相手は極楽大附属、ウチが進学の時に狙とった学校や。ここがうちの野球部の最後の関門になるとは皮肉なもんや。
一塁側のうちの応援スタンドは超が付くほどの満員。こんなこと二度とないかもしれへんもんな。それでも明石球場じゃ一万二千人収容と言っても内野スタンドは四千三百人ぐらいやし、うちの応援席が半分として二千人ぐらいしか入らへんからチト狭い。そやから甲子園に行ったら、アルプス席六千をパンパンにしたるねん。今日だって外野席にもいっぱい入ってるからそれぐらい余裕やで。この天下無敵の竜胆薫が一席だって残すものか。甲子園の内野席から外野席、通路まで黄色で埋め尽くしたるねん。
さあ試合開始や。ユウジが笑ってる。あのスマイルでみんなを元気づけてる。ウチに取ってもユウジは今日から幼馴染のユウジやない、ファースト・キスを捧げた愛しのユウジや。頑張ってユウジ、ウチを甲子園に連れてって。もう仕事やないんやで、ウチのために本気出してくれてるユウジや。
試合は否応なしの投手戦になってる。まあウチの貧打線が極楽大附属のエースを打てるはずもないし。それにしても三振ばっかりで前にもあんまり飛ばへんやん。ユウジの方は立ち上がりこそいつも通りやったけど、さすがに四連投の疲れの色は隠しきれへん。
準決勝の時より苦労してるのがスタンドからでもわかるもん。でもな、でもな、今日のユウジは今までと違うのよ。ウチから見てもはっきりわかる。あのユウジが燃えてるのよ。それも殺気立つぐらいの気迫で燃え上がってる。ウチもユウジの助っ人稼業を何回も見てるけど、あんだけガチなユウジを見るのは初めてかもしんない。
ユウジの気迫はうちのザル守備さえ締め上げてる。ここまでのザル守備がウソのようにユウジを盛り立ててくれてる。
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「カキーン」
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「カキーン」
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「アウト」
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「カキーン」
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「カキーン、カキーン」
でもねぇ、今日もユウジは打たせてくれないの。極楽大附属もユウジ敬遠策を取ってるのよ。夏海君も闘志を燃やしてるのはわかるけど、やっぱり打てないの。極楽大附属のエースはプロからも狙われてるぐらいやからね。そのうえ、昨日は投げてないし。選手層の違いは言いたくないけど歴然やわ。うちにもう一人投げられるのがいて、SSU附属戦でユウジを温存できてたら、極楽大附属のエースより、もっと、もっと凄いピッチング出来たのに悔しい。
それでも、ユウジは踏ん張ってる。ウチのために踏ん張ってる。ウチを甲子園に連れていくためにひたすら踏ん張ってくれてる。もう少しで甲子園やん。お願いだからユウジのために誰か点を取ってあげて。お願い、誰かお願い、誰か打って。
七回になるとユウジの疲れは誰からもわかるようになってる。コントロールも怪しくなってる気がする。だってユウジがあんなにボール球を投げるのを初めて見た。あっ、あのユウジが暴投するなんて。握力も落ちて来てるんだ。球威だって目に見えて落ちてるのよ。なんとか笑おうとしているユウジの顔が強張ってるやんか。
七回の一死満塁、八回の無死一・二塁をユウジは気力を振り絞って切り抜けたけど、うちの打線は凡退を繰り返すだけ。九回裏になると、あのユウジがついにフォア・ボールを出してもただけでなく、ついにうちの持病のエラーも出た。内野がマウンドに集まってるけど、ユウジはなんとか笑おうとしてる。でも、笑えてないんよ。
ついにユウジも限界、イイヤとっくの昔に限界超えてる。限界超えてるけど、ウチのため、チームのために死力を振り絞ってるんや。もうウチに出来るのはこれだけや、お願いだからユウジの魂に届いて・・・
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「ユウジ、愛してる。ウチとみんなを甲子園に連れて行って」
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「カキーン」
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「セーフ」
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「リンドウごめん。甲子園に連れて行けへんかった」