女神伝説第1部:ヴェネツィア最後の夜

 遊びまくるコトリ部長とシノブ部長でしたが、ミサキはシラクサへの航空便の手配とホテルの確保もやっていました。そうやって迎えたヴェネツィア最後の夜ですが、

    「ワイン」
    「イタ飯」
 これでスタートです。もういい加減、味噌汁に白御飯が懐かしくて仕方がないのですが、ほんとお二人は飽きられないというか、なんというかです。
    「コトリ部長、マンチーニ枢機卿は信用できる人物なのですか」
    「まるっきりの悪人じゃないけど、相当な狸よ」
    「どういうことですか」
    「ミサキちゃん聞いててわからなかった? ベネデッティ神父は天使を見つけて、秘儀を行い天使の記憶の封印を解いてるのよ」
 そうだった。
    「なのに聖ルチアの行方はわかってないのよ」
    「封印を解くのに失敗したとか」
    「そこは微妙なんだけど、たとえ記憶の封印を解いても、その天使は聖ルチアの行く先を知らなかったの」
 知らなかったってどういうこと、
    「それとね、ミサキちゃん。聖ルチア女学院ではコトリも含めて三人の天使が見つかってるの。コトリ以外の二人の天使の記憶の封印も解かれたとなってるけど、二人とも聖ルチアの行く先は知らなかったのよ」
 そっか、そう考えるんだ。聖ルチア女学院は天使を探している訳ではなく、聖ルチアの行き先を探してるんだった。
    「それとね、それとね、コトリの天使を認定する儀式で、マンチーニ枢機卿は、イン・ノビッシモ・アウテム・アンジェルって宣告したのよ」
    「それって、ラテン語で最後の天使って意味じゃありませんか」
    「そうなの、まだ三人目のはずなのに最後の天使ってどう思う」
 マンチーニ枢機卿は聖ルチアを連れ去った天使は四人としています。コトリ部長も含めて三人の天使を聖ルチア女学院は見つけていますが、三人目で最後とは変と言えば、変です。
    「考えられるのは一つで、いわゆるルチアの天使以外にもう一人見つけてるはずよ」
    「そんな人いるのですか」
    「いるよ、観音様」
    「はあ?」
 観音様とは極楽教の母体となった新興宗教である恵みの教えの教祖だそうです。明治期に生身の観世音菩薩として熱狂的に信仰され、数々の逸話を残しています。たしかに、その逸話から考えると『天使 イコール 観音様』と解釈可能です。
    「ベネデッティ神父が見つけた第一の天使は、恵みの教えの初代教祖の観音様だったのよ。でも、宗派も違う上に、とにかく熱狂的な信仰を集めてる教祖やし、生身の観音様だから秘儀を施して記憶の封印を解くことなど出来なかったってこと」
 観音様を含めれば天使は四人になるけど、
    「コトリ部長。どうして天使は聖ルチアの行き先を知らないのですか」
    「それはね、聖ルチアが四人の天使に連れ出される時に、頭立つと思われる天使がこう言ったとされてるの、

      『ルチアは解放されり、何人も探すなかれ、探索の道も封じたなれば』

    マンチーニ枢機卿はこの話しをミサキちゃんには伏せてたけどね」
    「どういうことですか」
    「四人の天使は聖ルチアを連れ出したのはわかるよね」
    「はい」
    「そして行き先は極東の日本だったのも事実からすれば間違いない。四人の天使は日本まで一緒に来たけど、最後まで聖ルチアと一緒だったのは一人だけだってことよ」
 それにしてもコトリ部長はどうしてそこまで知っているのか疑問です。
    「どこでそんな事を知られたのですか」
    「ルチア・ベレ・エクレシアよ」
 聖ルチア女学院にあった天使の教会は、聖職者以外の立ち入りは厳重に禁止されていましたが、ルチアの天使は自由に出入りできます。これは自由どころか、天使の教会内ではまさしく天使として崇められていたそうです。

 前に教えてもらえなかった天使の教会内でのミサの様子ですが、ルチアの天使であるコトリ部長は、特別な衣装と装飾品を身にまとい、祭壇の上にある椅子に座っていたそうです。天使の教会内のいつでも、どこでもルチアの天使は出入り可能で、教会内のあらゆる書物を読むのは自由だったそうです。

    「書物は日本語だったのですか」
    「いいや、ラテン語がほとんど」
    「じゃあ、どうやって読んだのですか」
    「聖ルチア女学院の第二外国語ラテン語だったのよ。大学行ってる時は、なんちゅう役に立たん言葉を習わされると思ってたけど、天使が読めるようにするためだって言われたよ」
 それでも第二外国語で少し学んだぐらいで読めるかの疑問が残るのですか、
    「だからコトリは教会内では天使だったの。聞けば全部教えてくれるのよ」
 だからあれだけ詳しかったんだ。そうなると、
    「コトリ部長も最後の秘儀を授けられたら天使の記憶の封印が解かれるのですか」
    「そういうことになるけど、最後の秘儀を受けるかどうかは検討中」
    「どうしてですか」
    シラクサでミサキちゃんが聞くとになると思うわ」
 コトリ部長はまだ何かを隠しています。それだけでなく、聖ルチアがどこにいるのかも知ってる気さえします。そういえば、マンチーニ枢機卿と会う時にシノブ部長を連れて行かなかったのも謎です。たしかシノブ部長をイタリア旅行に誘った理由の一つとして、
    『あははは、ちょっとした悪戯。天使が二人並ぶのを見たら、あの神父さん、なんて言うかと思って』
 こう言っていたはずなのに、どうしてシノブ部長をマンチーニ枢機卿に会わせなかったのだろうってところです。それだけではありません、マンチーニ枢機卿シラクサ行きに関して、教会が手配するとしていましたが、コトリ部長は断っています。色んな謎が残る中で明日はシラクサに向かいます。