流星セレナーデ:会談

 ミサキは社長と副社長の話を聞かされて、まんじりと出来ないまま朝を迎えました。一方でお二人は健やかな寝息を立てられて熟睡です。朝食はコーヒーとサンドイッチでしたが、ミサキはコーヒーすら飲めなくなっています。それでもスーツに着替えて待機です。

 十時を回った頃に轟音が鳴り響き出しました。宇宙船の着陸のようです。どんな方式で飛ぶのかと思っていましたが、あれは逆噴射の音みたいですから、地球型とあまり変わらないのかもしれません。一時間も過ぎた頃に斎藤補佐官が現れ、

    「予定より繰り上がった。会見場は二階の出発ロビーに設定してある。今から案内する」
 斎藤補佐官に案内されて二階の出発ロビーに行ってみると、仮設ですが会見場が出来上がっていました。会見場自体はシンプルな構成で、横長の机と椅子だけです。真ん中に総理が座り、左右には副総理格の財務大臣と、外務大臣の席があるようです。ミサキたちは左端に座るようです。

 エランの代表は一階からエレベーターで案内されて上がってきたようで、これを立って迎える形になります。服装はかなり変わっていますが、おそらくエランの正装じゃないかと推測します。この辺はこっちの服装も変に思われているでしょうからお互い様です。

 地球だったら握手なりをするのでしょうが、その辺は良くわかりませんから総理は無難に言葉の出迎えをされました。

    「地球へようこそ」

 声が少し震えている気がしますし、心なしか顔も青ざめています。エラン代表は三人で、なにか小さなスピーカーのようなものを持っており、そこから出た音を聞いてなにやら話し合っています。異文明ですから総理の言葉に問題があったのかと緊張が高まりましたが、エラン代表もなにかしゃべり、スピーカーから音が出てきます。

    「カンゲニカンワルル」

 はあ? ですが、おそらく、

    『歓迎に感謝する』

 みたいです。イントネーションも変です。双方が着席した後に、

    「コモツモヤクガ、カンゼワルナイ、ヒトミズツ、ミジカン、ハナセモ」

 う~ん、これはたぶんですが、

    『この通訳機は完全ではない。一人ずつ、短く、話してくれ』

 ぐらいじゃないかと思われます。なにかマルコの日本語を聞いているような感じで、こんなんで大丈夫かいなってところです。なるほど政府はコンタクトを取っていたとしていましたが、意見交換とか意思疎通に難儀したのは良くわかります。そこから首脳会談になるのですが、聞いていると、とにかく大変なのが良くわかります。内容的には地球でも常識的なものみたいで、

    『我々に敵意はない』
    『親善と友好のために地球に来た』
    『調査が終われば母星に帰る予定』

 この程度の内容の確認に一時間以上かかっています。これはこちらが聞こえてる日本語もムチャクチャですが、向こうが聞こえてるエラン語も相当なものと見て良さそうで、通訳機が訳し終るたびに、双方の代表が、

    『なにを言ってるのだろう』

 言葉の解釈に頭を捻り、長々と相談が行われるからです。文化も文明も違う異星人との交渉ですから、慎重に言葉を選び、相手に妙な誤解を与えたくないのはわかりますが、通訳機がこんな状態ですから、まるで判じ物でやり取りしているようなものです。これじゃあ、相手の真意を言葉の裏から探るなんてレベルになりそうにありません。まるでコントのような会談がちょっと一段落した頃に、

    「ソチラワン、コヤモ」

 これはエラン代表の視線からもユッキー社長に向けられたものらしいのはわかります。社長は答えましたが、エランの代表に驚愕が走っているのがわかります。コトリ副社長が、

    「さすがユッキーや」

 コトリ副社長によると、エラム語はエラン統一語に似ているそうです。おそらくですがエラン統一語の母体になったのではないかとしています。ただ元が同じらしいというだけで、二つの言葉は一万年ぐらいは余裕で別々になっています。コトリ副社長によると、

    「基本の文法はそんなに変わってないみたい」

 最大の問題は用語と用法。言葉で一番変わりやすいのはそこです。ユッキー社長は首脳会談の間に聞き耳を立てて、エランの現代統一語をかなり覚え込んでしまわれたようです。

    「コトリ副社長もエラン語がわかるのですか」
    「ユッキーほどじゃないけどね。ミサキちゃんも、もうすぐ聞こえるようになるよ」

 そう言われてみれば、ユッキー社長とエラン代表の会話がわかる気がします。完全ではないですが、

    「それは我々の言葉。少し変わっているし、既に使われなくなった言葉もあるが、十分わかる。どこで覚えた」
    「エラムの言葉だ」
    「エラムだって、あのエラムが本当に存在していたのか」

 ミサキの聞き取りレベルも怪しいところがありますが、エランがかつて地球に植民団を送り込んでいた頃に作られた基地の名前がエラムだそうです。一万五千年前ぐらいらしいですが、エラン人にとっても神話時代のお話になるようです。

    「いや、エラムの基地は跡形もなく所在も不明だ。その末裔が作った文明もあったが、三千年以上前に滅びた」

 さらっと喋ってるように聞こえますが、そうじゃありません。使われる用語に大きな差があり、それの確認に大わらわです。なるほどアラがこの言葉での会話を避けた理由が良くわかります。それでも、あのヘンテコな通訳機を使っている時とは格段どころでないスムーズさです。

    「目的を聞こう」
    「友好と親善だ」
    「それは先ほど聞いた。話を進めよう。アラルガルか」

 エラン代表に衝撃が走ります。

    「生きているのか」
    「うちの社員だ」

 どうも『うちの社員』がわかりにくかったようで、

    「社員とはなんだ」
    「わたしの集団の一員だ」
    「テモレのことか」
    「テモレとはなんだ」

 どうしてもこういう調子になります。それでもユッキー社長の会話能力はドンドン向上しているようで、これも女神の能力のようです。そんな時に随員としてテーブルの後方に立っていた斎藤補佐官が歩み寄り、

    「何を話しているのだ」

 そりゃ、聞きたいと思いますが、ミサキだって聞き取るのに必死ですから、

    「邪魔しないで下さい。私だって聞くのがやっとなのです」

 結構な剣幕だったみたいですごすごと引き下がってくれました。斎藤補佐官が引き下がってくれたのでユッキー社長の話に集中できます。

    「見つけられなかったのか」
    「そうだ」

 ユッキー社長やコトリ副社長が予想した通り、エランは神を見つける探査装置を持っているようです。しかし、

    「地球周回軌道からでは無理があった」

 ここも地球周回軌道でだいぶ躓いています。

    「それで見つけたのか」
    「驚いた。ここに三ヶ所の大きな反応があった」
    「もう一ヶ所あっただろう」
    「なぜ知っている」

 三ヶ所とは社長と副社長、さらに加納さんに宿ってる主女神の反応で良さそう。ミサキやシノブ専務クラスでは感知しないみたい。それともう一ヶ所はヴァチカンのユダで良さそうですが、その感度ではせいぜい使徒の祓魔師程度のアラを見つけるのは不可能でしょう。

    「どうして降りてきた」
    「確認する必要があった」
    「本当にそれだけか」

 ここでエランの代表は少し言葉に詰まり。

    「どこまで聞いている」
    「聞けばわかる」
    「どうして聞けた」
    「見たままだ」

 ここはかなり込み入った話なのですが、アラはエランの独裁者だったのですが、神としての能力も顕示し、怖れられていたようです。誰もアラの前ではまともに話せなくなるぐらいってところでしょうか。

    「アラルガル程度の能力では地球では生き残れない」
    「やはりあの反応は力も反映しているのか」

 エラン側も探査装置の能力の限界を知っていたようですが、驚くほど強い反応がみつかり、これをどう解釈するかもめたそうです。というか、地球はいったいどうなってるんだってところです。

    「あなたは独裁者ではないのか」
    「違う、たんなる会社の経営者だ」
    「なぜだ」
    「わたしの勝手だ」

 エラン代表は『わからない』の表情をして、

    「我々は古い記録を調べた。可能性があるのは一万年前に地球に流刑囚として送られた者だけだが、その流刑船には意識移動装置は積み込まれてなかったはず。どうやって生き延びた」

 だから、長いセンテンスは大変なのよ。用語や用法の確認が大変で、ミサキだって追いきれないじゃないの。

    「自力で移動した。自力で移動できる者のみが生き残った」
    「それは出来ない」
    「出来たから目の前にいる」
 ミサキの頭の中のこれまで聞いたエッセンスの点が線で結ばれていきます。意識と肉体の分離が神としての能力の発生源であるのは間違いない。だからこそアラはこの技術を独占し、側近にさえ適用しなかったんだ。そしてエラン唯一の神として独裁者になったぐらい。

 ユダは地球への流刑囚は記憶を受け継ぐ能力を失わされたとしてたけど、そんなことはされていなかったんだ。そこまでの意識改造が出来るのなら、流刑囚として地球に送り込む必要がないってことよ。自力で宿主を移動できる能力と引き換えに記憶を受け継ぐ能力を犠牲にした、いや結果的にそうなったと見て良い気がする。

    「アラルガルだが地球では、ほぼ無害だ」
    「どういうことだ」
    「わたしと立花がいる限り、なにも出来ない。何かすればいつでも殺せる」
    「でも死刑は・・・」
    「ここは地球だ。ましてや神の世界の話。いかなる罪にも問われないし、地球の神は神を殺すのに何の躊躇もない」

 エラン代表は少し考えた後に、

    「アラルガルの件は任せてよさそうだ。もう少し他の話もしたいが、この通訳機が役に立たないのは見ての通りだ。あなたが地球側の代表になって欲しい」
    「総理に聞いてみるが、即答は無理だろう」
    「了承した」

 ユッキー社長は、

    「総理、長々と失礼しました。話の内容については後刻報告させて頂きます。とりあえず今日の会談はここまでにしたいとの御意向です。宜しいでしょうか」

 狐につままれたような下山総理でしたが、再びトンデモ通訳機と格闘しながら、なんていうか、別れの挨拶みたいなものをされていました。エラン代表一行はエレベーターで一階に下り宇宙船に向かいましたが、それを見送りながらコトリ副社長は目を細めて、

    「食わせ者で良さそうな・・・」
 ミサキの方は緊張からクタクタ状態でした。