不思議の国のマドカ:突き破る話

 マドカさんの最近の成長ぶりは凄い。相変わらず端正で上品なところは変わらないけど、棍棒じゃなくて、梱包じゃなくて、内服・・・もういい、とにかく力強さを感じるんだよね。激しく動く被写体もなんの苦にもしなくなったし。ちょっと聞いてみたんだけど、

    「武産合気を取り入れられた気がします」
    「それって・・・」
    「自分と相手との和合、自分と宇宙との和合です」

 アカネと違って、わかって言ってるんだろうな。とにかく合気道四段の猛者だし。そうそう前にラグビーの課題を見た時からなし崩し的にマドカさんの写真も見るようになってるんだけど、

    「どうですかアカネ先生、商売物になってますか」
    「合格だよ」

 こりゃ、えらい自信だ。こういうのを一皮毛むくじゃら、ちがった一皮干し、ちがう、思い出したぞ・・・なんだっけ。まあ、いいか。時々、いやしょっちゅうこの手の言葉を度忘れするのが、アカネの数少ない欠点の気がする。まあ、聞き間違いより害は少ないんだけど。

    「アカネ、マドカに個展を開いてもらう」

 早いよな。まだ入門して二年目だぞ。さすがツバサ先生が見込んだだけの事はある。でも、どうなんだろ。

    「受付もサトル以来だから、気合入れんとな」
 こりゃ、手放しだ。それだけの実力が付いてきたのは認めるけど。ここでイイのかな。この辺が個展をやらずじまいだったから、感覚がつかめないんよね。


 でも、どうにも気になってる点があるんだ。ラグビーの課題の時に顔を出した過剰な女らしさ。あの時は最後の最後になんとかクリアしたけど、消えきってない気がする。アカネの感触からすると克服したのではなく逃げたんじゃないかって。

 言い方を変えれば誤魔化したぐらいかな。だからレベルは数段上がっているけど、どこか違和感がある気がしてるんだよ。ツバサ先生の言うプロの壁を薄皮一枚で突破していない感じ。

 個展を開くのであれば、この薄皮を破ってからの方がイイとアカネは思うのよね。とにかく個展はプロのための最終試験で、落ちれば師弟の縁は終りっていう厳しいもの。ツバサ先生にまさか見えていないとは思えないんだけど。

    「ツバサ先生。お話があります」
    「ほう、やっと初体験を済ませたか。どうだった」

 まだだって。その前に男がいないのも知ってるくせに。それにツバサ先生だって結婚まで大事に守ってたじゃないか。その前の一万年の経験はさておきだけど。

    「どうだ、入って来る時は痛かったか」
    「違います」
    「ほぉ、最初から痛みがなかったとは余程前戯で・・・」
    「誰もそんな話をしてません」
    「まさか、初体験からイッたのか」
    「マドカさんの写真の話です」

 ツバサ先生はビックリしたような顔になり、

    「アカネ、いくら初体験とはいえマドカに撮らせたのか。どうせならサキに撮らせた方が良かったと思うが。まあいい、見せてみろ」

 誰が自分の初体験を写真に撮らせたり、動画にしたりするものか。ましてや、それをどうしてツバサ先生に見せなきゃアカンのよ。エエ加減、アカネのロスト・バージン話から離れやがれ、

    「マドカさんに個展はまだ早いと思います」

 急に顔が厳しくなったツバサ先生は、

    「理由」
    「プロの壁をまだ破り切っていません」

 ツバサ先生は椅子に深々とかけ直して、

    「いや、プロの壁は越えてる」
    「まだです。ツバサ先生には見えないのですか」

 ツバサ先生は大きなため息をして、

    「アカネにはあの薄皮一枚が見えるのか。こりゃ、ホンマに化物だな」

 人をマルチーズに変えようとしたツバサ先生に化物扱いされたくないわい。

    「見えてるならどうして」

 ツバサ先生は椅子を回しながら、

    「アカネにはわかりにくいかもしれんが、マドカは力強さを加える過程で西川流から飛躍しプロの壁を越えたよ。もう、家元の西川大蔵さえ越えている」
    「でも・・・」
    「あれは壁じゃない。あれがあっても、プロにはなれる。でもあれがある限り、永遠にマドカの足を引っ張るし、プロの壁を越えた後の伸びにも影響する」

 だったら、だったら、

    「それを突き破らせるのが師匠の務めじゃないですか。個展で突き破る期待をされてるのですか」
    「個展は成功するが、膜を突き破るのはおそらく無理だろう。そういう個性で生きていくしかない気がしてる」
    「どういうことですか! ツバサ先生らしくないです」

 どうも歯がゆいな。

    「アカネにアイデアでもあるのか」
    「う~んと、う~んと、そうだ、男と付き合うとか」
    「付き合えばどうなる?」
    「恋を知れば女は変わる」

 ツバサ先生は苦笑いしながら、

    「恋したぐらいじゃ、あの膜は破れんよ」

 マドカさんは折り紙付きのバージンだけど、そんなにお嬢様の処女膜って頑丈なんだろうか。

    「今ならむしろ逆効果の可能性もある。アカネ、問題はデリケートなんだ」

 なるほどデリケートぐらい頑丈なんだ。これは相手の男も余程強力じゃないと突き破れないって事だな。アカネのもそうなのかな。最初の時はかなり痛いって聞くし。ふとツバサ先生は怖ろしい言葉を口にしたような表情になり、

    「ところでアカネ、デリケートってどういう意味だ?」
    「バカにしないで下さい。人が真剣に話をしている時に」
    「そりゃ、悪かった。あくまでも念のためだ。だいぶ痛い目にあってるからな」

 アカネだって昔のままじゃないんだから、

    「デリケートってのは、道に物とか置いて通れなくすることです」

 そしたらツバサ先生は茫然としてた。ちゃんと理解してたのにそんなに驚かなくてもイイじゃないか。マドカさんの処女膜はそれぐらい頑丈で突き破りにくい話ぐらい、わかってますよ~だ。アカネが真剣に心配して相談してるのぐらいは見たらわかるのに。

    「アカネ、それはバリケードだ。デリケートとは繊細とか微妙の意味だ」

 あれっ、そうだったっけ。ちょっと勘違い。でも、そんなに差がないじゃない。問題はマドカさんの頑丈な処女膜をいかに突き破るかだものね。

    「とにかくアカネ、もうちょっと待ってくれ。考えてる事がある。マドカに大きく成長してもらいたい気持ちはわたしにもあるからな」
    「なにかマドカさんの処女膜を突き破るイイ手があるのですか」

 ツバサ先生は不思議そうな顔をされて、

    「アカネ、なにか勘違いしてないか」
    「御心配なく。ちゃんとわかってます」

 これ以上はないぐらい、疑わしそうな顔になったツバサ先生は、

    「アカネがマドカのことを真剣に心配してる気持ちは良くわかった。とりあえずマドカの処女膜を突き破る話は終りだ。それではマドカの膜は破れない」
 しっかし、なんて頑丈な処女膜なんだろう。お嬢様を相手にする男は大変だ。アカネは庶民の娘だからすうっと、行くのかな?