リメラはズダン要塞戦で人気が出てから増援軍の要請を盛んに行ってきたんだ。名目はアングマールの拠点奪取のためだったから、メスヘデ将軍に増援軍を編成させて送ったんだよね。そうしたら事件が起こったの。リメラはズダン要塞に到着したメスヘデ将軍を暗殺して、国政改革を旗印に反乱を起こしちゃったの。
リメラの人気は高くてカレム、モスラン、ウノスの山岳都市はすぐにリメラに付いちゃったのよ。たぶん事前工作をしてたんだと思う。リメラが向かったのはクラナリス。アングマール戦争の時と同じだけど、地形的にそうなっちゃうの。
コトリは心配してたの。とにかく、ここのところのユッキーの判断は迷いが多いから、ちゃんと動けるかってね。でもユッキーは果断だった。女神大権を直ちに発動したんよ。そう、例の花瓶の水をぶっかける奴。それも対策会議の冒頭でいきなりやられたから、コトリまで水被ってもた。そうしておいて、
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「コトリ、任せた。できるだけ早く、見せつけるように叩き潰してね」
だからユッキーはコトリに任せたんやと思うけど、次座の女神を以てしてもリメラ人気に対抗するのがやっとぐらいだった。コトリがマウサルムに入った頃にはリメラはクラナリスを手に入れてた。さすがにヤバイと思ったのは白状しとく。とにかくユッキーの注文は厳しくて『できるだけ早く』以外にも、
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『女神の戦術は控えてね』
『騎兵隊は今回はお預けで』
『リメラの軍勢はなるべく殺さないように』
とにかく兵数は劣勢、質も劣勢、騎兵隊も使えず、女神の戦術も止められた状態で勝つのも難しいのに、どうしたもんかとコトリも追い詰められた気分になってもたんよ。負けたら殺される恐怖もそうだけど、たぶん数えきれんぐらい犯されるかもしれんってのもあったわいな。幕僚の顔色も悪かった。
さてここはゲラスの野、セカがアングマール軍に大苦戦した戦場。あの時のセカはコトリが授けた秘策を採用せえへんかった。でもあの時は正解やったと思ってるよ。あれをやるには兵の錬度が低すぎたって判断はわかるもの。でも今回は使うべしやと決めた。
ファランクス戦術の弱点は右側なんだけど、そのために右翼を厚くするのが戦術の常識やねん。この辺はその時に使う戦術によって微妙に変わることがあるけど、無難に布陣したら右翼を厚めにするのよね。そりゃ右翼を破られて回り込まれたら敗北決定みたいなものだから。
でもコトリは考えたの。右翼を厚めにしたら左翼は薄くなるじゃない。つまり相手の弱点である右を衝く戦力も弱くなってるってところ。少し言い換えると、ファランクス同士で激突したら、弱点のある強い右翼と弱い左翼が決戦場になって、どちらの左翼が早く崩れるかが勝敗のカギになってまうんやないかと。
受け身になって考えると右翼を厚く強くするのは間違いやないんやけど、敵の右翼も強いと言っても右側の弱点を抱えてるんよね。そこで視点を変えて敵の右翼に主力を向けたらどうかと思うのよ。それも半端ないぐらいの重圧をかけるのよ。そうねぇ、全軍の四割ぐらいを左翼に集めるぐらいの感じかな。
そこまで左翼に集中すると右翼が弱くなってまうねんけど、相手の左翼もあんまり強ないやろし、合戦の時に右翼の前進を出来るだけ遅らせて、衝突するまで出来るだけ時間を稼ぐの。そうやって右翼が破られないうちに敵の右翼を粉砕させて回り込んだら勝てるはずって狙いなの。
ファランクスの厚みは縦に何人並ぶかであらわされるけど、だいたいでいえば八列縦深が標準で、強化したいところは二倍の十六列縦深にするのが標準的やねん。リメラの布陣を見たら教科書通りに最右翼を十六列縦深にして、後は八列縦深ぐらいの横隊にしてた。たぶん四つに組めば勝てるの計算やろ。
コトリは最左翼を驚異の五十列縦深で組んだった。その代りに右翼は四列縦深の薄っぺらさ。合戦が始まったら最左翼を突出させた、一方で右翼は出来るだけゆっくり前進させた。そのために陣形は右斜め下がりの形になったんや。
とにかく最左翼には猛進させた。リメラの右翼だって精鋭ぞろいやから、最初は全然押せんかった。ただリメラは迷ってた。コトリのあまりにアンバランスな陣形になにか罠があると思ったみたいや。自分の左翼をコトリの方に積極的に前進させるのをためらった感じかな。
リメラの右翼はたしかに強かったし、序盤戦の損害だけならコトリの方が多かったと思う。ただね五十対十六の力比べはリメラの右翼の物凄い重圧になっていったの。たぶんリメラの右翼にすれば倒しても、倒しても前の壁の厚みは変わらない感じやったんちゃうかな。そしてついにリメラの右翼は崩れたのよ。後はグリグリと背後に回っていく感じ。そこで大声で呼びかけたのよ。
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『次座の女神は悔い改めたる者を許すものなり』
ユッキーの難しすぎる課題をクリアしてコトリも嬉しかってんけど、そこにトンデモナイ報せが飛び込んできたのよ。
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「アングマール軍、ズダン要塞を突破せり」