アングマール戦記:籠城対策

    「おかえり、コトリ。お疲れ様」
    「なんとか勝てたわ」
    「どうだった」
    「通用したわ」
 わかりにくい会話やと思うけど、女神の戦術が使えたかどうかのお話。
    「いくら魔王でもアングマールからハムノン高原まで力を及ぼさすのは無理やったみたい」
    「そうだったのね。で、なにやったの」
    「単純やけど投槍や矢の命中率を挙げといた。あれもあんまり使いすぎると補充が大変やし」
 大きな声では言えへんけど、ベッサスの弓隊の命中率はコトリが細工したから驚異的だったの。だからアングマールの散兵部隊は短時間で崩れちゃったってところ。
    「そうだ、ユッキー、全部切っちゃったんだね」
    「あれもしかたなかったわ。置いといても切られちゃうだけだし」
 これはキボン川の両岸にあった森の事です。この頃には銅や鉄の精錬に木炭を使ったため、かなり減っとってんけど、ユッキーはアングマール軍の侵攻に備えて切り倒し、城内に収容してしまっちゃったの。それだけではなくエルグ平原の目ぼしい木は根こそぎやねん。なぜそんなことをしたんやかけど、
    「アングマールも凄いのを作るね」
    「動く塔っていうのかな。城壁より高かったっていうものね」
 イートスやラウレリアの攻防戦では城壁を越える高さの動く塔みたいな兵器を作って攻撃したとの情報があるのよね。
    「破城槌も大型で、屋根まで付いてたそうだもんね」
 それへの対策も考えないといけないんやけど、それだけ巨大な兵器を作るには大量の木材が必要で、なおかつそれは現地調達してるだろうがコトリとユッキーの推測やねん。そうやったら、先手を打ってエルグ平原の木を切ってしまったれってところなの。そりゃ、その気になればハムノン高原の木を切って運び込めると思うけど、それだけ手間がかかるようになるやんて作戦。
    「ユッキーなにかした?」
    「とりあえずスロープ付けといた」
    「空堀掘ったら?」
    「空堀掘った土でスロープ付けといた」
 ユッキーのプランは城壁の周りにグルッと空堀を掘ったんやけど、空堀はわざと城壁から十メートル離して掘り、その十メートルに急なスロープを付けてんねん。
    「これやったら、アングマール軍はまず空堀を埋めないといけないでしょ。それから城壁のスロープを平坦にしないといけないから時間がかかると思うの」
    「それを乗り越えてきたら?」
    「そうなったら大変ねぇ。でもね、空堀埋めるのも、スロープ崩すのも何カ所かに集中すると思うの」
    「そうやろね。エレギオンの全城壁の空堀埋めて、スロープ崩そうと思ったら、どれだけの犠牲を払うかわからへんもんね」
    「守る方もそこに集中できるってこと」
 ユッキーは水堀にしたかったみたいだけど、そこまでは時間がなかったとしてたわ。どうも水入れると吸い込むみたいで、溜めるためには粘土塗らなあかんみたい。
    「女神の力で水貯めたら」
    「魔王相手だから通用しないと思ったの」
 そうだった。力の押し合いになったときに、勝てるとは限らないんだ。
    「ところでユッキー、あのでっかい屋根付きの破城槌対策は?」
    「石落とすぐらいかな」
    「火つけたいけど、それぐらいは考えてるやろし」
    「そうなのよね、門の前に空堀作るわけにはいかないし」
 動く塔より厄介そうな気がコトリもする。
    「門はどれぐらい耐えられるかな」
    「永遠には無理でしょうね」
    「打って出て追い払うとかは」
    「それは、それでアングマール軍の思う壺になりそう」
 ホンマに厄介そう。でも門が破られたら終わりやし。
    「知恵の女神にアイデアない?」
    「そない簡単に出てくるかいな」
 屋根付きの破城槌は見たことないけど、どんなものかはだいたい想像できるねん。たぶん屋根からゴッツイ木をぶら下げて、それを揺らして門にぶち当てるか、破城槌を乗せた台車を前後させて衝突させらかと思てる。そんなもんにゴンゴンやられたら、そのうち門は壊れるもんな。
    「ユッキー、その破城槌って縦長やろな」
    「木は大きくて長いほど効果があるとおもうから、たぶんそうだと思う」
    「でも幅はそれほどないんちゃう」
    「あんまり幅を広くすると、動かしにくいし、台車が保たないと思う」
    「高さはそこそこあるやろな」
    「ぶら下げて揺するタイプならとくにね」
 何か浮かびそう・・・
    「ひっくり返したらどうやろう」
    「えっ、どうやって?」
    「破城槌いうても屋根が鉄板で出来てる訳やないやろ」
    「たぶんそうだと思うわ」
    「だったらロープ引っ掛けて倒してもたらエエんちゃう」
    「でもどうやってロープをかけるの? 敵軍もいっぱい破城槌の周りにいるはずよ」
 エエ知恵湧いた。もしかしたら動く塔にも使えるかもしれへん。
    「巨大石弓試作しとったやん」
    「ああ、あのお化けみたいな石弓のこと」
 持ち運びを考えずに作らせた巨大石弓があるねん。据え付け式で弓だって鉄製にしてる。弦かって頑丈なロープみたいな代物。弦を引っ張るのだって滑車付けてるぐらい。
    「アレに返しに細工したデッカイ鏃を付けといて、さらにロープつけとくねん」
    「なるほど! それを何本か打ちこんどいて引っ張るわけね」
    「テストしてみよ」
    「うん」
 改良は必要やったけど、うまくいきそうやった。とにかく上から下を狙うし、距離だって近いから後は実戦待ちで、改良型の巨大石弓と特殊鏃の量産にも入ってもろた。
    「食糧は」
    「食い延ばせば五年は持つと思う」
    「燃料は」
    「エルグ平原の木をかき集めたようなものだから、十年は余裕よ」
    「そうなると後は」
    「魔王の心理攻撃ね」
 これは経験者のコトリでも対策はサッパリ浮かばへんかった。
    「コトリ、魔王の心理攻撃って、女神の災厄の呪いと違うの?」
    「ちょっと違う。根っ子は同質の気もするけど、やっぱり違う。ひたすら気が重くなって、やる気がなくなって、落ち込んじゃう感じかな。それと不注意になって余計なミスを繰り返すようになるって感じ」
    「対抗法は」
    「女神が駆けずり回って、士気を高める以外に思いつかへん」
    「厄介ね・・・」
    「ホンマにそうやった」
 出来たら包囲戦はやられたくないけど、覚悟はしておいた方が良さそう。エルグ平原都市は、どこも防備の強化に走り回っていて、エレギオンが取った防御方法も教えといた。さて良い方の展開のシャウスから押し返すになれば良いけど甘いかなぁ。