不思議の国のマドカ:コトリ卒業

    「アカネ、今夜は特別の仕事だ」
    「えっ、今夜はなんの予定も入ってませんが」
    「だから特別だ」

 聞くとクレイエール・ビル三十階。

    「イヤだ、あそこだけはイヤだ、行きたくない」

 泣き叫ぶアカネだったけど、

    「拒否は許さん。マル・・・」
    「もう、そればっかり」

 渋々、あの恐怖のクレイエール・ビル三十階に。

    『コ~ン』

 ああ、あの音。あれってコケ脅しって言うんだよね。どっかちがうな、まあ似たようなもんやろ。リビングに入るといきなり目に入ったのが派手な飾りつけと。

    『コトリ、卒業おめでとう』

 コトリって聞いたことあるぞ。そうだ、そうだ、ローマの夜に一緒に居た人のはず。

    「コトリ、おめでとう」
    「コトリちゃんも博士だよね」
    「コトリ副社長、おめでとうございます」
    「コトリ先輩、復帰を歓迎します」

 それにしてもコトリさんはえらい格好やけど、

    「みんな、ありがとう。ミサキちゃんも、シノブちゃんもわざわざ来てくれてありがとう」

 今日はアカネも含めて六人だけど、一人知らないのがいるな。制服姿の若い女性だけど誰だろう。とにかくここは特別な場所だから、そうそう入れる人はいないはずだけど、

    「初めまして。休職中ですが専務をやらせて頂いている結崎忍です」

 そしたらユッキーさんが、

    「アカネさんがわかりやすいように言えば四座の女神よ」
 ひぇぇぇ、八十三歳だって。さすがは四座の女神だ。四座の女神と言えば『愛と悲しみの女神』だったら、エレギオン第一次包囲戦での奮戦をよく覚えてる。アングマールの魔王の心理攻撃に対抗するために、城壁に張り付きで頑張るんだよね。

 それも全身を煌々と輝かせながらだよ。さしものアングマールの魔王の心理攻撃も、その輝きが及ぶ範囲は寄せ付けないって感じ。それも昼も夜も二年ぐらい不眠不休で続くんだよね。

    「結崎専務は本当に輝くのですか」
    「輝くわよ」

 だから四座の女神は別名『輝く女神』とも呼ばれてる。さらに第三次エレギオン包囲戦では次座の女神とともに使者に立ち、凄まじい一撃を放つんだ。惜しくも魔王には当たらなかったけど、魔王の本営を木端微塵にするんだよ。あれもホントかどうかユッキーさんに興奮しながら聞いたら、

    「だいたい合ってるよ」
    「じゃあ、エルルと結ばれるのは?」
    「結ばれてるよ」

 まさかこうやってリアルで会えるとは思わなかった。そっか、そっか、この部屋にはあのエレギオンの五女神がそろってるんだ。これこそ夢の世界じゃない。

    「エレギオンの五女神がそろうのは十四年前に一度あったけど、あれが五百年ぶりかな。それとあの時は眠れる主女神だったから、目覚めたる主女神になると今回が四千年ぶりになるわ」

 まさに歴史的瞬間にアカネは立ちあってるんだ。コトリさんは港都大学院エレギオン学科で博士号を取ってるんだよね。でも、でも、それにしてもその姿は、

    「ああ、これ。大学から大学院までウサギやってたのよ」

 なるほど名前が月夜野うさぎだから、ウサギか。

    「だからこれはコトリの正装やねん」
    「まさかそれで卒業式に」
    「もち。でもこれも卒業するから、コトリに戻る」

 パープリンみたいやけど、博士だし、既にエレギオンHDに就職してる。内定やなくて就職なのにも驚かされるけど、もうCFO、CIO、CLOになってて、春には副社長だってさ。

    「ユッキー一人じゃ、無理あるやんか。ちょっとたるんでたから、だいぶ締め上げたった」

 コトリさんは次座の女神。アングマール戦のほとんどの指揮を執り、最後の勝利をもたらせた名将でもある。どんなに切羽詰まりそうな状況になっても、あっと驚く解決策を編み出す別名『知恵の女神』。

    「アカネの仕事はカメラ係だ。このメンバーがここで五人がそろうのは、おそらく今日が最後になる。ミサキちゃんも、シノブちゃんも近いうちに宿主代わりに入るからな」

 なるほど、だから特別の仕事か。そうなんだよね、ツバサ先生はマスコミがあんまり好きじゃないし、とくに写真を撮らせるのが好きじゃない。理由を聞いたことがあるけど、

    『ヘタクソに撮られたくないだけ』

 だからアカネか。あっ、嫌な事を思いだした。

    「ツバサ先生、まさかメシ抜きなんてことは・・・」
    「ああ、食べてもイイし、飲んでもイイ」

 助かった。

    「ただし酔っても質が落ちるのは許さん」

 まずは集合写真。あれ? どうして、

    「今日はコトリさんの卒業記念だから、真ん中はコトリさんの方が」
    「イイのよ、アカネさん。これは五女神の記念写真だから」

 なるほど! だから主女神であるツバサ先生が真ん中か。それにしても美しい。女が見ても美しい。ホントに女神は不老だってよくわかるもの。皺一つないものね。そこからドンチャン騒ぎで楽しかった。ありゃ、見た目だけじゃなくて気も若いわ。

    「シオリ、前に頼まれてた件だけど」
    「なにかわかったの」
    「それがね・・・」

 なにか複雑そうな話やったんよね。

    「なるほど女神の仕事の可能性が出て来たのね」
    「そうなのよ。ここから先は見てみないとわからないし、見れば何が起るか予想がつかいのよ」
    「でもなにか想像もつかないな。というか想像するのも大変すぎる世界よね」
    「わたしもコトリもそうだけど、事実は事実として良さそうなのよ」
    「そんな病気のことを聞いたことがあるけど・・・」

 どこでこの話題になったのか想像も付かないんだけど、性転換の話になってた。

    「ああ、あれね。ドミニカのサリナスの話でしょ。思春期を迎えると男女が入れ替わってしまう現象のこと。原因は胎内で作られる性器と、思春期に大量に出される性ホルモンの相違ぐらいで説明されてるわ」
    「病気なの」
    「どうかな。近親婚が多いみたいだから、遺伝疾患みたいなものかもしれないね」
    「それとは違うよね。ここは日本だし」

 ツバサ先生とユッキーさんが難しそうな話をしてたから、バニー・ガールのお色直しが終わったコトリさんの撮影に。それにしても何着持ってるんやろ。

    「コトリさん、女神の秘術ってあるのですか」
    「えっ、あるにはあるよ。普段はあんまり使わへんけど」
    「たとえば」
    「う~ん、たとえばアカネさんをマルチーズに変えるとか」
    「イヤです」

 どうして、どいつもこいつもアカネをマルチーズに変えたがるんだ。

    「なんかもっとオドロ、オドロしいのは」
    「どんなん?」
    「たとえば魔法陣描いて、生贄捧げてみたいなの」
    「そんなことしなくてもマルチーズに出来るよ」

 だからマルチーズはイヤだって。

    「アラッタの神殿にアカネさんが好きそうなのを集めたものがあったよ」
    「やっぱり、あったんですか」
    「うんにゃ、書いてる事とやる事がそうだけで効果ゼロ」

 ありゃ、ドライな。

    「それに腹立つんよ。どれもこれも穢れ無き処女を捧げるって書いてあるんよね」

 でも定番だよな。というか五千年前から考えてる事が一緒ってのが笑うけど。

    「穢れ無き処女に意味があるのですか」
    「そんなもん、あるわけないやろが。バージンであろうとヤリマンであろうと女に変わりはない。なんでそんなもんにこだわるかコトリには理解できへんわ」

 そりゃ女に代わりはないと言えばそれまでだけど、その手の魔術パワーってそういうところにこだわるもんだし、

    「あの頃のコトリは性欲処理係の奴隷上がりだったから、どれも資格なしになってまうんよ。腹立って、腹立って、粘土板砕いたろかと思た」
 なんだ、コトリさんもこだわってるんじゃない。この辺の女心は微妙だもんね。生贄にはなるのは論外だけど、だからと言って生贄の資格がそもそも無いってされるのはプライドが傷つくんだよね。

 たとえばさぁ、穢れ無き処女の資格で生贄が集められて、自分じゃない女が生贄に指名されるとするやん。そりゃ、生贄にならずに済んだのはホッとするけど、どこで指名された女と差がついたかは気になってモヤモヤする部分は残るぐらいかな。

    「アカネさん、神の秘術と言うても単純に言えば神のパワーの使い方だけなんよ。たとえばホースで水かけるとしたら、先っちょつまんだ方が良く飛ぶやろ」

 なるほど、

    「そんな使い方でも知っとるのと、知らんのでは大きな差が出るんよね。とにかく神同士が出会ってしまえば、タダでは済まないから」

 相当殺伐な世界だわ。

    「それとね、殆どの場合は瞬時に使えないと意味がないのよ。ノンビリ呪文なんか唱えとったら、その間にやられてまうってこと」

 アニメや漫画やったら、どんなに長くても必殺技の名前を言ったり、それを繰り出すための呪文を長々と唱えたりするけど、命を懸けた実戦の場合はそれが隙になってやられちゃうか。言われてみればそうで、柔道の試合でもいちいち、

    『行くぞ、巴投げ』
    『来るなら来てみろ』

 そんなんしないものね。

    「だからアカネさんが期待しているような黒魔術的なものは基本的に存在しないよ」

 さすがは知恵の女神、ツバサ先生より説明が百倍上手い。もっともバニー・ガール姿で言われても説得力が欠けるけど。

    「せっかくだから、ちょっと見せてあげるね」
    「いえ、結構です」

 どうしてアカネを見ると女神どもはマルチーズにしたがるんだろ。そりゃ、ブルドッグにされるよりマシかもしれないけど、アカネは人のままがイイって・・・あれ、コップが浮き上がってる。

    「こういうことだよ。やろうと思ったと同時に出来ないと生き残れなかったってこと」

 そういやマルチーズにされそうになった時も、変化は一瞬だったでイイと思う。フェレンツェでツバサ先生が戦った時もガチの格闘戦だったし。

    「それでもね。別にこんな力はあってもなくても、暮らしていくのに殆ど必要ないんよ」

 そう言って浮かんだコップを取ると、

    「こうやって手で取れば困らないし。それとね、こんな変な能力があるとすぐに化物扱いされて男が逃げちゃうのよね。だから人の前ではまず使わないし、使ってもバレないようにしてる」
 なるほど、そうかもしれない。アカネも女神に憧れるけど、内心は化物扱いしてる部分は無いとは言えないもの。だからユッキーさんも、コトリさんもあんな美しい女性なのに独身のままとか。うん、結婚出来たツバサ先生はエライかもね。

 それより問題なのは、体がポヨヨヨ~んに変わり、顔だって綺麗になってるはずなのに、どうしてアカネに男が出来なんだろ。歳は取らなくなったそうだけど、女神じゃないはずだし。

 寄ってくるのは痴漢とナンパで引っかけて一発やろうって連中ばっかり。そんなんでも、いないより居た方がマシかもしれないけど、あんまり綺麗になったメリット実感してないな。