翌日はシラクサで観光三昧。コトリ部長とシノブ部長は、
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「お土産」
「ワイン」
「イタ飯」
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「無理を言って申し訳ありませんが、ローマまで同行してくれませんか」
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「もうローマは訪問しましたから困ります」
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「コトリ部長、どうしてあれだけ渋られたのですか」
「だって、せっかくのローマだから、旅の思い出に最高級ホテルがイイじゃないの」
夕食は個室に案内され現れた人物は司教枢機卿。枢機卿の中でも最上位に位置し、次期教皇は枢機卿の中でも司教枢機卿から選ばれることが多いそうです。いわば、次期教皇候補みたいな人物です。
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「サルバトール・ヴェンツェンチオーニです」
スパイといっても積極的な諜報活動をしてた訳じゃなく、マンチーニ枢機卿の随員として付いて回っていただけのようですが、あの現場にも当然いたことになります。ミサキたちが立ち去った後もマンチーニ枢機卿は茫然自失状態のままだったようで、その間に教会内部がチェックされたようです。
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「あのようなおぞましいものが、選りによって枢機卿の手によって作られたのは悲しむべき事実だ」
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「あのような事態に巻き込んでしまったことを、教皇庁を代表して謝罪したい」
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「やはりそうか」
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「私もこれ以上の厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンですから、決して口外しないことをお約束します」
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「ところで、良ければ聞かせてもらいたいことがある」
「これ以上なにをお尋ねですか、ヴェンツェンチオーニ枢機卿」
「貴女は何者なのですか」
「日本のクレイエールという会社の社員ですが」
「それは存じておるが、あの現場を見たものは、信じられないものを見たと言っておる」
「ヴェンツェンチオーニ枢機卿はそれをお信じになられるのですか」
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「やはり何があったか知りたいのだ。マンチーニはヴァチカンに軟禁されてからも半狂乱状態で、ひたすらルチアの天使に怖れ慄いておる」
「それは自ら行った黒魔術のためでは」
「いや、悪魔とルチアの天使は断じて別だ」
「では、ルチアの天使が悪魔を追い払ったのではないでしょうか」
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「貴女はルチアの天使なのか。あの魔法陣を駆使した黒魔術を、そうは簡単に破れるとは思えないのだ」
「私はクリスチャンではありません。仏教徒です。ルチアの天使などと申されてもなんのことやらです」
「では仏教の生仏なのか」
「いやですわ、ヴェンツェンチオーニ枢機卿。カソリックが主以外の神なり仏をお認めになられたら問題かと存じます」
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「この場だけの話にしてもらいたいが、カソリックでは主以外の神は認めていないが、天使や聖人の存在は認め、その信仰も許されておる。カソリックはあくまでも一神教だが、多神教的要素も含んでおるのだ。聖書にも天使の存在は明記されており、有名なところではヨハネの黙示録にもある」
「かくて天に戦争おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戦ひしが、ですね」
「そうだ、天使は存在する。ガラバンダルの聖母の話は知っているかね」
「はい、一九六一年のことですね」
「コンチータ・ゴンザレスは非公式だが教皇パウロ六世に面会し教皇から、
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『コンチータ、私はあなたを祝福します。また、私と共に、全教会があなたを祝福します』
こういう祝福を受けておる」
「ヴェンツェンチオーニ枢機卿。でもそれは天使と聖母マリアが降臨されたお話で、肉体を持ち、日常生活を送る天使などお認めになられるのですか」
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「会うまでは信じられなかった。マンチーニの精神の錯乱状態からの幻覚に過ぎないと思っていた。でも、私には、はっきりと二人の天使が見える」
「そんな事をお認めになられて良いのですか」
「仏教では生身の菩薩と言う存在が認められていると聞く。天使もそうであっても良いと私は考えおる。いや、キリスト教、仏教などの枠を超えての超常者が存在し、いわゆる神の能力を発揮するものがいるのではないかとも考えておる」
「異端の発言になりますよ」
「だからこの場だけの話と前置きしておる。もう一度聞く、貴女はルチアの天使なのか」
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「ヴェンツェンチオーニ枢機卿は天使を見つけてどうするおつもりですか」
「天使は人間の進むべきすべてで、それを守るように神から命じられておるとなっている。貴女が本当の天使であるなら、その恵みを受けたい」
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「ヴェンツェンチオーニ枢機卿に恵みがあらんことを」
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「ありがたき幸せ」
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「ところでだ、今回の貴女方の功績は大きい。こういう事情であるから表立ってなにもしてあげられることはないが、何か出来ることがあるのなら言って欲しい」
「それでは一つだけ。マンチーニ枢機卿はエレギオンを脅迫した際に。エレギオンの商標権を奪っております。これが戻される際に、クレイエールにも使用できるように御配慮頂きたく存じます」
「世俗のことに教皇庁は原則的に関与しないが、エレギオンも今回の件では貴女方に感謝しておる。この件は私が責任をもってそうさせる」
「ありがとうございます」