女神伝説第3部:エレギオンの財宝

 本神殿の床がすべて現れました。おそらく滑らかに磨き上げられた石であったと見て良さそうで。神殿の床は破壊された時に落下した石柱や壁石で傷んだ部分こそありましたが、ほぼ原形を保っていると見て良さそうです。

 原型を保っているのは考古学者として嬉しいことですが、やはり関心はこの地下室に収納されたとされる金銀財宝です。ボクも皆もどこかに手がかりはないかと探し回りましたが、どこにも地下に通じそうな秘密の扉とかはなさそうです。誰かが叩けば音で空洞の有無がわかるのじゃないかと叩いて回っていましたが、かなりの厚みの石らしく、さっぱりわかりません。

 その頃、小島専務は相本君と丘の麓をひたすら歩いていました。その姿は散歩と言うより何かを探しているように見えました。時々立ち止まり、周囲を見渡し、跪き、おそらく祈りを捧げているように見えます。小島専務が祈る時には相本君も跪いて祈ってました。二人がそうやって歩く姿は、なにか犯しがたい雰囲気を漂わせます。とはいえ地下室への連絡通路が見つからないと財宝のありかもわからないので来てもらいました。

 やってきた小島専務は床に跪かれました。その位置はちょうど主女神の台座の前になります。誰もが息をつめて見ていましたが、

    「教授、エレギオン工芸都市でしたが、同時に技術都市でもありました。石造建築にも非常に発達していました」
 石造建築に秀でていたのは本神殿の発掘だけでも良くわかります。
    「ここの石をだれか外して頂けませんか」
    「小島専務、先ほどまで我々はこの神殿の床を隅から隅まで調べましたが、どこも人の手でどうにかなるような重さの石ではありません」
    「お願いします」
 小島専務の言葉はもう絶対に近い信用がありますから、示された場所の石に手をかけてみると、
    「あれ? ここは石板だ。これなら持ちあがるわ」
 隊員たちが総出で作業すると、そこには地下に続く階段が現われます。大急ぎで照明が用意され階段を下りると青銅製の観音開きの扉があります。小島専務は、
    「押して開けて下さい」
 何人かの隊員が渾身の力で押すと扉は開いて行きます。期待に胸を躍らせて中を照らすと無数と言っても良い金属製品があるのがわかります。
    「木製の陳列棚に並べてあったのですが、棚は壊れてしまったようです。でも、中の奉納品は無事のようです」
 考古学者をやってきてこれほど感動したことはなかったかもしれません。考古学者と言う人種は、やはりこういう瞬間に立ち会いたいと願うものなのです。これは願いこそするものの、殆どの考古学者にとって夢のままで終わります。すぐにも手に取りたいのをやっとの思いで自制して、
    「よし、調査に入るぞ」
 発見時の状況を確認しておくのは重要です。そこから一つずつ取り出していくのですが、どれも高度の技術で細かな細工が施された装飾具であるのはボクにもすぐにわかりました。同行のテレビクルーも大興奮で撮影しています。地下室から出てきた金属製品は小島専務の言葉通り千個を越えるものでした。保存状態も悪くありません。ただ、どれも小さなもので大型の美術品は見当たりませんでした。隊員たちの間で議論になったのは材質です。最初は金かと思いましたがどうも違います。地下室の調査が終わる頃に小島専務に聞いたのですが、
    「あれ? 言いませんでしたか、奉納品だと」
    「それは聞いています。職人たちが最高の作品を競い合ったものだと」
    「春秋の大祭のコンテストは、職人たちの技術向上を目的に行われたんです。審査のポイントは技術とデザイン力です」
    「それは出土品を見ればわかるのですが・・・」
    「材質で審査に差が出たら良くないのと、当時でも金や銀は貴重品でした。コンテストのために金や銀を用意できる職人は限られます。そこでコンテストに参加を希望する職人には同じ原料を渡していたのです」
    「それはなにですか」
    「真鍮です」
 小島専務の話によると、コンテスト参加希望者はまず一次審査があり、そこである技術水準未満のものはふるい落とされたようです。一次審査をクリアしたものは、原材料である真鍮を受け取り、大祭までの間に作品を作り上げて提出する手順だったようです。作品の条件は原材料である真鍮だけで作り、他のものは一切加えてはならないであったそうですから、奉納品はすべて純真鍮製になります。また大型の作品がないのも原材料が限られているからで良さそうです。

 それでもですが、これだけの質と数の工芸品が出土したと言うのは十分すぎる成果です。テレビクルーも金銀財宝でなかったのはガッカリしてましたが、絵的には見ごたえのあるものが撮れて満足しているようです。

 本神殿の発掘が一段落した時点で第二の発掘地点に既に取りかかっています。とにかく二千年の間に積み重なった土を取り払う必要がありますから、現地作業員の方はそちらの作業に行ってもらっています。第二の地点について小島専務は、

    「ここに来る前は本神殿と大神殿の二ヶ所を掘る予定でしたが、是非もう一ヶ所掘りたい所があります。それはここです」
 どうやら小島専務が歩き回っていたのは、その発掘地点を特定するためであったようです。
    「そこには何があるのですが」
    「図書館です」
 エレギオンの教育制度は充実していたようで、全国民が等しく受ける初級学校と、とくに優秀な者がさらに学ぶ上級学校があったそうです。初級学校ではいわゆる読み書きと基礎的な算数が主で、上級学校は官吏養成のためにあったぐらいの理解で良さそうです。ただし紙が無い時代であったので、いわゆる書物は粘土板とか石板、さらに木板に書かれたものが主体であったそうです。
    「パピルスは使わなかったのですか」
    「結構高くてね。使ってはいたけど、今は残っていないと思います」
 学校も時代とともに充実し、教育に必要な図書館も拡大されていったようです。その図書館が見つかれば、エレギオン研究が飛躍的に進みます。またパピルスなら小島専務の言うように現存している可能性は低くなりますが、石板や粘土板なら断片であっても残っている可能性が高くなります。本神殿の金銀財宝への期待とは質が違いますが、学者としての興味は同じぐらい高まります。図書館発掘も順調に進みました。そりゃ、小島専務が、
    「ここを掘って下さい」
 そう指し示す地点には必ずあるからです。図書館も破壊し尽くされているのは残骸からわかります。それでも掘り進めていくうちに図書の断片が次々に現れます。多くのものは割れていましたが、中には完全に近いものも出てきます。これだけの出土品の研究だけで何年も何十年もかかるというのは考古学者なら誰でもわかります。

 テレビクルーも興味深げに撮影していました。金銀財宝よりインパクトは落ちるとはいえ、謎の文字が記された石板や粘土板は絵として有効だからです。本神殿の奉納品の運び出しが終了に近づくにつれ、隊員たちの作業の主力は図書館発掘になりました。小島専務は、図書館発掘に現地作業員が不要になると、

    「最後の発掘地点の大神殿にとりかかります」
    「ここにはなにが」
    「残念ながら、ここには何も残っていないと思われます」
 小島専務はそう仰いましたが、大神殿発掘も興味深いものでした。本神殿は飾り気のない建物だったようですが、大神殿はエレギオン最盛時の力で建てられたようで、見事なレリーフの断片が次々に見つかります。これらについて小島専務は、
    「これは東の回廊を飾っていたもの」
    「これは西の壁にあったもの」
 よくそれだけ覚えていると感心するぐらい即答されます。大神殿にも地下室は見つかりましたが、本神殿とは違い地下への階段は隠されておらず、地下室の扉も破壊されていました。地下室内も土砂で埋まっていましたが、これをなんとか掘り出すと、そこには二十畳ぐらいの長方形の飾り気の部屋が現われました。

 出土品は梱包されて順次日本に送られていきます。この国の文化担当者にも出土品の確認をしてもらいましたが、数こそ多いもののガラクタと判断したようで、当初の条件通り貸与で日本に持ち帰って研究しても良い事になりました。発掘プロジェクトも終りに近づいたのですが、小島専務は、

    「教授、申し訳ありませんが、明日は一日、大神殿には誰も近づかないようにしてもらえませんか」
 大神殿の調査も終了してましたから了解しました。おそらくエレギオンを去るにあたって最後のお別れをしたいぐらいのところでしょうか。その証拠と言えるかもしれませんが、大神殿から小島専務の朗々たる歌声が聞こえました。荘厳で厳粛な調べから女神賛歌の一部と思いましたが、それ以上はわかりません。ここで一つだけ不思議に思ったのは相本君も同行したことです。

 それはともかく、発掘プロジェクトは大成功に終わったとして良いかと思います。美術的には本神殿から奉納品の工芸品が多数出土し大神殿のレリーフもあります、文芸的には図書館からの大量の石板や粘土板も出土しています。建築物としては地上部分こそ破壊されていましたが、本神殿や大神殿の地下室が見つかっています。

 帰国に当たってもクレイエールは撤収作業に全面協力してもらっただけでなく、大量の出土品の保管のために倉庫も貸してくれています。そうそう同行したテレビクルーも番組を作るだけの絵が撮れたことで、帰国してから編集に入るとなってました。番組のための出演もしないといけません。

 とにかく考古学者として本当に幸せな時間を過ごせたと思っています。これだけの成果を挙げられたのは、やはり小島専務の力が大きかったと感謝の言葉もないぐらいです。小島専務はキッチリ解散式にも出席されて、今回のプロジェクトの終了を宣言されました。もちろんボクたちの仕事はこれからです。