女神伝説第3部:エレギオンに

 結団式と壮行会を済ませエレギオンに向かいますがとにかく遠い。飛行機を乗り継ぎ、乗り継ぎし、さらに空港からバスを乗り継ぎ、最後は先遣部隊からの迎えのクルマでやっと村に設けている支援拠点に到着。日本を出てから四十時間は越えてるはずです。小島専務はクレイエールの重役ですからビジネスクラスの利用も出来たのですが、

    『隊長が特別扱いでは示しがつかない』
 そう仰られてエコノミーで行かれましたが、村の支援拠点に到着した頃にはまさに気息奄々。体力的に無理があったかと思いましたが、それだけでなくて、とにかく時差ボケに弱い体質らしくて、ノックダウンって感じです。もっとも、あれだけの長旅はボクらも相当応えました。

 それでも翌日には発掘現場に移動です。現地本部と発掘現場の往復のために二台のランクルまで用意されていて驚きました。ただ道は相当悪くて三時間ほどかかってようやく到着です。道は悪いと言うレベルじゃなく、途中から荒野を走り抜ける感じになるのですが、とにかく揺れる揺れる。踏ん張ってないと天井やドアに頭をぶつけます。小島専務は時差ボケにのたうち回りながらも、歯を食いしばって頑張られていました。というか、ウッカリ話をすれば舌を噛みそうなぐらいの凄い揺れだったのもあります。

 発掘現場には現地本部が設営されています。これがなかなかのもので、テント村も出来てましたが、小さいですがプレハブまで建てられていました。さらに驚いたことに自家発電機まで設置され、電気機器の使用も可能になっています。トイレも簡易式ですがちゃんとあります。宿舎割は男連中はテントで女性はプレハブに割り当てられてます。これも小島専務が、

    『隊長が特別扱いでは示しがつかない』
 と言い出されたのですが、隊長だから特別じゃなくて、女性だからそうしているだけと納得してもらいました。相本君が、
    「教授、予備調査の時のことを思うと夢のような体制ですね」
    「まったくだ、ここまで用意してくれているとは思いもしなかった」
 本隊が到着したということで、ささやかながら歓迎とこれからの発掘に向けての決起集会みたいなものが行われました。もっとも実質は現地本部に全員が集まってカレーを食べただけですが、ちゃんと白御飯とカレーがあるだけで御馳走と思ったものです。小島専務は発掘隊員の一人一人に挨拶をされ、さらに同行のテレビクルーにも丁寧に挨拶されていました。

 小島専務は長旅とさらにトドメの支援拠点からの移動で倒れるんじゃないかと心配していましたが、現地本部に着いてから一気にパワーアップした感じです。そうそうボクや相本君は小島専務を知ってますから良かったのですが、他の隊員やテレビクルーは専務と聞いて目を丸くしていました。歓迎会後に小島専務は外に出て周囲を見渡して、

    「ついに来てしまったんだ・・・」
 こう言って長い間立ち尽くされていました。何かを思い出すように、何かを懐かしむように、何かを考えるようにじっと見つめておられました。その姿は彫像のように微動だにしません。どれぐらいの時間が経ったのでしょうか。小島専務はおもむろに朗々と歌い出したのです。

 美しいですが荘厳な調べです。小島専務の声は大地に響き渡り、天空に舞い踊る感じがします。これは聞く者を厳粛な気持ちにさせます。隊員の誰もが頭を垂れ、中には跪く者もいます。歌い終わると何かを高らかに宣告しています。聞いた事のない言葉でしたが、

    「小島専務、今の歌は?」
    「女神賛歌の一つです。祭祀の時に必ず歌われてました」
    「最後に宣告されたのは?」
 小島専務はニコッと笑われて、
    「発掘するのですから、ちょっとした挨拶をしたのです。そうですねぇ、地鎮祭とか起工式の祝詞みたいなもので、安全祈願ぐらいと思って頂いたら宜しいかと」
 高らかに歌い上げる小島専務の姿に、ボクは、はっきりと女神が見えました。それぐらい神々しい姿でした。これはボクだけじゃなく、これを見た隊員すべてがそう見え、そう感じています。中には感動のあまり涙を流す者も少なくありません。この時から小島専務は隊員から『エレギオンの女神』ないしは単に『女神』と仲間内では呼ばれるようになりました。


 そこから発掘計画の最終打ち合わせになりました。要はどの地点を掘るかです。どこを掘るかが発掘の成否を大きく左右するというか、それがすべてみたいなところがあります。小島専務は、

    「今回の目標は女神の神殿です。古代エレギオンは神政国家、女神が祭祀だけでなく国政の中心でした。女神の神殿こそがエレギオンの中枢部であり、心臓部になるからです」
    「それはどこにあるとお考えですか」
 小島専務は地図を指し示します。
    「ここが神殿の丘になります。ここには本神殿がありました。まずここを掘ります」
    「何かあるのですか」
 小島専務は何かを思い出すように、
    「シュメールのアラッタから、このエレギオンの地に来た時に最初に建てられた神殿です。後に麓に大神殿が作られましたが、春秋の大祭の時には本神殿が中心となりました。数々の祭祀が行われましたが、もっとも注目されたのが奉納品の献上です」
    「奉納品の献上?」
    「そうです。大祭は神への感謝のために行われ、その時にエレギオンの職人たちは自らが最高と考える作品を提出します。これを審査して、もっとも優れた物が奉納品として選ばれます。これに選ばれると言うのはエレギオンの職人にとって最高の栄誉で、丘の上まで輿に乗せられて運ばれ、主女神がこれを受け取ります」
    「その奉納品はどうなるのですか」
    「次の大祭まで栄誉を称えるために展示され、その後に本神殿に収納されます」
    「では、それが残っているとか」
    「わかりません、それはこれから掘って確かめることになります」
 隊員の中にどよめきが起こりました。考古学の調査と宝探しは似て非なるものですが、やはり財宝が出てくる方がモチベーションが湧きます。テレビクルーの方も色めき立っています。そりゃ、金銀財宝がザクザクとなれば絵的に申し分がないからです。
    「もし全部残っていたら、どれぐらいあるのですか」
    「途中で整理したり、盗まれたりもありましたが、千個は下らないかと」
 丘の上のどこを掘るかについては、明日の朝に小島専務が丘に登られて最終決定することになりました。会議が終了した後に相本君と、
    「小島専務は間違いなく女神と思う」
    「私もです教授。日本に居た時に、専務はまるでエレギオンの歴史にすべて立ち会っていた様だとの話がありましたが、もう確信して良い気がします」
    「財宝に関しては略奪されている可能性も高いとは思うが、神殿が見つかるだけでも大発見だよ」
    「でも財宝もあればイイですね」
 やはり相本君は変わってます。どう見ても相本君には変わりはありませんが、あの地味の権化のような相本君とは思えません。今回の発掘プロジェクトにあたり、隊員にはクレイエールから制服を支給されています。さすがはアパレル・メーカーでなかなかセンスが良いというか、オシャレな感じがどこかに漂うものです。

 もちろんボクも着てますし、小島専務も着用しています。当たり前ですが相本君も着こんでいるのですが、なぜか映える気がするのです。あの何を着ても似合わない相本君が表現は悪いですが『着こなしている』と素直に感じます。これはボクだけでなく他の隊員からも、

    「相本准教授、よくお似合いです」
    「あら、そう、お世辞でも嬉しいわ」
 これ、何気なさそうな会話なのですが、あの相本君が服装で褒められるなんて初めて聞いた気がします。それだけでなく、あの自然な受け答えもです。今までなら、
    『相本准教授、よくお似合いです』
    『そうですか』
 そこでブチンと切ってしまうような応答しかしなかったのです。身のこなしもどこか色気を感じさせます。この辺はボクや古橋研究室の人間は相本君を知りすぎている部分があって反応は鈍い所がかえってあるのですが、テレビクルーはもっと正直です。
    「天城教授、ちょっと相談があるのですが」
    「なにかな」
    「これから発掘の途中で解説とかを随時撮らせて頂きたいのですか」
    「それは構わないが」
    「その時に相本准教授をメイン気味にさせて欲しいのです」
 どういう事かと聞けば、相本准教授のテレビ映りが非常に良いからとのことでした。モニター画面を見せてもらったのですが、自分の目を疑いそうになりました。そこに映る相本君は、以前の地味の権化の相本君ではありません。とても魅力的な女性がいます。これだけテレビ映えするならテレビクルーも使いたいのはよくわかります。

 ボクだって、テレビ番組に出たいですし、こういう場合は教授であるボクがメインでなければおかしいのですが、快く了承しました。ひょっとしたら、あの相本君に春が巡って来るかもしれないのです。それぐらいは相本君のためだったら喜んで譲ります。もっともボクの出番も気を使ってくれていて、

    「その代り、天城教授には全体の解説でしっかり登場して頂きます」
 テレビクルーの狙いは相本君を調査隊のアイドル的な存在に仕立てる腹積もりのようです。実は小島専務にも声をかけてたみたいですが、
    「スポンサーサイドの私が表に立ったらおかしくなる」
 そう仰られて一切の撮影を禁じてしまいました。小島専務は番組のクライアントの立場でもありますから、これにはテレビクルーも逆らう余地はなかったというところみたいです。