もう一人のピッチャーだけど、いるんだよね。でもやりたくないんだ。ユウジの野郎の説得をやらにゃアカンからなんだ。ユウジの名前は水橋裕司。幼稚園からの腐れ縁なんだけど、なんとも嫌味な野郎なんだよ。とにかく唯我独尊で天邪鬼、人の言うことを聞かない、協調性がゼロじゃないかと思うほど勝手し放題。ずっと問題児扱いだったんだよね。とにかく態度は悪くて、授業中に質問されても
-
「わかりません」
-
「もって帰るの忘れました」
ほんじゃ、物を隠したりはどうかと言うと、そんなもんじゃユウジはビクともしない。他の奴らの教科書なりを、
-
「それ、オレんだ」
それでいて不良じゃないのが不思議なぐらい。態度は悪いけどちゃんと学校に来るし、早退も遅刻も無し、笑ったらアカンけど小学校は皆勤賞だったからね。あの野郎風邪もひきやがらないんだ。まあ、授業態度は悪いけど絡みさえしなければ、静かなもんで、居眠りさえしないんだ。そうそう力は馬鹿みたいにあるけど、喧嘩はむしろ嫌いな方だと思うよ。
そんなコミュ障の馬鹿力のユウジだけど、ある種の天才なんだ。いや化物とか、怪物と言った方が良いかもしれない。なんでも一目見ただけで出来ちゃうんだよ。だから何やらしてもあっと言う間に覚えて、ほぼ完璧にできちゃうんだ。だから勉強はできる。でも成績は並。つうかアイツの答案も人を馬鹿にした代物で、合格点分しか書かないんだよね。それ以外は白紙。テストが始まったら五分ぐらいで書き終わって出て行っちゃうんだ。教師が
-
「水橋、時間もあるんだから、もう少し考えたらどうだ」
-
「わかりません」
そんなユウジが中学からやり始めたのが助っ人稼業。これがボランティアなら格好良いんだけど成功報酬が必要なんだ。それも結構な額で中学時代でも万単位で取ってやがった。ホント中学生がやることかと思ったよ。助っ人稼業といっても、いつもの不愛想な態度で話を聞いて、気が乗ればするって感じだった。気に入らなければ話の途中でもどっか行っちゃうんだ。その代り気が乗れば完璧に仕事をこなしてた。
体育会系の依頼が多かったけど、文化会系の依頼も気が乗れば引き受けてた。ウチが一番びっくりしたのは書道部の依頼を引き受けた時。だってユウジの字は知ってるけど『あれが文字か』ってぐらいの悪筆なんだよ。ユウジが引き受けたのは市の名物行事の書初め大会。その中に馬鹿でっかい筆を使って、十畳ぐらいありそうなデッカイ紙に書くやつ。
なんか市内の中学高校で回り持ちだったらしいんだけど、当時の書道部でそんな事ができるのがいなくて依頼されたようなの。ウチもさすがに心配になって見に行ったら、ユウジの奴、ちゃんと袴姿で出てきて、アッサリ書きあげてもた。『迎春』だったっけ。そりゃ見事な仕上がりでローカル記事とか市の広報誌に写真入りで載ってた。
それでね、ユウジの奴、野球も出来るんだ。うちの中学の野球部は強くて地区大会の決勝まで行ったんだけど、九回裏になってエースが肩の故障で降板し、急遽リリーフが出たけど乱調であっという間に無死満塁。一点差だったから文字通り絶体絶命のピンチだったんだ。
ユウジはそこまでベンチにいたんだけど、監督に呼ばれて何やら話をしてるんだ。どうみたって監督からのアドバイスって感じじゃなくて、ユウジが広げる両手の掌を監督が首を振って嫌がってる感じなんだ。ついに監督がうなずいて、ユウジが登板。九球で終ったよ、三者連続三球三振。バットにかすりもしなかった。ウチも見ていたから覚えてるけど、ボールが歪んでたもんね。その時に監督と何を話していたかを後でユウジに聞いたら、
-
「ベンチ入りに一万。リリーフ登板したら打者一人に付き一万って話やってんけど、無死満塁だから全部で十万じゃなきゃ投げへんて交渉してただけや」
ユウジの助っ人バイトは高校になっても続いてる。続いてるというか、ますます手を広げてる。相場はたぶん五万か十万。つまりは片手か両手。仕事内容によってはそれ以上で、すぐに足元を見るんだよ。相手は校内もいるけど、校外にも広く手を伸ばしてるみたい。他校の時もあるし、社会人相手も広く依頼を受けてるみたい。なんか学校に勉強に来ているというより、助っ人稼業の依頼の相談を受けに来てるように思えちゃうところもあるのよね。
でね、結構な金額を稼いでるはずなんだけど、別にそれで遊び歩くわけじゃないんだ。ユウジはゲーセンもカラオケもマンガもまったくと言うほど興味がなくて、服に凝る訳じゃなし、特別欲しいものがあるわけでもないんだよね。つうか趣味なんてものが、そもそも無いってところかな。タバコも吸わないし、酒も飲まない。賭けごとだって好きじゃない。つうか、そもそも高校生の不良連中が好みそうな遊びに一切興味がないんだよ。夜遊びだって完全に無縁。なんでかって聞いたら、
-
「夜は寝るもんや」
-
「カオル、なんやねんそれ?」
そりゃ、あれだけなんでもすぐに出来りゃ、達成感なんてものはユウジの辞書にないだろうからね。助っ人稼業もひょっとしたら、自分に出来ないものを探してるんじゃないかと思う事もあるんだ。でも、そこまで高尚なことをユウジが考えてるかどうかは疑問やけど。つうか、いくら探してもありそうな気がウチにはせえへん。
カネにガメツイ理由もホントところはウチにもようわからへん。これも聞いてはみたんやけど、
-
「あって不便なもんやないし」
そりゃ、あんだけ稼いで、あんだけ使わないんだから、どんだけカネもってるか考えただけで怖いぐらいやけど、カネ貯めるのが生きがいみたいな守銭奴とは違うらしいのはウチでもわかる。気が向いたらビックリするようなカネの使い方をするんだよ。
ユウジには友達がホント少ないんだけど、フォア・シーズンズの春川君とは不思議と馬が合うらしいの。このバンドは最初軽音楽部の部室を使ってたんだけど、やってるジャンルがヘビメタだったんで、他の部員とちょっともめたそうなんだ。そしたらユウジは、ロックンロール研究会って部活を承認させ、さらに空地の一角に二階建てのプレハブで部室も練習場もアッと言う間に作ってしまったんだよ。どうやったんだと聞いたら、
-
「そんなもん、カネつかましたに決まってるやろ」
-
「心配するな、許可もらうのにカネつかませてあるから、今度はそれを暴露するって釘刺してある。ここは治外法権ってことや」
わるかなぁ、ユウジは駿介監督の望むもう一人のピッチャーとして能力は申し分はないんやけど、カネがないと動かへんのよ。ウチの野球部に足りないものは数えきれへんぐらいあるけど、カネもないんよ。中学の時の相場でも一試合投げさせれば三十万円ぐらいは必要やし、今度の試合の野球部に取っての重要性で足元をみられたら、百万ぐらい吹っかけられそうな気もするのよ。そんなカネ逆さに振ったってあるわけないやん。
春川君も頼んでみたけど、やっぱりダメだった。ウチも頼んだみたけど、
-
「ユウジ、話が・・・」
「断る。カネ持ってきてから出直して来い」