リンドウ先輩:ユウジのスイッチ

 ユウジは性格こそ偏屈の変わり者だけど、とりあえずスポーツ万能だし、なかなか格好もイイんだよ。当然もてるはずなんだけど、今まで彼女がいたって聞いたことが無いんだよね。まあ、あの性格と付き合うのは半端じゃないから、それなりに納得できる部分もあるけど不思議と言えば不思議。

 ユウジの性格の悪さは男友達すらいなかったんじゃないかと思ってる。ユウジはそういうのを気にもしない唯我独尊があるんだけど、どう思い出してもユウジの友達って、今のバンドのフォア・シーズンスとウチぐらいじゃないかと思ってる。

 ウチの家とユウジの家はほんの近所で、だからこそ幼稚園からの幼馴染で腐れ縁なんや。それと、これは昔からずっとなんだけど、ウチにだけはユウジはまともな口を利いてくれる。まともと言っても、他に較べればの話やけどね。

 だからかもしれないけど、ウチには色々話してくれることが多いんだ。イチイチ癪に障る話し方なんだけど、あそこまで話してくれるのはウチぐらいかもしれない。助けてくれたこともあるんだよ。それも信じられないけどタダで。

 ウチの家は鮨屋なんだけど、親父が病気で入院したことがあって、他からヘルプを頼んでた時期があったんだ。このヘルプの腕がイマイチの上に、客あしらいがヘタクソというか傲慢。助けてやってるぞの態度があからさまで嫌なやつだった。そんなヘルプの職人じゃ、評判は落ちるし、客は減るしで困ってたんだ。

 そんな愚痴をユウジにこぼしてたんだ。そしたらね、ユウジは妙に面白がって、一度見てみたいって言いだしたんだよ。そんなことしたら、絶対大喧嘩になるからやめとけって言ったんだけど、言い出したらユウジは聞かないんだよね。

 ユウジはまだ準備中の支度の時間の最初から、ずっとカウンターに座ってたんだ。ヘルプの職人も気色悪がってたけど、なにを話しかけても知らん顔。いうても店の娘であるウチの友人やから、追い出すわけにもいかなくてブツブツと大きな愚痴を喚いてた。そこから驚くことに看板の時間までカウンターに座り続け、途中で鮨も食ったけど、結局一言もしゃべらずに帰っちゃったんだ。

 でさぁ、数日後にユウジが、

    「オレに握らせろ」
 これも止めたよ。いくらユウジだって無理だって。鮨に長い修行が必要なのは鮨屋の娘だから良く知ってるからね。ただ言い出したら聞かないユウジも知ってるから、試しに握らせるだけ、握らせてやることにしたんだ。ウチとオカンで味見したんだけど、ビックリした、ビックリした。ちゃんとプロの鮨なんだ。ユウジはあの日に見て覚えてしまってたんだ。ユウジのそういう能力を知ってるウチでも信じられなかった。

 その日から、親父が退院して復帰する日までユウジはずっと握ってくれた。握ってくれただけじゃないよ、仕入れから下ごしらえから全部やってくれた。客あしらいも見事だった。ヘルプのヘタクソが逃がしてた客を取り戻し、親父の時以上に繁盛までさせたんだよ。正直な話、親父より旨かった。でね、ようやく復帰した親父がお礼をしようとしたら、

    「カオルのせいでエライ目に遭ったわ、もうコリゴリや」
 そう言ってプイと店を出て行って二度と来なかったの。ウチもお礼をしようとしたんだけど同じことを言われてプイ。それでもウチは感謝してるんよ。ユウジの良いところはカネにこそ汚いけど、引き受けた仕事は完璧にこなすんだ。客あしらいだって、必要とあれば完璧にこなしてしまう凄さがユウジにあるんだ。普段の不愛想さからすると想像できないぐらい。

 ウチもユウジの仕事ぶりが心配でみていたけど、酔った客が絡みかけても見事に対応するのに感心したよ。なんで普段にあれが出来ないのか不思議で仕方なかったもの。でもウチのヘルプが終わったら元通り。癪に障る憎まれ口しか叩かないのよね。

 あん時もそうだった。あれはユウジの助っ人稼業とは外れると思うけど、ちょっと近いって思ってるの。ネイティブのアメリカ人教師が英会話の授業に来てたんだけど、どうもウチたちを見下してる感じがしたのよね。そのアメリカ野郎が好きなのは、早口の英語で私たちを困らせて、その後に小馬鹿にした仕草や、なんか汚なそうなスラングで罵る感じかな。罵られても何言ってるかわかないからエエようなもんやけど、気分は悪いんや。

 ユウジはというと何を言われても、

    「わかりません」
 せめて『アイ・ドント・ノー』ぐらいは言えよと思ってたんだ。でも、さすがのアメリカ野郎もユウジに下手に絡むと怖そうぐらいは察したみたいで、ユウジだけは流してた。まあ流すもクソもユウジには相手にもされないのがホントのところ。ああいうのを馬の耳に念仏っていうのかと良くわかったもの。

 でね、その日のアメリカ野郎の機嫌は悪かった。いつも以上に生徒に絡むんだけど、とくにウチに猛烈に絡んで来たんだよ。正直なところ泣き出しそうになってた。いや、もう泣いてた。そしたらね、授業中に『わかりません』以外をしゃべったことがないユウジが突然、物凄いスピードでしゃべりだすんだ、アメリカ野郎も応酬して二十分ぐらい怒鳴り合ってた。帰国子女の生徒もいたから、

    「なに言ってるの」
 こう聞いたら、
    「強烈なスラングとあちこちの猛烈な訛が入り混じってる上に、物凄い皮肉と当てこすりで私でもわかりにくいというか、日本語に訳すのはちょっと・・・」
 なに言い合ってるかはウチにはサッパリわからへんかったけど、最後にアメリカ野郎が言い負かされたのだけはわかった。それだけでなく翌週からうちの学校にいなくなったんだよ。みんな歓声をあげたよ。とりあえず助けてもらったみたいだから、お礼を言おうとしたら、
    「カオルに関わったらロクな目にあわへんわ。変なもん言わされて口がおかしいわ」
 これもタダやった。まあ、これじゃ依頼もないからカネを取れへんのはそうやけど、ウチはやっぱり感謝してる。ユウジはカネが絡まないと、とにかく無気力・無関心なんやが、たまにカネなしでも動くことがあるんや。ウチはユウジのスイッチって呼んでる。ロック研の話も入れても、ウチがみたのは三回だけやけど。

 ウチが絡んでるのもあるけど、ウチが頼んだからいうても聞いてくれるわけやあらへん。現実に野球部の助っ人がそうやねん。だってウチの夢が甲子園って知ってるし、その夢のためにGMやってるのも知っててもカネやもん。ウチもこれでも女やけど、女からの頼みやからって甘い訳でもないんよね。女に甘いんやったら、女神の加納でも、天使の小島でも動員してやるんだが、そこがスイッチやないのはなんとなくわかる。

 エ〜イ、カネさえあればあの野郎の頬を札束でぶん殴って野球やらせるのに、なんでウチは財閥の令嬢に生まれへんかってんやろ。マグロの切り身でぶっ叩いてもアカンやろな。もちろん、そんなんしたら親父にぶん殴られるけど。

 どこかにユウジのスイッチが入るポイントがあるはずで、それさえ見つけられたら野球部のためにタダで働いてくれると思うんやけど。そのスイッチがどうしてもわからへんねん。時間はドンドン経っていくのに、どうしたら、どうしたら。

 もう最後になったらアレしかない。カネの代わりの代償で交渉するってやつ。しっかしアレだって、ユウジが価値を認めてくれん限り意味ないし、さすがのウチでもそれを使うのは最後の最後の最終手段。そのうえ切り札じゃないんだよね、これが。