準決勝の結果を受けてのマスコミ報道は大変な事になったんだ。もちろん無名の明文館が強豪SSU附属を破って初めて決勝進出したこと、延長戦の末、大丸キャプテンの劇的なサヨナラ・ホームランで勝ったことでも十分すぎる話題性があるんだけど、この程度ならローカルニュースなんだよね。全国ニュースになって大々的に取り上げられてしまったのが、
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『水橋六連続敬遠』
ユウジのはキャッチャーが立ち上がっての完全な敬遠。それも大きくどころじゃない外し方やった。どうもSSU附属の情報分析としてバットが届く範囲なら、ボール球でもスタンドに放り込んでしまうと判断してたみたいなんだ。駿介監督もそう言ってたし、ウチもユウジならやってしまう気がする。
地方予選準決勝とはいえ、六連続敬遠は空前の記録じゃないかとされてた。ゴジラ松井の時も大きな話題になったけど、ユウジのも相当な話題として喧々諤々やってた。でもうちの連中のマスコミ取材への応答は立派だった。冬月君や、古城君は、
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「敬遠でチャンスが広がったと思ったんですが・・・」
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「チャンスを活かせなくて残念です・・・」
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「ゴジラ松井さんと同じ扱いを受けて光栄です」
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「大丸が、大丸が・・・」
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「正々堂々と勝負しろ」
一番エキサイトしていたのは、ひょっとして校長先生だったかもしれない。あれって本当に怒ってた。それこそ憤怒の形相で立ち上がろうとするのを、隣の教頭と顧問の先生が必死になって抑えてたもん。勝ったから良かったようなものの、負けてたら何を言い出したかわかんないぐらい。
SSU附属側の応援席も途中から空気がおかしくなってた。野次がこっちまで聞こえてくるのよね、
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「そうまでして勝ちたいか」
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「こんどはちゃんとやるから」
ウチだって悔しかったけど、試合前にそうなると予想していたから『やっぱり、この手できたか』ぐらいにしか試合中には感じんかった。でもやり方としては、スッキリしないものが残ったのは確かなの。でね、でね、駿介監督に聞いたんだ、そしたらね、
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「手としてはやり過ぎかもしれないけど、向こうの監督の気持ちもわかるんや」
うちみたいに、どこかしらんから、とにかくかき集めた選手と、貧乏所帯でやりくりしてるのから見れば羨ましい限りだけど、強豪校には強豪校なりの大変さがあるってところ。そういえば駿介監督にはボランティアでやってもらってるけど、強豪校の監督となると専任で給料も出ているはずだから、成績が悪いとクビになって失業してしまうもんね。だから勝つために、ああいう手段を取ってしまうのは、なんとなくわかるそうなの。
駿介監督も高校野球の監督をやってた時期もあったけど、やめちゃったのは、そういう勝利至上主義にかなりウンザリしたからだって言ってた。うちの監督を引き受けたのは、ウチの説得のせいもあったけど、うちのヘッポコ野球部に高校野球の原点を感じたからだって。それでね、駿介監督の考えてる原点って何かって聞いてみたんだけど、
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「高校野球の原点つうより、オレの監督の原点かな」
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「高校生の野球好きが集まって頑張ることかな」
「強豪校は違うの?」
「似てるけど少し違う」
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「とにかく熱かったんだよ」
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「なんか違うと思うんだなぁ、甲子園は高校球児の夢なんだよ」
『見果てぬ夢』のために野球好きが頑張る過程こそが高校野球の一番大事な部分で、夢が叶えられなかったことは大きな問題ではないって感じかな。結果として甲子園に行けたらハッピーだけど、行けなくとも夢のために頑張ったのは一生の財産になるって言えば良いのかもしれない。強豪校も似てはいるけどやっぱり少し違う気がする。上手く説明できないんだけど同じじゃないと思うの。だからSSU附属からも監督の話はあったそうだけど、やる気がまったく起らなかったとも話してくれた。それはともかく、気になるのは明日の決勝になるけど、
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「極楽大附属も敬遠策やるかなぁ」
「今日の報道でやめてくれたら助かるけど」
「でもやったら、下手すりゃ日本中を敵に回すかもよ」
「それでも、あの監督なら腹くくってやるかもしれん。今年の極楽大附属なら全国制覇も夢じゃないから、県大会で少々不評を買っても帳消しになるぐらいってところや」
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「でもね、カオルちゃん、これも野球だよ。うちの連中はきっとやってくれるよ」
「そうだよね、今日だって勝ったんだもん」