学校はもう大騒ぎ。そりゃなんと言っても決勝進出です。後一つ勝てば夢の甲子園なのです。なんかウチはかえって茫然と見てたわ。ウチがなにもしなくたって、応援団が動員されて、応援グッズもぴっちりそろってるやん。応援バスだって何台出るんよ。
あの丸久工業との練習試合からたった二か月ほどの話なんよね。どうやって応援のためのギャラリーを集めるか必死だったもんね。それをいえば、夏の予選の二回戦なんてウチ一人、三回戦で学校さぼってまで来てくれたファンクラブ連合の二十人が何百人にも見えたもの。
なんか変な気分やな。今日の決勝にワクワクすると言うより、ここまで苦労したことが無性に思い出されてまう。去年の十二月の話やけど、うちがGMになるために部室に行ったら大丸君目を丸くしてたもんね。タダでも丸い目がそれこそ真ん丸になってた。そこでウチが、
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「夏には甲子園に連れてく」
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「お願いします」
四月の部員勧誘の時に入ってくれた扇君も、須藤君もウチが人さらいにみたいにして引っ張り込んだようなもんやけど、ここまでちゃんと続いてるもんね。夏には間にあわへんかったけど、秋からは間違いなくレギュラーやで。夏海君や、春川君に聞いたんやけど、駿介監督の練習に耐えたっていうのは、どんな名門校の猛練習に耐えるより大変な事なんだって。力はきっとついてるはずよ。
ボールやバットの調達も大変やった。スポーツ用品店のおっちゃんにも世話になったもんや。ディスカウント店を基準に延々と値切り交渉やった後に、その次は前の値切ったところから頑張るもんやから、完全に疫病神扱いされたけど、最後はあきらめて、
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「もってけ、このドロボー女めが」
練習後にうちの連中が良く寄っていたお好み焼きやさんもそうだったし、合宿の時に助けてくれた女将さんも懐かしい。よく商売抜きって言うけれど、そんなレベルじゃなくて、モロ持ち出しやもんね。他にも駿介監督の練習のための小道具調達に協力してくれた人の顔が次々に浮かんでくるの。それと野球好きのレフト工業の社長もあれこれしてもらったもんね。
校長先生にも迷惑一杯かけたもんな。何かあれば乗り込んで行ったけど、最後の方は笑てたもん。なんだかんだと言っても、ウチのやってること見守ってくれたと思てるわ。顧問の野球音痴の先生も、
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「ボクはなにも出来ないからって」
そうそう、うちは野球部を甲子園に引きずってでも連れてく気で頑張って来たけど、なんか変わって来てる気もしてるねん。悪い方とはいわへんけど、野球部の連中はウチの顔を見たら、もうこれしか言わんのよ、
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「なにがあってもリンドウさんを甲子園に連れて行く」
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「どうしたんやカオル」
「ちょっと考えごと」
「そっか。カオル、そろそろ急がんと」
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「ユウジ、昨日もヒーローね」
「昨日のヒーローはオレやないキャプテンや」
「そんなことないよ、ユウジだよ。ユウジがゼロに抑えたから勝てたんよ」
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「今日はどう」
「弱音は吐きとうないけど、さすがに昨日はきつかった」
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「やっぱり疲れた?」
「カオルには見栄はりたいけど、もうクタクタや。準備はしとったつもりやったけど、四連戦になるのは、ちょっと計算外やった。それも延長戦付やったからな。それでもなんとかなるかと思うけど、今日は相当キッツイやろな」
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「今日勝ったら甲子園やん」
「そうや」
「そしたらウチの夢はついに叶うのよ」
「オレが請け負ってるからな」
「ちゃんと報酬は満額即金で払うから」
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「あの報酬やねんけど、ちょっとだけカオルに話があるんや」
「まだ追加があるの?」
「追加ってわけやないんやけど、前に支払いの時に今のオレで受け取って欲しいっていうてたやん」
「言ったわよ、そうしてくれたら嬉しいけど」
「それやねんけど、ずっとこのままやったらカオルはどう思う」
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「それって無愛想・無気力・無関心のユウジに戻らないってこと」
「エライ言われようやなぁ。でも、まあ、そういう事になる」
「そんなん出来るん」
「たぶん。このまま同じでずっとは無理やけど、それなりぐらいやったら。それやったらカオルはどう思う」
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「ユウジ、聞いてもイイ」
「なんや」
「もしかしてウチを口説いてる」
「そのつもりやけど」
「だったら、返事させて」
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「カオル、愛してるで」
「ウチも愛してる」
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「今日、勝って」
「おお、愛するカオルのために勝ってきたる」