カズ君と飲んでるんだけど、ちょっとカズ君の様子が変。変と言うより何かを言いたそうで、何度か口に出しかけては話題を逸らしてるの。こういう時のカズ君は本当に大事な話の時もあるけど、人を引っ掛ける時もあるから要注意。でも、ためらい方がちょっと気になるの。もしかして、大事な話の方? 大事な話だったら、もしかして、もしかして、今夜は特別な夜になるのかしら。
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「・・・シオにウソついとった事があるねん。棺桶まで持っていく気やったけど、もう白状してしまいたいから聞いてくれる」
「カズ君がウソって珍しいね」
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「シオのことずっと好きやったんや」
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「いつから?」
「いつからか、わからんぐらい前から」
「まさか小学校から?」
「そうなんや」
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「まあ最初は幼な恋みたいなもんやけど、正真正銘のボクの初恋がシオやねん」
「それは光栄ね」
「でもな、シオは綺麗になりすぎて近づけんようになってもてん」
「そんなぁ」
「だから初恋の人から女神様に格上げして、関係ない人と思おうとしてたんや」
「そうだったんだ」
「でもいくら頑張っても出来へんかってん。だから転がり込んできた時には絶対モノにする気やってん」
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「じゃあ、すぐに抱けば良かったのに」
「その気マンマンやってんけど、シオを襲ったら、シオに逃げられるのが怖かってん。逃げられんように抱くには、シオに『好き』って言わせなアカンと思てもてん。後はシオにどうやって言わせるかだけ毎日考えとってん」
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「ただそうしてたら、シオは男嫌いというか男性不信になってるのに気づいてしもたんよ。あんときゃ、天を見上げたわ。そこからせんとアカンのかと。でも結果的には襲わんかったから、あの同居時代が始まったと思てる」
「だから抱かなかったの?」
「そうやねん、ホンマに辛かった。毎日生殺しみたいなもんやった。そりゃ、口説くことさえ出来へんかったからな。それやったら、シオは確実に逃げてた。シオに逃げられるのと一緒に暮らす楽しさを天秤にかけて、一緒に暮らせる方を取ったんや」
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「でもさぁ、私が専業主婦になって奥さんになるって言った時にNOって言ったやん」
「あれか。あれはな、聞いたとたんに押し倒そうと思てん」
「押し倒してくれたら、そのまま抱かれてたよ」
「シオは忘れてもたみたいやな。あの時は生理やったんや」
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「それだけやないねん。ここまで待ったんやから全部やりたかってん」
「全部って?」
「キチンと交際申し込んで、デートを重ねて、キスして、結ばれるって過程をフルコースでシオとするのが長年の夢やってん。笑うなら、笑ったらエエよ。ついでにいうなら、そこからプロポーズして結婚まで全部だよ。そんなステップをシオと一緒に踏んでいくのが夢やってん」
「えっ、そこまであの時に全部考えてたの」
「だからあん時にはシオが生理で助かったと思たぐらいやった。押し倒して抱いてスタートしてしもたら、始まりが生々しすぎて思い出にするには良くないやん。まあ、シオが奥さんになりたいまで言ってしまってるから、全部ステップ踏めないけどな。結婚まで進むにしても、そこまでの楽しい思い出が一つでも多い方がエエやんか。笑ってもエエよ、抱くにしても、もうちょっと感動的なシチュエーションで初めて抱きたかったんよ。気分は初夜みたいな感じかな」
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「じゃあ、そうすりゃ良かったのに、なんであんだけ怒って、写真で自立するように言ったのよ」
「あれか、今でも悔しいわ。あれはな、ついシオの心を試してしもたんや。シオが奥さんになりたいって言った口調は軽かったやん」
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「だから念押ししたかってん。だから期待した答えは逆やってん。もう写真なんてどうでもエエって返事になると思って疑ってもなかったんや。アホなことしたもんや」
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「それからのシオは奥さんになる話なんかすっかり忘れてしもて、写真に熱中してもたやん」
「そう・・・そうだったわね」
「ボクもあんなこと言ってもたから、シオが写真に熱中するのを喜ぶフリせにゃあかんやん。ほとんど手の中に入っていたシオがスルリと逃げてもたんや。それまで以上に悶々とした夜を過ごしたわ。なんであの時に素直に抱く段取りに持ち込まへんかったんかって」
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「でも口説くチャンスも、抱くチャンスも毎日あったやん」
「そやねんけど、ボクは余計なテクニックを見つけてもたんや」
「あのテクニック」
「そうなんや、シオはあのテクニックをものにしようと、朝から晩までその話しかせえへんかったやんか」
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「二か月ぐらいしてチャンスと思たんや。なかなかシオがテクニックをモノに出来ずに、あきらめかけてたから、やっと奥さんになる話に戻ってくれるんやないかと」
「でも、あの時に撮ってみせてくれたやん」
「そうなんや。あれも悔やんでるわ。シオがあんなに苦労してるから、どんだけ難しいんかと思って試してみたら、ちょっとしたコツぐらいのもんやんか」
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「こんなもんやったら、すぐに覚えられるはずやと思ったんや。シオはプロやからな。これさえ覚えてもらったら、奥さんの話が戻ってくるはずやと」
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「ところがやな。いつまで経ってもシオはテクニックをモノに出来へんのや」
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「ええい、もう襲たれとシオのところまで行ったら、寝言まで写真の事やったからな。写真にシオ盗られた思ってショボンとしてしもた」
「抱いたら良かったのに」
「だ、か、ら、シオは初恋の大切な人だって。その大切な人の邪魔をどうしても出来へんかったんよ。だから待とうと思たんや、あのテクニックを覚えるまで。そうしたら奥さんになってくれる話が、無理なく蒸し返されるって期待してたんよ」
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「ボクの心づもりでは待つと言っても、三日もあれば余裕やと思ってたんや。ところが一週間たっても、一か月たってもアカンかって、延々半年ぐらいかかってもたやん。ホンマあの頃は、あんな簡単なもんプロやのになんですぐに覚えられへんのかって、不思議で不思議でしょうがなかったわ」
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「延々と待たされるのはホンマに辛かった。好きで、好きでたまらない初恋の人が、奥さんになりたいとまで言ってくれて、寝息さえ聞こえるところに毎晩寝てるんやで。ありゃ、拷問みたいなもんやった」
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「そのうえやで、同居してるもんやから、シオの下着は嫌でも目に入るやんか」
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「シオも最初こそ緊張しとったけど、慣れてきたらえらい格好になるんや。パジャマでも興奮ものやのに、下着だけとか、バスタオル一枚とか。そんな格好でウロウロされたらたまらんかった。あれでよく鼻血が出えへんか不思議なぐらいやってん。それが写真に熱中しはじめたら、さらにエスカレートしたやんか」
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「下着も相当やったけど、バスタオル一枚の時は強烈やった。動き回ってるうちに落ちた事あったやんか」
「見たんだ」
「見たわいな。見たかったんや、シオの裸をどうしても見たかってん」
「感想は?」
「見なかったら良かった」
「そんなに魅力なかったの」
「逆や。血が昇りすぎて、えらいことになってもたし、ずっと頭の中から消えんようになってもて大変やった」
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「見たの一回だけ?」
「言わすな、何回も見たわ。見たら大変なことになるのは頭でわかってても、あんなもん我慢なんかできるか。それとな、盗み見したんは良くなかったもしれんが、素っ裸でカメラもって部屋に入ってきたこともあったやないか。どんな顔したらエエかわからんかったわ」
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「でもさぁ、でもさぁ、抱いたってテクニックを覚えるのにそんなに支障ないやん」
「そうかもしれんけど、せっかく憧れの初恋の人を初めて抱くんやで。抱かれながら写真の事を考えられたら悲しすぎるやんか。下手すりゃ、抱いてる途中にヒントが浮かんだら中断させられそうやったもん」
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「それでな、やっとテクニックものにできたやん。この時をひたすら待っとってん。でも、シオは奥さんになる話はすっかり忘れてたんや」
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「だからプレゼントをもらった時にはためらわずに抱いたよ。あれ以上の我慢なんてもう無理やった」
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「でもなぁ、抱けたんはホンマに嬉しかったけど。やっぱり後悔したんや」
「なにを?」
「だから、愛しい、愛しい、大切な初恋の人をいきなり抱いてしまったこと」
「抱いたら、なにが拙かったの」
「だって大事な大事な初恋の愛しいシオのために、ずっとやりたかった恋人からのステップをみんな出来てないやん」
うん!、うん!!、うん!!! ちょっと待って、ちょっと待って、これは、まさか、いやそうよ。この話の流れだったら、次に出てくるのはあの話とか・・・やだやだ、でもここまで来たら他に行くとこないやん。それだけは、それだけは、お願いだから、その話だけは・・・
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「だから、抱いたんが先になってもたけど、なんとか修正しようと思たんや」
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「ところがやな、シオはそっちよりヒマさえあればだったやんか。それはそれで嬉しかったけど、あれじゃ、ちょっとムードが・・・デートどころか買い物に行く時間さえ惜しがったし、やっと増えかけていた仕事も生理の日以外は可能な限りキャンセルしてたやんか」
だって仕方ないじゃない。あんなもの経験させられたら、どんな女だって狂うわよ。恥しいけど私だってあんなに素晴らしいなら、なんでもっと早く抱かれなかったかって後悔してたんだから。そのうえやん、一緒に暮らせるタイムリミットが迫ってたやん。あの時ほど時間が惜しいと思ったことはなかったのよ。
それにしても、この話はこれぐらいでお願いだから堪忍して。カズ君優しいから許してくれるよね、私のことイジメたりしないよね。小学校からの幼馴染だよね。大事な初恋の人って言うてくれたよね。『愛しいシオ』ってあれだけ言うてくれたよね。ここまでだったら、ちょっと恥しいけど若かったんだから、ああいう状況になれば誰だって多かれ少なかれなってしまう程度の話と思うから。お願いだから追い討ちはやめて、トドメを刺すのは許して、カズ君お願い、まさかしないよね、お願いだから、どうかお願い、
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「まだ若かったし、男だし、愛しい初恋のシオだから、抱くこと自体は、何回抱いても夢のようだった・・・」
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「ここは悪いけど本当のこと言うな。ウソつくのは良くないからな。今日は白状するって決めてるから」
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「さすがに、いかに愛しのシオでも限界がある事を思い知らされたわ。あのまま続けられたら本気でアカンと思た。シオと別れるのはホント辛くて、悲しかったけど、これで生き延びれたのは本音やった。シオを抱くのにあんだけ待たされたけど、これがもし後一か月でも早かったら、どうなっていたことかと」
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「あの時はホントにゴメンナサイ」
「気にせんといて。ちょっと言い過ぎたかもしれへんけど、シオに隠し事は良くないし、お互い若かったからな」
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「とりあえずあんな状態やったやんか」
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「これじゃ、これじゃと思ってるうちに引っ越しになってもたんや。あれは今から思い返しても痛恨の大失敗やった」
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「なにか失敗したの」
「結局、抱いただけで奥さんになる話は二度と出て来んかったやんか」
同棲期間のタイムリミットがあったから、私はその間に一回でも多く抱いてもらう方に熱中しちゃったから『あんな状態』になっちゃったけど、カズ君はその間になんとか恋人から婚約状態にしたかったんだ。正式でなくても、気持ちの上での格上げみたいな感じかな。それで、たぶんだけど、プロポーズ出来なかったのが重くなりすぎて、私がプロポーズを受ける気がないって方に受け取ってしまったんじゃないかな。
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「だからシオの引っ越しトラック見送る時に、どんだけ泣いたか。あれだけ抱いたのに、ついに言わせてもらえなかったと」
「そんなことないって、抱いてもらったからカズ君の物になってるやん。だから、もうそれは言わなくてもわかってるかなぁって思って」
「でも引っ越しして三か月もせえへんうちに、新しい彼氏が出来たっていうたやんか」
あの二年間は心を通じ合っていたと思ってたのよ。でも、実はこんだけすれ違ってたんだ。そのほとんどがカメラマンとしての私には都合の良いように転んで、抱きたいカズ君には裏目に転んだぐらいってところかな。でも私も全部良かったかというと、抱かれて二人の関係は完璧だと思ってたのに、体だけで心は微妙にすれ違っていたんだ。
一番のすれ違いは、私が奥さんになりたいって言った事の受け取りよう。私はあの日限りで、ゴメン、済んでしまったことにしてたけど、カズ君はずっと待ってくれてたんだ。そこをちゃんとしたくてしょうがなかったんだね。ああ、聞きたい、今でもそうかって。ひょっとして、カズ君がこんな話をするってことは特別の夜かも、
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「・・・・・・」
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「なんで、こんな話を」
「シェリー・バーで飲んだ夜、覚えてる」
「うん、覚えてる」
「あんときに、チョットどころか、いっぱい飾って言うてもてん。あれが心に重くて、重くて」
「でも結果的にはそんなに間違いとも、言えないんじゃないかなぁ」
「いや、だいぶどころか、かなりウソで塗り固めとった。それが心苦しかってん」
でも、そんな時間にあの時は出来なかったのが悔しいな。どう思い返しても、いきなり結ばれた後は、ひたすらアレじゃロマンチックじゃなくて生々しすぎるものね。でもさぁ、でもさぁ、こんな話を聞かされちゃったら、お持ち帰りして欲しいなぁ。ほとんど口説かれてるのと一緒やないの。
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「・・・・・・」
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「・・・・・・」
この言える日は間違いなく特別の夜になる。私にとっても、コトリちゃんにとっても勝負の夜に。どちらにその特別の夜が先に訪れるかは、運命の大きな分かれ目になりそう。どっちに訪れるんだろう。私であって欲しい。その時には奥さんにして欲しいを言いたいなぁ。あの時の続きをちゃんとやるためにも、カズ君の長年の夢をかなえるためにも。