女神伝説第1部:ルチア・ベレ・エクレシア

 タクシーで地図の示す場所まで一時間。街外れにぽつねんとその教会はありました。外から見ると特に目立つような特徴はありませんがコトリ部長は、

    「見事に同じだぁ」
 神戸の聖ルチア女学院に存在した天使の教会と瓜二つと仰ってました。
    「これは外見も意味がありそうね。余程気合を入れないといけないかもしれないわ。あそこで不思議な力が働くのだけは間違いないから」
 なんの気合を入れるのか不思議でしたが、教会の前には枢機卿のクルマらしきものと聖職者が待ち受けています。挨拶もそこそこにコトリ部長は教会内に案内され、ミサキは外で待機になります。もちろん枢機卿の随員の方もいらっしゃるので一人ぼっちじゃありませんが、男ばっかりでちょっと圧迫感。つかつかとその一人がミサキに近づいてきて、
    「ミサキさん、貴女のことは頼まれているのでこちらにどうぞ」
 黒塗りの大型のワゴン車に案内されて紅茶を頂きました。
    「どれぐらいかかるのですか」
    「それは我々も知らない。とりあえず昼食の用意はしています」
 そうそう、ここでもシノブ部長は一緒ではありません。シノブ部長は遅れて到着する予定になっています。早く来てくれないかな、随員の皆さまも余計な口は利いてくれないので、どうにも時間の潰しようがありません。しかたがないので、ヴェネツィアからシラクサで起った不思議な事態を整理していました。とにもかくにも天使です。この天使で腑に落ちないところがあります。天使は不老不死のはずであるのに、人の中で生きているようにしか思えないのです。

 どっちかというと仏教の輪廻転生に近い考え方に思えてしまうのですが、カソリックの教義と矛盾しないかです。その辺は、天使が人の中にいて移り住んでるだけだから、仏教の輪廻転生とは違うぐらいの解釈で良いのかもしれません。

 では天使が住む人間はどうなるかです。これは目の当たりに見ています。女性としての魅力がひたすら高められ、人間としての能力も非常に高まります。だいたい、ちょっと家庭教師をしてもらったぐらいで、あそこまでのイタリア語会話能力が身に付くはずがありません。

 問題なのは人格です。あれは天使の人格なのか、人の人格なのかです。これについては、シノブ部長が参考になります。山村さんや鈴木さんの話を聞く限り、人格まで変わった印象はありません。この旅行中もずっと一緒に過ごしましたが、遊ぶときは無邪気に遊べる普通の人です。そうなると、天使は住んでいて能力を与えているだけの解釈で良いのでしょうか。

 ただコトリ部長とマンチーニ枢機卿の会話にあった天使の記憶の封印とはどういう意味かになります。これは秘儀とも関係するのですが、ひょっとして秘儀とは、人を何らかの方法で眠らせ、中に住む天使と会話する術なんでしょうか。一種の催眠術みたいなものです。

 ここで興味深いのは、そうやって呼び出した天使にも記憶の封印が施されており、それを破る秘儀があるということです。これがどうも最後の秘儀のようですが、それを受けるのにコトリ部長にメリットがあるのでしょうか。コトリ部長はマンチーニ枢機卿のことを狸と呼んでいましたが、コトリ部長も相当なキツネです。今回のイタリア視察旅行が決まってから、ミサキに天使に関する情報を与えてはくれますが、どうにも肝心なところをボカされてしまっています。そんなコトリ部長が、

    『最後の秘儀を受けるかどうかは検討中』
 これはどういう意味だったのでしょうか。現実にはコトリ部長は教会にすんなり入り秘儀を受けておられます。なんだかんだと一時間以上経っていますから、どこかで秘儀を受ける決断を下されたのでしょうか。


 それと今回のイタリア視察でコトリ部長とシノブ部長が追い求めているエレギオンの金銀細工師も謎の集団です。とにかく現在でも実在するのは確かで、目の前にある教会もエレギオンが関与しているのは枢機卿の言葉から確実です。

 ところがこれだけイタリアのジュエリー店を巡っても、エレギオンの店は愚か、本物のエレギオンの商品と言うか、作品すら見ることは出来ませんでした。これはエレギオンの作品が市中に出回っていないとしか考えようのないところです。それも相当長い間です。

 でも、これって不思議でムソリーニはヴァチカンからエレギオンをほぼ強制連行しています。ムソリーニは失脚していますから、ムソリーニが作らせたエレギオン作品が少しはあっても良さそうなものです。

 さらに不思議なのは、ムソリーニが連れ出したエレギオンの集団は、ムソリーニ失脚後に杳として行方がわからなくなってしまっているのです。コトリ部長も、シノブ部長もムソリーニから逃げ出したエレギオンの子孫がジュエリー店を営んでいる可能性を期待していましたが、おそらく無いと判断して良さそうです。

 もちろん、調査漏れの可能性は残りますが、神戸のマルコ氏の保有する作品の出来からして、もしそんなジュエリー店があれば世界的なジュエリー・ブランドに成長しているはずですし、少なくともその作品がどこかで取引されているはずです。


 最後の謎はオリハルコンです。コトリ部長は神戸に存在していた天使の教会の内装が総オリハルコン作りだと言っておられました。神戸の天使の教会に使われていたオリハルコンはカケラも残さずイタリアに運ばれたで良いと思われます。

 このシラクサに天使の教会を再建するにあたり、神戸から運び込まれたオリハルコンも使われているのは確実ですが、壊れたり、足りない部分は新調されたと枢機卿は証言しています。つまりはオリハルコンは現在でも調達できることになります。そんことが本当に起っているのでしょうか。もうコトリ部長が教会に入られてから二時間になりますが、ジリジリする気持ちでいっぱいです。コトリ部長が教会から出てくる時に何か起こるのでしょうか。