女神伝説第3部:本神殿発掘

 翌朝早くに小島専務はボクたちと一緒に丘に登りました。

    「ここもかつてはすべて石畳で舗装されていました。今でも掘れば残っている部分はあるかと思います」
 丘の上は平らになっていましたが、小島専務は一直線に歩いて行かれます。大きな岩があったのですが、そこに手を当てて、じっと何かを考えています。
    「この岩こそ始まりの岩。ここからエレギオンのすべてが始まっています。女神の本神殿は・・・」
 そこから数歩、歩かれて、
    「ここにありました」
 小島専務の話によると、アラッタからエレギオンに移り住んだ人数は少なく、当初はこの丘の上に全国民が住んでいたそうです。小島専務は探査棒で地面に線を描き、
    「本神殿はこの程度の規模です。後はお任せします」
 ボクたちは早速発掘に取りかかりました。やがて村で募集した現地作業員の方も合流してきました。とにかく片道三時間ぐらいかかるので、これぐらいの時刻にならないと到着しないのです。ここで現地作業員の一人が、
    「この丘に触れると祟りがあるといわれている・・・」
 そう言い出し、他の作業員も同調し始めたのです。こりゃ、困ったとあれこれ宥めたのですが、なかなか納得してくれません。その時に小島専務が歌い出したのです。昨日とはまた違う歌で、心が清められ、勇気が湧いてくるような調べです。歌い終わると専務は日本語で、
    「次座の女神、
    ここに来たりてこれを許す
    ゆめ、怖るるべからず
    そちらに祟りなし
    ただ恵みのみ与えられん」
 こう言うと日本語なのに現地作業員は全員が跪き、祈りを捧げ、涙を流して作業に取りかかってくれました。後で、
    「専務、何をしたのですか」
    「あれですか、ちょっと心に働きかけただけです」
 後でというのは、小島専務が歌い、宣告された後は近づきがたい威厳に溢れすぎていたからです。話すどころか、近づくのも畏れ多い感じです。先ほど現地作業員が跪いたとしましたが、隊員たちも、もちろんボクも同様でした。ただなんですが相本君だけは跪きませんでした。ただニコニコと微笑んでいただけでした。ここは不思議なんですが、相本君にも小島専務と同様に近づきがたい威厳を感じてしまいました。これは現地作業員も同じだったようです。相本君にも聞いてみたのですが、
    「あれが女神の力なんだろうか」
    「教授、見ての通りのもので宜しいかと存じます」
 小島専務はそれから作業を見守るように身じろぎもせずに立っておられました。現地作業員は帰り道の三時間があるので早めに切り上げるのですが、作業がすべて終わるまで昼食すら取られませんでした。お昼休憩を勧めようと思ったのですが、誰一人として近づくことが出来なかったのです。その姿はまさに女神の像さながらでした。作業終了時には、一人一人が小島専務の前に跪き祈りを捧げます。小島専務はそっと手を差し伸べるのですが、手が触れた瞬間に電流が走ったように何かに反応しています。夕食時に、
    「相本君、あれが女神による神政政治だったのだろうか」
    「そうと見て良いかと思います。形而上の神ではなく、本物の女神による統治だったのは、ウソではないと判断できます」
 ただなんですが夕食は、
    「あ〜あ、お昼食べ損ねちゃって、腹減った、腹減った」
 そりゃ、ガツガツという感じで食べておられました。さらに、
    「ちょっと準備がまじめ過ぎた。ビールぐらい突っ込んどいたら良かった。でも、冷蔵庫まで動かすと自家発電機もう一個ぐらい要るし、温いビールは嫌いやし・・・」
 相本君は日が経つごとに確実に変わっています。生真面目過ぎた角が取れ、受け答えに余裕というか温かみ、いや慈愛さえ感じます。相本君と話をするだけで心が癒される感じがします。それだけでなく、なんともいえない威厳も感じます。隊員たちも相本君に報告したり、相談する時の様子が変わって来てます。もちろん准教授なので敬意を払うのは当然なんですが、そういうレベルではなく、そうですねぇ、畏まるって感じになっています。見ようによっては拝謁している感じさえします。

 相本君は小島専務の秘書役にもなってもらっているので、二人が並んで歩くことも多いのですが、はっきり言います。あの小島専務の引き立て役になっていないのです。隊員たちもかつての『開かずの金庫処女』の悪口は完全に消えうせ、

    「女神だ・・・」
 そうやって見惚れてしまっています。まあこの辺は、女が二人しかいない隔離されたような環境下におかれている部分を差し引かないといけませんが、ボクだって日に日に気押されるようになっているのは実感しています。


 作業の方は女神の力のせいか、すこぶる順調です。一日目には破壊された神殿の残骸が発見されています。調査なので残骸の状況も記録しながらの作業になりますが、本当に神殿が見つかったことでテンションは上がりっぱなしです。小島専務によると奉納品は神殿の地下室に収納されたとのことで、神殿の床部分をとにかく露出させなければなりません。床や柱の残骸以外のものも出てきました。とくに磁器の破片が出てきた時には仰天しました。これについて小島専務は、

    「うん、作ってた。それは入口にあった右側の三番目の花瓶の残骸」
 磁器の破片はかなり出て来たのですが、その殆どの由来を小島専務は即答されます。それに従って分類整理していったのですが、これだけあれば復元も可能な気がします。さらに発掘が進むと大きな台座のようなものが出てきました。
    「これは主女神の台座。だいぶ壊れてるけど、祭祀の時は真ん中に主女神が座ってて、私は右側に立ってた。ちょうどこの辺りかな」
 祭祀の様子も聞いてみたのですが、
    「とにかく長くってさぁ、夜明けから日没まで立ちっぱなしってのもあったのよ。最悪はオール・ナイトなんてのもあったんだ。その間はご飯どころかロクロク水も飲めないし、御手洗もなかなか行けないの。女神商売もラクじゃなかったのよホンマ」
 そりゃ、たしかに大変そうです。歌についても聞いてみたのですが、
    「結構あったよ。あれはね、本当は竪琴とか、笛とか、リュートみたいな伴奏が付くの。ここじゃ無理だからア・カペラでやったけど」
 春秋の大祭の様子も聞いたのですが、
    「日付的には春が春分の日。秋が秋分の日にやってた。夏至祭と冬至祭もあったけど、大祭と呼ばれたのは春と秋のもの。街中が花で飾られてね、みんな目一杯着飾ってたわ。奉納品は選ばれたら華麗な輿に乗せられて、大神殿から本神殿までパレードするんだけど、輿だけじゃなくて、色んな山車も出てたのよ。それで街の中をぐるっと一周して、最後は輿が本神殿に上がって行くの」
 ウキウキしそうな状況です。
    「輿が丘を登るのは日が暮れてからだったから、道にはたくさんの篝火があって、その中を輿が登るのよね。輿は金張りだったから、これがキラキラ輝いて綺麗だったよ」
 気が付くとボクの回り、いや小島専務の回りに隊員が集まって来て聞いています。誰かが、
    「小島専務、もし良ければ一曲歌ってもらえませんか」
 宛然と微笑んだ小島専務は、すくっと立ち上がり歌い出しました、今度は悲しくて、切ない調べです。そしてなぜか日本が、いや故郷が無性に恋しくなりました。歌い終わった小島専務は、
    「これは望郷の歌。シチリアに強制移住させられてから、故郷のエレギオンを思って作られた歌だったの」
 そういえばボクは見てしまいした。出土物の分類をする時に、小島専務は必ず一度さも愛おしそうに胸に抱きます。小島専務の驚くべき記憶は、それが神殿に据えられた日からのすべてがあるとしか思えません。話し出すと、誰が作って、それを見た時にどんな感想を抱いたのかまで話されます。下手すると花瓶なら生けられた花の種類まで言い出しそうな勢いでした。