アングマール戦記:決戦前夜(2)

    「次座の女神様、宜しいですか」
    「いいわよ」
 入って来たのはリュース次席士官。実はコトリの男。さらにもう一人いて、これも次席士官のイッサ。こっちはユッキーの男。マウサルムでの軍の再編成には大車輪で働いてくれた。
    「夜分に恐れ入ります。アングマール軍の情報が入ったもので」
    「どんなの?」
    「テベスから生き延びた者に聞いた結果なのですが・・・」
 テベスはまさに惨敗で、生き延びた者を見つけるのさえ難しかったの。とくに士官クラスは全滅と見て良さそうなぐらい。でもアングマールの戦術の情報を知りたかったから二人に頼んどいたの。
    「まずアングマールはファランクスでなかったと見て良さそうです」
    「えっ、ファランクスじゃないって! まさか密集隊形を取らなかったとか」
    「いえ密集隊形ですし、重装歩兵が主力だったみたいですが、ファランクスではないと判断します」
    「どういうこと」
    「合戦の流れはアングマールの散兵部隊が投槍を投じるところから始まったようです」
    「常套戦術ね」
    「その後に我が軍が接近したのですが散兵部隊は退いたようです」
    「そうなるよね。左右に別れたぐらいかな」
    「いえ、左右じゃなくて後列の重装歩兵の戦列に吸い込まれたとなっています」
 そんなバカな。ファランクスでは盾と盾を密接するために、その間を兵が通り抜けられないし、そんなことをすれば大混乱を引き起こしてしまう。だからファランクスでないというのはわかるけど、
    「ファランクスとファランクスの間に吸い込まれたとかではないの」
    「どうもそんな感じではなく、戦列の間に吸い込まれたとなっています」
 どういうことだろう。
    「では重装歩兵の戦列はスカスカだったとか」
    「いえ、きちんと我が軍のファランクスを受け止めています」
 どうもなんやけど、アングマールの散兵部隊は投槍を投じた後に重装歩兵の後ろに並んだみたいで、そこから投槍や投石を行ったみたい。これ以上はリュースもイッサもわからないとしていたわ。
    「縦深は聞いた?」
    「それが深くないようです。たぶん四~五列程度かと」
    「武器は?」
    「剣が主体の様です」
    「それだったらファランクスで押し潰せるやん」
    「それが・・・」
 とにかく聞きだしたのが兵なので全体を見ていないのでもどかしいんだけど、アングマール軍の重装歩兵は横一列じゃないみたい。横三列編成ぐらいみたいなの、
    「私たちも信じられないですが、この横三列が自在に入れ替わって出てくるようなのです」
    「入れ替わるって・・・」
 ファランクスはとにかく一塊になって動くのが戦術なの。だから補充として戦列の後ろに付け加えるぐらいは可能だけど、ファランクス部隊を前後で入れ替えるのは不可能なのよ。たしかにアングマールが使ってる戦術はファランクスとは異質のものだわ。
    「それとこれもどうしているのかわかりませんが、戦列がかなり自在に動きます」
    「自在って?」
    「ファランクスでは考えられないのですが、戦列が曲がったり、伸びたりするみたいなのです。テベスでも気が付いたら包囲されていたとなっています」
 戦列の自由度が高いってどういうこと。でも、これ以上の情報を取るのは無理そう。リュースもイッサも実際に見た訳じゃなく伝聞だもんね。それにしてもアングマール軍の錬度の高さは想像を絶するわ。散兵を重装歩兵の戦列に吸い込ませるように交代させるのもそうだし、重装歩兵の戦列の入れ替えなんて普通じゃできないもの。

 明日は慎重にやらないと。リメラに使った奇策はやめた方が良さそうだわ。自在に動く戦列相手じゃ、超縦深ファランクスをやっても左右からの攻撃で潰されちゃいそうだもの。それでも前方攻撃だけならファランクスの方が強力と見て良いはず。とにかく相手に自在に動く戦列にさせないようにするのがポイントと見た。

    「リュース、イッサ」
    「はっ、次座の女神様」
    「明日は私の本営にいてもらうわ」
    「それは・・・」
    「未知の戦術相手だから、臨機応変がいるはずなのよ。そういう時に必要だからね」
    「かしこまりました」
 アングマールの戦術情報が少しでも手に入ったのは良かったけど、どうにも雲をつかむような話なのが困るのよね。ま、いつものこと。もっと情報が欲しいけど夜が明ければ決戦なのが恨めしい。それでも、コトリの男も、ユッキーの男も死なせてなるものか。リュースと燃えたかっけど、さすがにここじゃまずいよね。