女神伝説第3部:来客

 今日はシノブ常務と外にランチしようとなって玄関から出ようとしてたのですが、なにやら受付の方でちょっとした騒ぎが。受付業務も総務の管轄ですから気になって見に行きました。

    「・・・だから小島知江さんに取り次いで欲しいの」
    「何度も申し上げましたように、小島は申し訳ありませんが、本日、お会いできる時間がございません。御手数かと思いますが、アポイントメントを取られてから後日にお願いします」
    「小島さんが忙しいなら結崎さんでもイイわ。まだ結崎さんはこの会社にお勤めよね」
    「結崎は当社の社員ですが、結崎に御面会希望でしたら・・・」
 どうもアポ無し来客のようです。受付の応対はマニュアル通りやってるし、コトリ専務にしろ、シノブ常務にしろアポ無しで突然会うのは難しいと思っていたら、シノブ常務がつかつかと受付に、
    「失礼ですが聖ルチア教会の寺田先生ではありませんか」
 その女性はシノブ常務の方に振り返り、しげしげとシノブ常務の顔を見てから、
    「えっと、えっと、あなたは・・・」
    「お久しぶりです、その節はお世話になりました」
    「あ、いや、どうも、その、間違ってたらゴメンナサイ、ひょっとして結崎さんですか」
    「はい、当時は特命課長でした結崎忍です」
 どうもシノブ常務の旧知の女性のようです。それもシノブ常務の特命課長時代の知り合いと言うことは、十年ぶりぐらいの再会のようです。そりゃ、驚かれるでしょう。全然変わっていないのですから。
    「小島は本日の面談は難しいかもしれませんが、私で良ければこれから昼食に出かけますから、そこでお話を聞かせて頂けませんか」
    「あら、悪いわね。そうしてくれたら助かるわ」
 道すがら話を聞いていると、寺田先生は元聖ルチア女学院の教員で、聖ルチア女学院が廃校になった後は、聖ルチア女学院の資料管理・整理みたいな仕事をされているようです。店についてから、
    「小島さんは代表取締役専務になったんだ。そりゃ、アポ無しで押しかけても断られるよね。結崎さんだって常務なら会わしてくれないわよね」
    「申し訳ありません」
    「こちらの方は秘書さん」
 これも最近の定番でコトリ専務やシノブ常務と一緒にいると秘書によく間違われます。でも、そう見えるのは仕方がないと思います。専務や常務の横にいる若く見える女性なら普通はそう考えると思います。自己紹介もしておいて、
    「ふぇ、クレイエールってどうなってるんだろ。私も勤めたらそうなれるのかしら。それはとりあえず置いといて、今日来たのはね・・・」
 聖ルチア女学院は多額の負債を背負って倒産廃校になり、当時の校舎や建物は殆ど消えてなくなっています。唯一残ったのが聖堂で、現在は聖ルチア教会となっていますが、教会と言いながら神父さんがいるわけでなく、文化財として残っています。寺田先生は教会の一角を旧聖ルチア女学院の資料室として管理に当たっているぐらいです。
    「ところがね、そんな廃教会にヴァチカンから再び神父を派遣するって話が出て来てるの」
    「今さらですか」
    「そうなのよ、それも急な話で来月にも来るらしいの」
 聖ルチア教会は大学廃校後に紆余曲折の末に市の外郭団体が管理する文化財として存在しています。では寺田先生は外郭団体の職員かといえばそうでなく、聖ルチア女学院のOG会が中心となって作られたNPO団体の職員です。聖ルチア女学院関連の資料が教会に置かれてるのも、
    「あれねぇ、廃校時に置いとくとこがなくて、とりあえず聖堂に運び込んだのが始まり。プランとしてはいずれどこかに移る予定だったんだけど、そんなカネがあるわけでもなしで、ずるずるとそのままになってるの」
 教会はあくまでも仮置き場だったのですが、NPO団体に正式の収容場所を作る余力もなく、仮置き場としての借りていた期間もとっくの昔に切れて、今は正式には不法占拠みたいな状態になっているそうです。
    「神父さんが来て教会が復活するのは良いとしても、出て行ってくれって通告されちゃったの」
 ヴァチカンと市の外郭団体の間の話はもう終わっているようで、ヴァチカン側が外郭団体から借りるって形式で再開するとのことです。
    「NPO団体が資料を置いてるのは仮置き場としてだったし、あくまでも短期の予定だったから、当時の事情を斟酌してくれて無料だったの。つまり今は単なる不法占拠状態になってるから『出て行け』と言われると弱いのよね」
    「NPO団体の方はどうなってるのですか」
    「団体って言えば大層なものを想像するかもしれないけど、本部は教会で職員は私一人。最初はもう少しいたんだけど、OG会からの寄付も先細りなの」
 聖ルチア女学院の最後の卒業生はコトリ先輩の一期上になります。そこからもう二十四年経ってますから、OG会の活動も鈍り勝ちのようです。
    「それで今日の御用向きは」
    「厚かましいと思ってるけど、資料の仮置き場にクレイエールの倉庫を借りられないかと思ってなの。だって、このままじゃ、あの資料は行き場がないからゴミになっちゃうのよ」
    「それで小島に相談を」
    「他も当たったんだけど、どこも返事が渋くてね。そりゃ、タダで貸してくれだし、仮置き場と言いながら、次の行き場もないようなものだから。虫が良すぎるのはわかってるけど、ゴミにしちゃうのはもったいないし」
 シノブ常務も少し考えてから、
    「ところで、新しく赴任される神父さんの名前とかおわかりですか」
    「えっと、えっと、たしかライボリーニ神父さんよ」
    「お話は伺いました。小島とも相談させて頂いて、近いうちに必ずご返事させて頂きます」
 寺田先生は帰られた後に、
    「シノブ常務、なんかもったいないお話ですね」
    「私も特命課の時に利用させてもらったし、寺田先生にもお世話になってるの。あの資料は聖ルチア女学院の歴史を残すものとして貴重なものよ」
    「でも残すとなると」
    「そうなのよね。会社としてどこまで肩入れするかの問題は出てくるの。文化事業にはなるかもしれないけど、費用対効果が限定的過ぎるのよ」
    「やはり実質的なOGのコトリ専務に相談ですね」
 ここでシノブ常務はじっと考え込んで、
    「ミサキちゃん、コトリ先輩には私から言うわ。少し気になる事があるし、コトリ先輩もそれを知りたいだろうし」