本神殿の床がすべて現れました。おそらく滑らかに磨き上げられた石であったと見て良さそうで。神殿の床は破壊された時に落下した石柱や壁石で傷んだ部分こそありましたが、ほぼ原形を保っていると見て良さそうです。
原型を保っているのは考古学者として嬉しいことですが、やはり関心はこの地下室に収納されたとされる金銀財宝です。ボクも皆もどこかに手がかりはないかと探し回りましたが、どこにも地下に通じそうな秘密の扉とかはなさそうです。誰かが叩けば音で空洞の有無がわかるのじゃないかと叩いて回っていましたが、かなりの厚みの石らしく、さっぱりわかりません。
その頃、小島専務は相本君と丘の麓をひたすら歩いていました。その姿は散歩と言うより何かを探しているように見えました。時々立ち止まり、周囲を見渡し、跪き、おそらく祈りを捧げているように見えます。小島専務が祈る時には相本君も跪いて祈ってました。二人がそうやって歩く姿は、なにか犯しがたい雰囲気を漂わせます。とはいえ地下室への連絡通路が見つからないと財宝のありかもわからないので来てもらいました。
やってきた小島専務は床に跪かれました。その位置はちょうど主女神の台座の前になります。誰もが息をつめて見ていましたが、
-
「教授、エレギオン工芸都市でしたが、同時に技術都市でもありました。石造建築にも非常に発達していました」
-
「ここの石をだれか外して頂けませんか」
「小島専務、先ほどまで我々はこの神殿の床を隅から隅まで調べましたが、どこも人の手でどうにかなるような重さの石ではありません」
「お願いします」
-
「あれ? ここは石板だ。これなら持ちあがるわ」
-
「押して開けて下さい」
-
「木製の陳列棚に並べてあったのですが、棚は壊れてしまったようです。でも、中の奉納品は無事のようです」
-
「よし、調査に入るぞ」
-
「あれ? 言いませんでしたか、奉納品だと」
「それは聞いています。職人たちが最高の作品を競い合ったものだと」
「春秋の大祭のコンテストは、職人たちの技術向上を目的に行われたんです。審査のポイントは技術とデザイン力です」
「それは出土品を見ればわかるのですが・・・」
「材質で審査に差が出たら良くないのと、当時でも金や銀は貴重品でした。コンテストのために金や銀を用意できる職人は限られます。そこでコンテストに参加を希望する職人には同じ原料を渡していたのです」
「それはなにですか」
「真鍮です」
それでもですが、これだけの質と数の工芸品が出土したと言うのは十分すぎる成果です。テレビクルーも金銀財宝でなかったのはガッカリしてましたが、絵的には見ごたえのあるものが撮れて満足しているようです。
本神殿の発掘が一段落した時点で第二の発掘地点に既に取りかかっています。とにかく二千年の間に積み重なった土を取り払う必要がありますから、現地作業員の方はそちらの作業に行ってもらっています。第二の地点について小島専務は、
-
「ここに来る前は本神殿と大神殿の二ヶ所を掘る予定でしたが、是非もう一ヶ所掘りたい所があります。それはここです」
-
「そこには何があるのですが」
「図書館です」
-
「パピルスは使わなかったのですか」
「結構高くてね。使ってはいたけど、今は残っていないと思います」
-
「ここを掘って下さい」
テレビクルーも興味深げに撮影していました。金銀財宝よりインパクトは落ちるとはいえ、謎の文字が記された石板や粘土板は絵として有効だからです。本神殿の奉納品の運び出しが終了に近づくにつれ、隊員たちの作業の主力は図書館発掘になりました。小島専務は、図書館発掘に現地作業員が不要になると、
-
「最後の発掘地点の大神殿にとりかかります」
「ここにはなにが」
「残念ながら、ここには何も残っていないと思われます」
-
「これは東の回廊を飾っていたもの」
「これは西の壁にあったもの」
出土品は梱包されて順次日本に送られていきます。この国の文化担当者にも出土品の確認をしてもらいましたが、数こそ多いもののガラクタと判断したようで、当初の条件通り貸与で日本に持ち帰って研究しても良い事になりました。発掘プロジェクトも終りに近づいたのですが、小島専務は、
-
「教授、申し訳ありませんが、明日は一日、大神殿には誰も近づかないようにしてもらえませんか」
それはともかく、発掘プロジェクトは大成功に終わったとして良いかと思います。美術的には本神殿から奉納品の工芸品が多数出土し大神殿のレリーフもあります、文芸的には図書館からの大量の石板や粘土板も出土しています。建築物としては地上部分こそ破壊されていましたが、本神殿や大神殿の地下室が見つかっています。
帰国に当たってもクレイエールは撤収作業に全面協力してもらっただけでなく、大量の出土品の保管のために倉庫も貸してくれています。そうそう同行したテレビクルーも番組を作るだけの絵が撮れたことで、帰国してから編集に入るとなってました。番組のための出演もしないといけません。
とにかく考古学者として本当に幸せな時間を過ごせたと思っています。これだけの成果を挙げられたのは、やはり小島専務の力が大きかったと感謝の言葉もないぐらいです。小島専務はキッチリ解散式にも出席されて、今回のプロジェクトの終了を宣言されました。もちろんボクたちの仕事はこれからです。