宇宙をかけた恋:ターゲット

 エラン人たちが帰った後に、

    「社長、あんなこと言っても良かったのですか」
    「だって仕方がないじゃない。脅して血液製剤だけで満足して帰ってもらうつもりだったのだけど、あそこまで固い信念を持ってるんだもの。あそこで断ったら、ジュシュルはわたしに挑んでただろうし、挑まれたら殺すしかないじゃない」
    「そして殺したら宇宙船は神戸攻撃に向かうと」
    「あれは本気だよ」

 ここでコトリ副社長が、

    「でもなかなかの人物やんか。ちょっと惚れた」
    「あら、わたしもよ」
    「あれこそ至高の勇気」
    「違うわよ、真の勇敢さよ」

 たく、こんな時に、

    「お二人ともわからないのですか、あれは勇敢さや勇気じゃなくて、真っ直ぐな強い信念です」

 ミサキも惚れちゃった。だって途中からユッキー社長は厳しい顔から怖い顔に変わってたんだよ。最後の方は睨みまで入ってたのに、怯むことなく真正面から睨み返したんだ。あそこまで出来るのは並の人間じゃないよ。もっとも、人じゃなくて神だそうだけど。

    「ほんじゃあ、ミサキちゃんは行く」
    「いえ、あの、その、コトリ副社長は行けますか?」
    「行ってもエエけど、あの統一食とお酒なしの生活は辛いな」
    「わたしもなのよね。宇宙旅行とジュシュルは魅力だけど、あそこまで食文化が退化してるところは辛すぎるものね」

 たしかに。三人の中で抜けてもエレギオンに一番影響が少ないのはミサキだけど、統一食とビール抜きの生活は耐えられそうにないものね。それでもなんとか力になってあげたい気持ちはあるけど、

    「ユッキー社長、なんかアテがあるのですか?」
    「あるよ」
    「えっ」
    「それも男女二人だからピッタリはまる」

 そんな都合の良いのがこの世にいるのかな。

    「騙すのですか」
    「神戸を瓦礫の山にするぐらいなら、騙したってかまわないけど、今回はその手は使わない」

 ほんじゃあ、使う時は・・・使ってるか。神は息を吐くようにウソを吐くし。

    「ジュシュルがまだウソを吐いてる可能性は」
    「そんなものあるに決まってるじゃないの。相手は神なのよ。でもエランの窮状はある程度信じてもイイと思う」
    「コトリも同意見。あの程度の血液製剤で地球がどうにかなるわけじゃないし、エラン・ブームの好景気で元は取れたし」

 それもそうだ、

    「で、誰なんですか?」
    「ミサキちゃんも宿主代わりして、オツムの回りが鈍くなったんじゃない」
 エランへの安全な宇宙旅行だけの条件だったら、募集すれば簡単に集まりそうだけど、宇宙船にはガタが来てるし、時空トンネルのリスクは高いし、エランから二度とは言わないけど、今度こそ百年単位で帰って来れる目途はないし。

 さらに向こうでも最悪人体実験の材料にされる可能性はあるし、そうでなくともあの統一食で暮らさにゃいけないし。そんなところに、喜び勇んで行く地球人なんて・・・

    「あっ、まさか、でも・・・」
    「そういうこと。行きたがってるし、言葉だってそんなに不自由しないじゃない。そのうえ二人だし」

 そういうことか、

    「でも会ってくれるでしょうか」
    「まあね、前の一件があるからね」

 たしかにこれ以上の候補はいないかも。

    「コトリどうだった」
    「ラッキーやで。二人ともまだ三十代前半や」
    「そりゃ、良かった。老人じゃ、意識は行けても体が長持ちしないし」

 後は説得方法だけど、

    「わたしもコトリも、ミサキちゃんもECOを動けないのよね」
    「そうなんや。コトリとユッキーが乗り込んで連れてきたら手っ取り早いんやけど、さすがに抜けられん」

 エランとのコミュニケーション問題です。この辺はエレギオン・グループへの利益誘導もあり、あれこれ必要な資料を手に入れたり、技術指導や解説もしてもらっています。そのためにはコトリ副社長は動けないのです。ユッキー社長もそうで、自前の星際事業とはいえ、やはり干渉しようとする有力国がいます。これへの対応に不在は許されない状況です。ミサキの負担が比較的軽いのですが、冥界ならともかく地上では平和すぎる神です。

    「交通手段も問題なのよね・・・」

 瀬戸内海とはいえ島なので渡るだけで手間と時間がかかります。それとユッキー社長はとにかく急いでいます。まずECOから協力要請を行いましたが拒否。どうするのかと思えば、

    「岡川首相を呼んで。大急ぎでね。ECO振りかざしてかまわないから」

 とはいえ相手は一国の首相。すぐに来れる訳がないと渋られると、ユッキー社長は自分で電話をかけられ、

    「地球側全権代表の小山です。このわたしが至急の用事があるのです。明朝には来られるように」
    「小山代表、至急と言われましても私も用事がありまして・・・」
    「ECOへの協力をお断りになられるのですね。では、日本以外に頼みますが宜しいですね」
    「どういう意味だね」
    「ECOは、エランと不測の事態が起った時にいかなる国の協力を頼んでも良いことになっています。またその時にはECOが中心となることも決まっております。それに基づいての協力要請を日本が応じないのなら他の国に頼むしかないではありませんか」

 これは宇宙船着陸前にスッタモンダの末、なにも決められなかった反省から、もし軍事力行使のような事態になった時にもECOが中心機関になることが決められています。

    「まさか、軍事力行使の事態が・・・」
    「それはお会いしてからお話します」

 翌朝には岡川首相が現れ、

    「・・・どうしてもECOへの協力を拒否されるのですか」
    「誰も拒否するなど言っておらん。無理なものは無理だ」
    「ECOは地球の代表機関であり、その活動はいかなる国でも干渉できません」
    「そうなのだが・・・」
    「自衛隊の出動が無理ならば、他国の軍隊を要請させて頂きます」
    「それは待ってくれ」

 慌てる岡川首相を尻目に、

    「ハロー、ジョン、元気。ちょっと頼みがあるのだけど・・・うん、うん・・・そういうこと・・・どうしても駄目だったね・・・よろしく」
    「ズドラーストヴィチェ・・・」
    「ニイハオ・・・」

 これってホットライン?

    「とりあえず米中露はECO事業に協力してくれることになりました。岡川首相はどうなされますか」

 うわぁ、そこまでやるか。これは既に根回し済みだわ。

    「ECOは本気です。わたしが必要と言えば、必要なのです。もちろん日本がECOに協力しない自由はありますが、ECO事業の妨害までされるおつもりですか」
    「ちょっと待ってくれ、他国の軍隊が日本で活動されると・・・」
    「それもECOが必要とするなら認められております。国内法の整備をされるなり、米中露軍を迎え撃つかは首相の判断になります」

 脂汗を流す岡川首相ですが、

    「こんなムチャクチャな・・・」

 ユッキー社長は一呼吸おいて、

    「相手は文化も文明も違うエラン人です。価値観、考え方も当然違います」
    「今までよくやってくれていると感謝しておる」
    「首相にはおわかりになりませんか。わたしがこれほどの危機感をもって要請してる意味を」
    「そう言われても…」

 うわぁ、顔が怖くなってきた。

    「わたしの要求が満たされなければ、エラン宇宙船は戦闘体制に入ります。首相もエランの武器の威力については御存じのはず。間違いなく神戸は廃虚となります。ましてやあの宇宙船の乗組員はエランの最精鋭部隊です」
    「事態はそこまで・・・」
    「一刻の猶予もありません」

 首相は蒼白の顔をしながら、

    「少し時間が欲しい」
    「神戸が廃虚になる時間ですか」
    「もうそんなに」
    「この場での御返答をお願いします。どうしても待ちたいと仰られるのなら、雪狼突撃隊の出動を要請します。あそこが一番近いですからね」
    「雪狼突撃隊って中国の・・・」
 ここまで脅された首相が可哀想な気もしましたが、事態が切迫しているのはまったくのウソではありません。他国の軍隊を受け入れるリスクに屈した首相はレンジャー部隊の出動をこの場で命じました。
    「社長、やりすぎでは」
    「それぐらい事態は切迫してるよ。血液製剤の積み込みはもうすぐ終了するのよ。その時点で連れて帰る地球人がいなければ実力行使に出るよ。ジュシュルは本気だよ」

 そういえば、そうだった。

    「星の命運がかかってるんだよ。たとえ地球人を皆殺しにしてでも連れて帰るよ。いつまで待ってもらえるかは、わたしをどれだけ信用しているかだけ」
    「まさか、あの夜は・・・」
    「そうだよ、惜別のために来てたんだ。だからビールも飲まなかった。ひょっとしたら、あの夜に決行の予定だったかもしれない」