

 それとですがヴァイツプ島に逃げ込んだいわゆる政府要人はゴッソリのようです。ユッキー副社長の推測も入りますが、コトリ社長のお見舞いは政府挙げてのものだったと見て良さそうです。

 ソポアンカ総督やラウティ首相はもちろんのことですが、十五人の国会議員も全員で良さそうです。この辺は議院内閣制ですから、国会議員が大臣を兼務してますし。さらに高級官僚と言っても数は知れてますが同行し、警察署長も参加していたようです。

「まあ近いからね。感覚的には市内の病院へのお見舞いだし。もっとも時差ボケと発熱で寝込んでるコトリには傍迷惑だったろうけど」

 ただそうなると官庁には中級以下の役人しか残っていない事になります。官庁と言っても日本で言えば町役場に毛が生えた程度ですから、中級と言っても課長クラスぐらいかもしれません。


 ツバルの国会議員ですが成人国民すべてに参政権のある普通選挙で選ばれます。議院内閣制になっているのはイギリス統治時代があったからかもしれません。

 英国王の代理人である総督がいるのは英連邦加盟国のためで、形式的には総督が議会で選ばれた首相を承認しますが、総督には拒否権も解任権もありません。総督は儀礼的には英国王の代理の元首になりますが、実権は首相にあります。

 島ごとに八つの選挙区が設けられていますが、ツバルの選挙で面白いのは人口比例になっていない点です。人口比例ならフナフティ選挙区が半数ぐらいを占めることになりますが、なんと定員二人なのです。残りははヌクラエラエ島が定員一人で、残りの島は定員二人になっています。

「これで良く文句が出ませんね」
「国会の位置づけが違うからだと思うよ」

 ツバルでも国会は国政の最高機関ですが、島ごとの自治権が非常に強いで良さそうです。この辺は首都があるフナフティとの交通の便が良くないのもありそうです。

「そう見て良いと思うわ。フナフティとせいぜいヴァイツプを除けば、ほぼ完全な自給自足になってるようだから」

 島ごとの行政も独特で、日本なら知事にあたる役職の選出も選挙ではなく話し合いで選ばれます。これがなんと首長と呼ばれるのです。

「首長はツバル語でプレ・フェヌアと呼ばれるけど、成人男性のみが参加できるタタタラガって呼ばれる島会議で選ばれるの」
「任期とかは」
「無いよ。もっとも終身制じゃなくて自らの意思で退位できるし、首長としての能力がないと見なされれば退位させられるのよ」

 世襲制でもないそうです。さらに首長が島の行政を先頭に立って取り仕切るかと言えば必ずしもそうでなく、

「政治的な発言は慎むとなってるの。でもタタタラガで議論が紛糾した時に発言すれば、そのまま決定になるのよ」

 強いて言えば第二次大戦前の天皇に近いぐらいの感じで、決定権を持っていますが普段はそれを行使しないぐらいのようです。日本の天皇と違い世襲制ではありませんから、首長を下りたらタタタラガでも自由に発言できるそうです。

 天皇に近いと言えば首長としての振る舞いの指針として姦通、飲酒、汚れた服の着用、口論などは禁止事項とされ、常に品行方正であるのを求められます。

「他にも饗宴の出席が重視されたりもあるわ」

 この首長の権威というか地位ですが、日本の県知事とはかなり違うようで、

「島ごとの独立性が非常に高いのよね。言ってしまえば島は独立国みたいな感じで首長はそこの王様ぐらいかな。だから国会もアメリカ上院みたいなスタイルになってると思ってる」

 アメリカ上院も人口に関係なく各州二人ですからね。規模が小さすぎて違和感がどうしても残りますがツバルは連邦制国家と見ても良さそうです。連邦と言ってもヴァイツプ島で千五百人ぐらいで、残りは五百人かそれ以下ですけど。


 ツバルの政治体制はそれぐらいの知識があれば十分と思います。今困っているのは、ヴァイツプ島政府からの情報も乏しいのですが、フナフティになると中国軍が抑え込んでいてサッパリです。

「そうでもないよ。未だに新政府樹立の声明がないじゃない。誰もいなくなって困ってるんじゃないのかな」

 今回の中国軍の作戦の推測ですがフナフティを急襲し、総督、首相と少なくとも半数以上の国会議員を拘束したかったはずだとユッキー副社長は見ています。

「新政府を樹立するにしても、現在の政府からの正統継承の体裁を目指したはずだよ」

 まず英連符からの離脱を決議して総督を罷免。そこからラウティ首相を辞職させ、残った国会議員の中から新たな首相を選ぶぐらいです。正統な手続きをするには正統な手続きを経て選ばれた国会議員が必要ですが、

「これはプランAよ。でも上手く行かない時のためにプランBもあったはずよ」

 思惑通りに首相以下の身柄の確保が出来なかったケースの時のためですが、

「その時は国会議員を一人でも捕まえていれば、留守になった政府を継承させるぐらいかな」

 どこの政府でもトップが突発事態で不在になった時の継承順位を定めています。アメリカなら大統領がいなくなれば副大統領、次が下院議長、次が上院議長という感じです。ツバルなら首相がいなくなれば継承者は大臣も含む国会議員になるはずですが、

「政府ってね、人の面もあるけど、場所とか建物の面もあるのよ」

 たとえば首相が行政府から逃げ出したら政府を放棄したって見方で良さそうです。そこで残っていた国会議員が首相になるぐらいのスタイルでしょうか。

「でもプランBに連動するはずの対策は取ってなかったみたい」

 これはプランAにも連動しますが、こういう時は新政府の首相にさせる国会議員を買収なりして確保しておくそうです。やっていたのかもしれませんが、

「結果はゼロじゃない。こうなった時のプランCまで無いと見て良いわ。だから現場は困っているとして良さそうよ」

 ここも情報不足なのですが、フナフティに上陸した中国軍がどれほどの規模なのかもわからないのです。

「これも推測部分が多いのだけど、日本の通常型潜水艦で六十人ぐらいが乗組員なんだよね。でも潜水艦は・・・」

 潜水艦は居住スペースが狭いのがあります。居住スペースを節約するためにベッドも乗組員数の三分の二ぐらいしか設置していない艦もあります。これは潜水艦の作戦航海中は三交代の二十四時間ですから、

「ひょっとして」
「あると思うよ。潜水艦が動いていなければ水兵を陸兵に使えるもの。ツバルなら十分すぎる戦力じゃない。だから多くて五十人ぐらいの可能性もある」

 コトリ社長が病院から逃げられたのは上陸した中国軍が一度に押さえられるポイントに限界があったと見れます。おそらく中国軍が向かったのは官公庁とラジオ局、電話局ぐらいだったかもしれません。

「このまま帰る選択は」
「あるけど、そうしたら張主席は失脚になるから収拾策に必死の気がしてる」

 中国軍も中国政府も困ってるのかも。