リンドウ先輩:ヒロシの恋

    「ススム、ちょっと話があるんや」
 ボクは冬月進、親しい仲間からは『ススム』と呼ばれてる。秋葉とは中学野球部からの親友。
    「ススムはリンドウさんのことタイプやないと言ってたよな」
    「そうだけど」
    「今も変わらんか」
    「ボクの恋愛対象ではない」
 秋葉は、なんの相談かな。
    「ススムはオレの友達やんな」
    「今さら、どうした」
    「助けて欲しい」
    「なにを」
    「オレはリンドウさんが好きだ」
 おっと弱ったな。秋葉の恋の仲立ちをやってあげるのは構わないけど、今の野球部の状況でリンドウに秋葉が突撃するとちょっと困るんだよな。さてどうしたものか。
    「リンドウさんは、そりゃ、二年の加納なんかに較べたら落ちるかもしれへんけど、オレは美人やと思てる」
    「否定はしないよ」
    「リンドウさんのことを考えると夜も眠れんぐらいになる」
 秋葉は熱情型。好きになったら一直線なのはよく知っている。
    「ススムもエエ女やと思わへんか」
    「そりゃ思うさ。リンドウさんがいなければ、今の野球部はないからね。そういう意味では彼女の行動力に感謝してる」
    「オレは女としてもリンドウさんが好きなんだよ」
 秋葉の気持ちはわかるんだが、秋葉だけでなくリンドウを敬慕してるのは多いんだ。いや野球部全員と言っても良いぐらい。このボクだって恋愛感情は抜きでも、リンドウをなんとかしてあげたいと思ってる。それが城翔学園戦後の、
    『オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く』
 あれになったんだ。これはボクも真剣にそう思ってる。今やチームの求心力と言っても良い。濃淡はあるけど野球部全員がリンドウに恋してると言っても良いぐらいだ。だから誰かがリンドウを取るのはチームワーク的に好ましくなんいだ。交際を申し込んで振られるのも嬉しくない。ここは無難に交わすか。
    「ヒロシの気持ちは良くわかった。でも今は予選の真っ最中じゃないか。交際を申し込むにしても、せめて予選が終わってからにしてからの方が良いんじゃないかな」
    「ススムの言いたいことはわかるけど、オレは聞いちまったんだよ」
 まさか、あの話を秋葉が聞いたのか。
    「カネがなければ絶対に助っ人を引き受けない水橋が、なんで野球部の助っ人を引き受けたかを聞いちまったんだよ」
 参ったな。あの話を秋葉が聞いてしまったんだ。
    「だからオレが恋人になって、そうはさせないようにしたいんだ。オレはマジだからな。オレはリンドウを絶対に幸せにしてみせる。リンドウの大事な体を、そんな賭けみたいなもんで穢させてなるものか。相手が水橋でもオレはリンドウを守ってみせる」
 秋葉よ『さん』が抜けてるぞ。それはともかく、秋葉のリンドウを想う気持ちはわかる。ただここで、秋葉に下手に動かれるとチームから秋葉か水橋がいなくなってしまう。そうなれば甲子園の夢は瓦解してしまう。なんとか無難に収める手段はないものか。

 とはいえ、こういう状態になってしまった秋葉を『なあなあ』では収めきれないのも知っている。こうなったらリスクは高いけどあの話をするか。これもかなり危険な話なんだが、ボクでも他の手段が思い浮かばない。うまく納得してくれれば良いが、ダメなら甲子園の夢が吹き飛んでしまう。

    「でもヒロシよ、水橋の条件はいくら何でもと思わないか」
    「いや、水橋は必ず払わせる。それも即金ですぐにだ。それはススムもよく知ってるじゃないか」
 まあ、そうなんだけど。ボクが言いたいのはそこじゃなくて、
    「ボクたちも水橋の助っ人稼業を何度も見てるけど、カネ以外の条件は初めての気がするんだ」
    「どういうことや」
    「リンドウさんが成功報酬として体を差し出したんだけど、体は相手が好きじゃなければ意味ないんじゃないかと」
    「リンドウさんだぞ、誰の不服が出るものか」
    「ヒロシの気持ちはわかるが、ボクもリンドウさんの体には興味がない」
    「なにを! たとえススムでも許さへんぞ・・・」
    「落ち着け、ヒロシ」
 秋葉には話が難しかったかな。ここでのポイントはリンドウの体の提供を水橋が受け取った点なんだが、これだけじゃ、さすがにわかりにくいか。
    「リンドウさんが野球部のGMになってから、水橋は何をしていたか知ってるか」
    「知らんけど」
    「水橋は毎日走って通学してた」
    「おい、おい、走って通学って簡単に言うけど、水橋の家って五つも向こうの駅で、電車はトンネル通るけど途中に結構な峠まであるし、駅からだってあのニュータウンの丘の上やぞ」
 まあ知らないだろうなぁ。ボクも偶然見つけて驚いたから、
    「水橋はなんでも出来る怪物だけど、野球部を甲子園に連れて行くとなると、スタミナが必要なんだ。一試合だけのリリーフの助っ人じゃないからね」
    「じゃ、リンドウさんが野球部のGMになった時から、助っ人の準備をやっていたって言うのか」
    「もっと前からかもしれない」
 秋葉がじっと考え込んでるな。
    「水橋はリンドウさんが好きってことか」
    「ボクはそう考えてる」
    「じゃ、リンドウさんは」
    「水橋が好きだと思うよ。好きじゃなきゃ、あんな条件出さないよ」
 秋葉がガックリした表情をして、
    「負けたな」
    「ヒロシもそう思うか」
    「そりゃ、そうや。うちのチームの中で準備OKだったのは水橋だけやんか。オレたちだって未だに準備不足のままやもんな。水橋は、いつかリンドウさんの甲子園の夢をかなえるためにずっと準備してたんや」
    「そうなる」
    「そこまで準備して待っていた男に勝てへんわ」
 さて問題はここから。秋葉がリンドウへの突撃を思い止まってくれるのは良いとして、野球へのモチベーションが落ちてもらっては困るんだ。秋葉は水橋とバッテリーを組んでいるからとくにだ。この二人の呼吸が合わなければ勝てない。
    「ススム、でもこれでホントに甲子園に行けるかもしれない」
    「そりゃ、行きたいが」
    「オレはずっと水橋のスタミナ心配してたんや。その心配がないんやったら、絶対に行けるはずや」
    「行きたいな」
    「いや、行ってみせる」
 助かった。我ながら綱渡りだったが秋葉もなんとか納得してくれたし、チームワークにヒビも入らずにすんだ。秋葉も甲子園に行きたいだろうが、ボクだってここまで来たら行きたいんだ。あの怪物と一緒に野球ができる幸せなんて二度と巡って来ないだろうし、甲子園の夢もこれ一回限りなんだ。なんとしても行ってみせる。