うちの県予選はとにかく出場校数が多いんで、まず十六ブロックに分けて、そこを勝ち抜いたら再び抽選があるってシステムなの。ブロック予選の決勝までは二回か三回戦う事になるんだけど、フルでやったら八回勝たないと甲子園にたどり着けないのよね。キャプテンが抽選会に行ってたんだけど、ちょっとだけラッキーなことに二回戦からになってた。でも駿介監督はちょっと残念そうな顔もしてた。実戦練習の機会が一試合分減っちゃったって。
練習試合も丸久工業とは一試合やれたけど、後は結局できずじまい。申し込みもあったんだけど、試合用のボールの調達も困難だったんだ。ボールはそれでもなんとかなったかもしれないけど、それ以前に練習試合が出来る程度のレベルアップが必要だって駿介監督が言ってた。
丸久工業との試合も、実に打てんかった。ヒットは二本だけで、毎回三振の三振十二個の体たらく。見てて、点なんて取れる気配さえなかったよ。ユウジが最後にホームランで決めてくれたけど、それ以外は夏海君のポテンヒット一本だけだもんね。投げる方は古城君とユウジ、春川君も一人だけ投げての完封リレーやったけど、守備陣はガタガタ。文字通り、ザルで水を掬うようなバックとしか言いようがあらへん。あれだけお粗末じゃ、練習試合をやるにも失礼過ぎるって駿介監督が言うのもわかる。
ユウジは六回からキャッチボール投法で打たせて取る守備練習させてたけど、笑たらアカンけど毎回キッチリ二失策させてたものね。させてたというか、失策してしまうのよ。古城君の時だって毎回失策の六失策。十四失策もやらかして、この上に記録にならないエラーって奴を含めたら、勝てたのは奇跡に等しい気が今でもしてる。
駿介監督は使える面積が広がったグランドを使って守備強化に励んでる。丸久工業戦から一か月ほどやけど、随分マシにはなってるとは思うのよ。ただ新チーム結成からと言えば格好良いけど、どこから数えても試合経験はあの練習試合しかないのよね。
練習と実戦は相手がいるから変わるし、普段は運動場でやってるけど、試合となるとスタジアムだから雰囲気も変わるって駿介監督も言ってた。とにかく十二人しかいないから、まともな紅白戦もできないのよね。それはわかるんだけど、それを経験させるだけのカネなんてどこにもないのが我が野球部。だからせめて一回戦から出場して経験を積ましたかったみたい。
でもこればっかりはクジ運だからどうしようもないやんか。ただクジ運も悪いことばっかりじゃないの。とりあえずうちのブロックのシード校は城翔学園。そこそこ強い。うちの野球部から見ればたいていのところは強いんだけど、ムチャクチャは強くなさそう。
さらにラッキーなことにブロック代表決定戦の四回戦まで当たらないの。シード校っていっても二回戦から出てくるから、クジ運が悪けりゃ、初戦が極楽大附属とか、SSU附属みたいなとこに当たってしまうことがあるわけよ。
今のうちじゃいくらユウジが頑張っても無理がアリアリやもんね。駿介監督も言ってたけど、二回戦とか、三回戦の間は試合間隔も長いから、四回戦の城翔学園までに実戦経験を積みながらレベルアップしたいところなのよね。同時にうちの弱点、まあテンコモリあるけど、これを見つけてちょっとでも修正したいぐらいの腹積もりってところかな。
六月二八日から期末試験一週間前で部活もお休み。この時期に練習が十日間も休みになるのはうちの野球部に取ってかなり痛いので、校長に掛け合いに行ったろかと思ったのやけど駿介監督は、
-
「勉強は学生の本分」
-
「水橋がいるから初戦ぐらいは安心しときって」
それでも部員が多ければ、それなりにスタンドに活気も出るやろし、それなりにでも強ければ熱心なOBでも来てくれる可能性もあるんやろが、十年連続初戦敗退、五年連続コールド負けの実績の威力は絶大でウチはスタンドにポツンと座ってた。
さすがに寂しい。だからあるオールド阪神ファンの言葉を思い出してたんだ。そのオールド阪神ファンが応援してた頃の我らがタイガースは情けないぐらい弱くて、その年も最下位を独走してた。さすがにスタンドも寂しくなってたんけど、あるオールド阪神ファンはこういったんだよ、
-
「誰も見に来なくなれば、ボクだけのタイガースになってくれるからムチャ嬉しい」
試合開始前の挨拶も終りベンチ前で円陣を組んでた。最後に
-
「今日は十一年ぶりに必ず校歌を歌う」
たっぷり九回まで付き合って5対3。それでも十一年ぶりの勝利で球場に校歌が流れた。ウチが入学してから三年間待ち続けた校歌がついに流れたんだ。聞きながらスタンドで感無量になりながら、思いっきり声を出して歌ったよ。
ここまででも夢の中にいるような気分になってもた。ウチしかスタンドにおらへんかったけど、ウチの目には全校生徒どころか、卒業生も父兄も鮨詰めになった中での大合唱に感じてた。ホントにここまでが長かった。でもね、まだゴールじゃなくてスタートなんだよね。ここから夢の甲子園に登っていく一段目、いや二回戦からだから二段目をやっと登ったってところかな。とにかくゴールは果てしなく遠い。
で帰りの長い電車の中で駿介監督と話していたんだけど、八安打も問題やけど十失策はあかんなってところ。強豪とのホンマの接戦になったら危ないって言ってた。じゃあ、どうすればって聞いたら、やるなら緊急強化計画しかないって。
駿介監督の言ってることはウチでもようわかってんけど、さすがに『よっしゃ、まかしとき』とよう答えれんかった。それをやったからと言って甲子園に確実に行けるわけやないけど、やらんかったら話にもならんのもようわかった。ただやねんけど、どう考えても無理なもんはやっぱり無理としか言いようがあらへんやん。駿介監督に相談された後にウチが真っ暗な顔して悩んでたら冬月君が、
-
「リンドウさん、疲れましたか」
-
「ウチでもどうしようもないねん」
-
「なんとか、するべきだと思います」
「でも、これは野球部が一番どうしようもないもんやん」
「そこをなんとかするのがGMのリンドウさんのお仕事じゃ」