リンドウ先輩:五回戦

 ブロック代表はベスト十六になるんやけど、ここで組み合わせ抽選が行われた。大丸キャプテンが引き当てたのは明舞学院。もちろん屈指の強豪で優勝候補の一角。つうかここまでくればこんなんばっかり。その五回戦は七月二四日からの予定のはずやったが、こんな時期に迷走台風が結局ドカン。結構な被害が出てた。さらに異常気象かなんかしらんけど、雨、雨、雨、雨、雨。四回戦までの疲れを抜くには良かったかもしれへんけど。日程がムッチャ窮屈になって、決勝まで進めば四連戦やんか。

 応援の方は校長室で頑張った、頑張った。野球部が始まって以来の快進撃である点を認めてくれて、やっとマトモというか普通の応援体制を組んでくれて応援バスも出た。明石球場やから電車でも一時間程度で着くしで、結構な動員が出来ていた。やっとこさブラバンも参加や。

 とにかく、これを勝てばベスト8。うちが上がってきたのは意外だったようやが、偵察もやってたな。なんでうちはせんのやろ。それは、まあエエか。後で駿介監督に聞いとこうと思うけど、魔術師のクセに情報戦嫌いなんかなぁ、それとも情報なしで魔術が使えるとか。


 ユウジは投球内容をまた変えてた。基本はスピードボール主体やねんけど、そこにスローボールが織り交ざる感じ。これが面白いように決まるんや。あのスピード・ボールだけでも打つのは容易やないのに、そこにハエの止まるようなスローボールが来たら、ボールが来る前に空振りしとる。逆パターンもあるけど、そうなるとミットに入ってから振ってる感じ。ありゃ、打てんやろ。

 明舞学院打線はキリキリ舞いや。それにしても今日のユウジは凄いわ、文字通りバッタバッタと打者をなぎ倒すってあんなもんやろな。ここまで三割を越えるチーム打率を誇っていた明舞打線が完全に沈黙してるもんな。七回までパーフェクト・ペース。

 そうなると問題はうちの貧打線。五回にチャンスをつかんでくれた。一死から冬月君がフォア・ボールを選んで出塁。春川君の時に牽制悪送球があって、冬月君は二塁へ。春川君は凡退したけど、秋葉君がポテンヒットを待望の一点が取れたんだ。

 今日のユウジの調子なら明舞学院にとって重すぎる一点ってところなんよ。定番のエラーが二つ出てパーフェクトこそ逃したものの、ノーヒット・ノーラン達成、奪った三振は実に十八個やった。それと、これはあんまり大きな声では言えへんけど、とりあえずうちは二安打、喫した三振は十二個やったんはコソっと言っとく。ホンマ打てへんな。

 スタンドはまさに大熱狂で、野球部史上初のベスト8に誰もが肩を組んで校歌を大合唱してた。黄色のタオルもどれだけ振られてたか。関西人の必需品、タイガース・メガホンもたくさん持ち込まれてた。黄色のタイガースの法被や鉢巻も持ち込まれてたけどまあエエか。


 予選段階とはいえノーヒット・ノーランはそれなりのビッグニュースやねん。相手だってかつてのうちクラスの弱小じゃなくて、優勝候補の一角、強豪の明舞学院やから地方版に結構ぎょうさん書いてくれてた。全国版にも小さいけど書いてあった。

 マスコミ取材もあったけど、爽やか球児をやっているユウジは好印象だったみたいで、番狂わせの立役者みたいな扱いにしてくれてた。二回戦や三回戦の時はキャッチボール投法やったし、四回戦も途中までそうやったから、ユウジがここまで投げられるのは意外だったみたい。

 でもウチは取材を横目で見ながら笑いをこらえるのに必死やったんよ。ユウジは爽やか球児を仕事でやってる関係で、成績も学校一になってるの。学校一と言うか、東大だって余裕で狙える成績なんよ。この辺は駿介監督がさりげなく付け加えとったわ。駿介監督も宣伝は大事ってよう知ってはる。強豪をノーヒット・ノーランで破ったエースが、成績一番で東大を狙えるとなれば書かれるのは定番中の定番の、

    『文武両道の爽やか球児』
 ホントあのままでいてくれたら、あんなイイ男は他にいないのに、この仕事が終わったらまた元の無愛想・無気力・無関心のユウジにやっぱり戻っちゃうかな。前に戻るって言ってたもんね。マスコミが注目したのはもう一つあって、試合終了後に前の試合から始まったスタンドへの挨拶。
    『オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く』
 どういう意味だってところです。これに答えたのはキャプテンの大丸君。とにかく、こういう取材は慣れていないし、キャプテンはとにかくなにをやらせても不器用だし、すっごく緊張していたんだからと思うけど、
    「ボクたち野球部は竜胆薫さんに全員で恋してるんです。愛する竜胆さんを甲子園に必ず連れて行って見せます」
 これを大絶叫でやってくれたんだ。もう恥しいやら、照れくさいやら。ただ絶叫したのが純朴というか、純情一途というか、絵に描いたような好人物で真面目人間の大丸キャプテンだったもので記事の方も好意的で、 てな感じでまとめてくれたんだ。まあ県立の進学校の野球部の快進撃なら、だいたいマスコミの評価は甘いですからね。『明文館旋風』なんて書いてたのもあった。そりゃ、四月どころか五月の文化祭後にフォア・シーズンズの四人が入るまで、部員は七人だし、監督だっていなかったんだから、記事を書くネタには事欠かないってところかな。


 さて学校に帰ってからも大変。シード校の城翔学園だけでなく、優勝候補の一角の明舞学院にまで勝ってしまったのでちょっとしたお祭り騒ぎ。そりゃ予選段階とはいえベスト8だし、ユウジのノーヒット・ノーランの記事を見たOBやOGから次々と連絡が舞い込み、その対応に大わらわってところなの。職員室の電話が鳴りっぱなしって感じやった。

 それでもバタバタと後援会が立ち上がってくれて、長い間、貧乏所帯を一人でやり繰りしてきたウチがやっと一息つけたわ。相変わらず貧乏は貧乏やけど、応援費用とか事務手続きとかは、後援会の実質的な母体のPTAと学校の方で引き受けてくれることになったからやねん。

 PTA会長とはスクールカラーの件で一揉めあったけど、学校中がこれだけ盛り上がれば否応なくかな。この辺は校友会も大々的に動き出してくれてるのも大きいみたいで、さすがに伝統校やから結構な有力者が顔を出してるみたいなの。そりゃ、現役国会議員こそおらへんけど、県議や市議ならおるし、よう考えたら市長だってOBやんか。その辺が顔を並べれば、PTA会長なんて小物やからやと思てる。とりあえずボイスレコーダーで五寸釘も刺してあるし。

 サッカー人気もバカに出来へんけど、やっぱり高校野球は別格やし、ひょっとしたら甲子園なんてとこまで来たら、そりゃ盛り上がると思うわ。ウチとしたら、とりあえずもうカネの心配はしなくても良さそう。校長も準々決勝まで行けば支援云々も、ボイスレコーダーを持ち出すまでもなく、先頭に立って動いてくれてはります。とにかく明舞戦の勝利ですべての空気は一変してくれて、逆にウチの仕事がなくなってもた気がしてるぐらい。

 でもそんなことより、ウチの夢まで後三つなの。この夢はユウジが請け負ってくれてるの。ユウジが引き受けたからには絶対なのよ。もう夢なんかじゃない、絶対行くんだ。行けるんだ。あの夢の甲子園に。