アングマール戦記:ベッサスの戦い

 アングマールの駐留軍でわかっているのは、クラナリアにドーベル将軍が一個軍団、ラウレリアにバルド将軍が一個軍団。バルド将軍の方は最近になって強化されて一個軍団規模になったぐらいの情報になってる。昇進したのかもしれへん。

 ユッキーの指示は、一個軍団ぐらいは潰してしまいたいだったけど、ドーベル将軍は手強そうな気がしてるねん。だって前の時はウノスからイートスの険路を一個軍団連れて易々と突破した上に、イートスまであっさり落としてしまっているから。もちろんいつかは叩き潰さなアカンにしろ、今回は出来たらパスしたいってところ。

 そこでマシュダ将軍に陽動作戦を指示しといた。マウサルムからゲラスの野に進むフリをしてくれって。あくまでもフリだけで、アングマール軍からはゼロン方面からエレギオンに進む住民の保護のためみたいに動きにするのが狙い。

 具体的にはまずゲラスに進み、陣地を作って、さっと退いてしまう作戦なの。全員が退いてしまったらバレるだろうから、二百人ぐらい散兵隊を残しておいて、もしドーベル将軍が進んで来たら、一目散にマウサルムに逃げ込むぐらいのプランにした。

 マシュダ将軍はよくやってくれたと思う。この辺は五年間の訓練の賜物の部分もあるけど、マウサルムからゲラスに物凄い勢いでまず進んだの。今の時点でもクラナリスは両軍にとって重要拠点だし、エレギオンがもし反撃に出るのならクラナリスだから、ドーベル将軍も呼応してくれた。

 なんでこんな陽動作戦が必要だったかなんだけど、アングマールの騎馬隊対策の面もあったのよ。騎馬隊は会戦で重要な要素になってるけど、アングマールとて豊富には持っていないと見て良さそうなの。具体的にはドーベル将軍が握っていると見て良さそうなの。マシュダ将軍がゲラスに進んだら、ドーベル将軍は騎馬隊を率いて決戦に臨むの計算。そうしてくれたらバルド将軍は騎馬隊無しになってくれるのを期待してた。

 コトリの思惑通りに展開してくれた。マシュダ将軍がゲラスに猛進したのにドーベル将軍は素早く反応してくれた。一方でバルド将軍はパライアに進んで来てくれた。コトリは慌てるふりをしながらレッサウからパライアの救援に向かう動きをしたの。

 パライアはあっさり落ちちゃったけど、これも計算内でコトリはベッサスに進んだ。パライア奪還の姿勢を見せたってところ。ベッサスはペラト川の河原。コトリはここを決戦場に選んだの。ベッサスの特徴は広い河原の平坦地なんだけど、西から進むと左翼がペラト川になるの。

 ペラト川には回り込めないから左翼の端っこの守りを省略できるの。もちろんバルド将軍も右翼の端っこの守りを省略できるけどコトリには狙いがあったの。こういう地形で会戦したら、コトリから見れば右翼が焦点になるの。バルド将軍から見れば左翼だけど、重装歩兵戦列の端っこをいかに回り込もうかを考えるってところ。

 コトリは騎兵隊を連れて来てるから、それをいきなり使う手もあったけど、もう一ひねりした戦術を使うことにした。とりあえずコトリの右翼はガッチリ守ることにした。一個軍団の散兵部隊の定員は千五百人だけど、平原三都市から千人ずつ動員して四千五百人とし、三千の弓隊を配備した。雨あられと矢を降り注ぐ作戦。

 そうしておいて左翼にはファランクス隊形をあえて使ったの。それも四十列の超縦深隊形。左翼のファランクス隊形の右側はペラト川で、右側はレジョン戦列が守るって感じ。このファランクス隊形にも仕掛けがあって、必要な時にはいつでもレジョン隊形に戻れる訓練も積んどいた。

 バラド将軍はパライアから予想通りに決戦に進んで来てくれた。コトリのファランクス、レジョン混合隊形を見て鼻で嗤った気がしてる。コトリの方はバルド将軍が騎馬隊を連れて来ていないのを見てほくそ笑んだけど。ファランクスは鈍重で機動力や柔軟性に欠ける面はあるけど、正面の攻撃力はレジョンを遥かに上回るのよね。弱点の側背部はレジョン部隊が固めてるのがミソ。

 会戦は散兵部隊が重装歩兵戦列の前面に展開するところから始まった。互いの投槍戦が展開され、重装歩兵隊が接近したところで、重装歩兵第一列の後ろに潜りこんで整列終了。コトリのレジョン部隊も鮮やかに動いてくれた。

 コトリの重装歩兵戦列は左翼のファランクス部隊が突出する形で突き進んだの。全体に右下がりの陣形かな。でもってバラド将軍の右翼を猛烈に圧迫したのよ。バリバリって感じ。さすがはアングマール軍で良く支えていたけど、バラド将軍も右翼の圧迫の手当てに動き回ってるのがよくわかる。

 バラド将軍はファランクス隊の右側面を衝きたそうだったけど、コトリの中央部のレジョン部隊がカバーするから、なかなか思い通りにならないってところだったわ。時間が経つにつれてバラド将軍の右翼は重装歩兵第三列まで動員しての状態になっていったの。まともに正面からの超縦深ファランクスを引き受ければそうなるってところ。

 ここでバラド将軍は動いたの。前にゲラスでコトリが惨敗を喫したやつ。重装歩兵後列の散兵部隊をどっと左翼に展開させ突撃させてきたの。これもコトリの予想のうちで、こっちはバカスカ三千の弓隊に撃ちまくらせた。そして崩れたったところに騎馬対五百を散兵部隊五百と一緒に突撃させたった。

 さすがのアングマール軍も崩れてくれた。ここからはアングマール戦法のマネで、重装歩兵第三列を左翼から展開させて完全に包囲隊形に持ちこめた。アングマール軍は左翼の崩れと背後に騎馬隊が回ったことで、ファランクス隊に重圧を受け続けた右翼も崩壊。

 ちょっと可哀想と思わんでもなかったけど、徹底した殲滅戦を行わせたの。ユッキーも言ってたけど、これは全面戦争で勝つときには目一杯勝って、相手の戦力を削り取らないといけないから心を鬼にして攻め続けた。ファランクス隊をレジョン隊形組み直してがっちり囲い込み、さらに雨あられと矢と投槍を見舞わせた。ほぼアングマール軍は全滅でバラド将軍も投槍三本に貫かれて討死。


 ベッサスで快勝したコトリはドーベル将軍の動きの情報を必死になって集めてた。コトリの期待として後退したマシュダ将軍の後を追ってマウサルムに進んでいて欲しかった。そうなってくれていたら、挟み撃ちでドーベル将軍の軍団を叩き潰せると思ったから。でもドーベル将軍はさすがだった。マシュダ将軍の退き方に罠を感じたみたいで、あっさりクラナリスに戻ったみたい。

 コトリも全軍を引き上げさせ、マウサルムに戻りエレギオン移住住民の警備にあたることにした。ベッサスの勝利はドーベル将軍こそ取り逃がしたものの、バラド将軍の軍団を全滅させたことで、アングマール軍はハムノン平原では劣勢になり、守勢に回る形になってくれた。

 エレギオン移住計画は難航したけど、それでも高原五都市の三割弱ぐらいがエレギオンに移住してくれた。これはアングマール軍の妨害があれば、一割も難しかったと思うわ。ユッキーは花の園だけでなく、ほかの公園も数多く取り潰して移住者用の住居を作り上げてくれた。エレギオンに収容しきれなかった住民はエルグ平原の三都市にも収容してもらってた。

 アングマール軍は強かったけど、コトリが育て上げた軍団も対抗できることは収穫だった。でもこれはあくまでも局所戦の勝利に過ぎないの。コトリの奇策だって次は対策されるかもしれないし、なにより次は魔王が出てくる。コトリとマシュダ将軍は、これも予定通りマウサルムからも撤退。マシュダ将軍はシャウスの守備に就き、コトリはエレギオンに戻ったの。

 高原五都市放棄とアングマール一個軍団壊滅で差引勘定が合うかどうかは微妙やけど、前にゲラスでコテンパンにされて手も足も出なかったアングマール軍に快勝できたのは軍の士気については良かった。コトリも準備は十分と思っていたけど、ゲラスの惨敗がどうしても頭に残ってたからね。

 ドーベル将軍との会戦も考えたけど、正面からぶつかるのは回避した。負けたら元も子もなくなっちゃうし、勝っても痛手を負ってしまうと、魔王が来てからに困るもの。どうにもドーベル将軍と決戦する気にはならんかった。罠に引っかかってくれんぐらいやから要注意ってところだったの。