女神伝説第1部:ミサキとマルコ

    「マルコ、ミサキのことを愛してくれてる」
    「当たり前じゃないか、ミサ〜キはボクの太陽、ボクの女神、ボクの天使、ボクのすべて、地球のすべて、宇宙のすべてだよ」
 毎度のことながらマルコの表現は大げさですが、その言葉通りに愛してくれてるのは、もう疑う余地すらありません。
    「ホントにありがとうマルコ、感謝してる」
    「ミサ〜キ、感謝なんていらないよ。ミサ〜キはボクのフィアンセで、もうすぐボクの奥さんになるんだから。ボクがミサ〜キを世界一幸せにしてみせる」
 ミサキだって、マルコと離れたくない、ずっと一緒にいたい。マルコにこうやってずっと、ずっと愛されたい。でもミサキは決めたんだ。
    「マルコ、良く聞いて。もしかしたら、もうすぐマルコが愛するミサキじゃなくなるかもしれないの。その時には、その時には、その時には・・・・」
 もうダメ、これ以上は話せない。なんとか笑顔で話すつもりだったけど、もう無理。涙が止まらない、涙声になるのを止めようがない。涙一つ見せずに、ミサキに首座の女神に会いに行くのを止めようとしたコトリ部長やシノブ部長の様には到底出来ない。
    「今夜のミサ〜キはおかしいぞ。ミサ〜キがミサ〜キじゃなくるってどういうことなんだ。ミサ〜キは永遠にボクのミサ〜キだ。その時にどうなるって言うんだ」
 不意にシノブ部長の言葉が頭に浮かびました。シノブ部長が佐竹課長をどれだけ深く愛されてることか。そんなシノブ部長なのに、もし女神がいなくなれば、佐竹課長の前から消え去るおつもりなのだと。女神でなくなった姿を愛する佐竹課長の前に見せたくないんだと。あの時のシノブ部長は声こそ笑っていましたが、顔には笑顔がありませんでした。

 コトリ部長だってそうです。会社を辞められ、誰にも知られないところに行ってしまわれるおつもりです。首座の女神に敗れても報告するって言ってたけど、あれはウソです。そのまま姿を消すつもりなんです。あのコトリ部長のことですから、その準備も万端整えておられるはずです。

 そうなった時にお二人の記憶はどうなんるんだろう。全部は消されないと思うけど、エレギオンの女神に関する記憶は再び封印されてしまうと思います。首座の女神が、お二人から女神を取り上げるなら、これはセットのはずです。もちろんミサキもそうなります。

    「どうしたんだミサ〜キ、なにか気に障る事を言ったのなら謝るよ、ミサ〜キには涙は似合わない、笑顔のミサ〜キが大好きなんだ」
 そうだせめてマルコには伝えておこう。ミサキの遺言みたいになるかもしれない。
    「マルコはエレギオンの金銀細工師だよね」
    「もちろんだ」
    「マルコはエレギオン王国の貴族の末裔だよね」
    「そうだとも」
    「だったら、今から話すことを覚えておいて欲しいの」
 ミサキは知る限りのエレギオンの歴史、五人の女神の話をマルコに語りました。マルコは何一つ口を挟まず黙って聞いてくれました。これを語り終えた後に、
    「マルコ、ミサキは首座の女神に会いに行くわ。会ったら何が起るか予想がつかないの。殺されたりはしないけど、マルコが愛してくれた、女神を宿すミサキでなくなってしまうかもしれないの。でもお世話になったコトリ部長やシノブ部長と一緒に行きたいの。マルコ、何も言わずに行かせて」
 マルコは静かにこの言葉を受け止めた後に、
    「ミサ〜キ、ボクの家にも古い古い伝承があるんだ。ひい爺さんが死ぬ前になぜかボクだけに教えてくれたんだが、エレギオンはかつて女神を守りきれず、これを見殺しにしたって。もし再びエレギオンに女神が再来したならば必ず守らなければならないって。どういう意味かと聞いてもひい爺さんも答えてくれなかった。ただ、この言葉はボクが伝えなければならない人が現われない限り、誰にも伝えるなと」
 人となった五人の女神は火炙りにされています。おそらく、これを見た者の伝承がマルコの家に残っていた気がします。
    「ミサ〜キ、首座の女神に会うのはいつ」
    「来週の日曜日」
    「それまでに渡したいものがあるのと、たとえ女神を宿さなくなっても必ずボクの下に帰って来るって約束してくれ」
 それは出来ないと思いましたが、マルコの気迫に押されてしまい、
    「約束する」
 マルコは翌日から工房の自分の部屋に閉じこもり、毎日泊まり込んで何かを作っているようでした。部屋には誰も入る事を許さず、ミサキでさえ入室を禁じられました。マルコの姿を見るのは、部屋の前に置かれた食事を取り込む時と食器を出す時だけでした。

 マルコの気迫は部屋にいても工房内全体に伝わり、弟子たちは呼吸一つするのさえ、細心の注意を払うぐらいでした。そんなマルコが部屋から出て来たのは金曜日。髪はボサボサで、無精ひげもボウボウ、頬はこけていましたが、目だけは爛々と輝いていました。

    「ミサ〜キ、左手を出しておくれ」
 マルコはミサキの薬指に指輪をはめました。
    「ボクが持つすべての力を使って作った。この指輪は持ち主を守る力があると信じられている。また作った者の想いが発揮されるとも言われている」
    「これをミサキに」
    「前にミサキにエレギオンに伝統技術はないと答えたけど、伝承技術ならあるんだ。これはひい爺さんから、あの言葉と共に伝えられたものだ。これがミサ〜キにボクがやってあげられるすべてだ。必ず帰ってきておくれ」
 それだけいうとマルコはその場に崩れ落ち、気を失ってしまいました。救急車で病院に搬送されマルコは救急外来の処置室に運び込まれましたが、待合室で今度は心の底から、
    「必ずマルコのところに帰ってくる」
 こう固く固く誓いました。いよいよ明後日です。