医療閑話・北研ワクチン問題 その3

チト本業が忙しくて、北研ワクチン問題のうち麻疹の力価が

    どれぐらい承認規格を下回ったか?
この情報を見つけるのに難儀しました。やっと見つけたのが10/30日付「自主回収の対象ワクチンに関する見解」です。そこには

北里第一三共ワクチン株式会社が実施した定期モニタリングにおいて確認された麻しんウイルス力価の最も低い値は、1,900(10^3.3)FFU※1)/0.5mLです【HF053A 18箇月】。

FFUというのが力価の単位のようですが、承認規格は5000FFU/0.5mlです。北研MRワクチンは有効期限の末期には承認規格の半分以下になっていたことが確認できます。北研サイドの見解として

麻しんウイルス力価が承認規格(5,000(10^3.7)FFU/0.5mL)よりも低い力価のワクチン(1,000(10^3.0)TCID50※1)/用量)を接種した場合であっても、十分な麻しんウイルスに対する抗体を獲得することが示されています【抗体陽転率 100%】。なお、WHOが発行している文書※4)では、麻しんワクチンの最低ウイルス力価は、1,000感染単位※1)です。

WHOの規格でも1000FFU/0.5mlとして、ワクチンの有効性として問題ないとの見解を示し、これを厚労省は了解しています。根拠はあるのですが、それでも「あえて」承認規格を下回るものを流通させ、接種する必然性は高くない気が私は素朴にします。たぶんですけでど10/30付で、

これがそろって出ていますから、10/30より前に北研から厚労省に力価低下は報告され、厚労省と北研で協議が行われていただろう事は容易に推測できます。前回も書きましたが北研の自主回収も完全に茶番で、問題の3ロットの有効期限が最後に切れたのが10/7ですから、北研が自主回収に励まれたのは有効期限切れになったバイアルになります。北研が「いつ」厚労省に報告したのかの情報が見つからないので隔靴掻痒なんですが、とにもかくにも不良品のMRワクチンの回収は極論すればすべて打ち尽してから漸く動き出したぐらいに見えて仕方がありません。


北研の見解への素朴な疑問

北研の「自主回収の対象ワクチンに関する見解」に素朴な疑問があります。前回作った表をもう一度出しますが、

ロット番号
HF053A HF054A HF055A
2014 3 製造 製造 *
4 * * 製造
5 * * *
6 * * *
7 * * *
8 * * *
9 * * *
10 * * *
11 * * *
12 * * *
2015 1 * * 力価低下判明
2 * * *
3 * * *
4 * * *
5 力価低下判明 力価低下判明 *
6 * * *
7 * * *
8 * * *
9 有効期限終了 有効期限終了 *
10 * * 10.7有効期限終了
10/30自主回収発表
11 * * *
12 * * *
2016 1 * * *
2 力価低下に対する対応の正式発表
ポイントは、
  • HF053A・HF054Aは製造15ヶ月目に承認規格を下回る
  • HF055Aは製造10ヶ月目に承認規格を下回る
ごく普通に考えると、より早く承認規格を下回ったHF055Aの方が18ヶ月時(有効期限の最終月)に力価が一番低いはずです。ところが北研の見解では、
    麻しんウイルス力価の最も低い値は、1,900(10^3.3)FFU※1)/0.5mLです【HF053A 18箇月】
つまり5ヶ月も後に承認規格を下回ったHF053AがHF055Aよりも力価が下がった事になります。そんなことがありうるだろうかの素朴な疑問です。


力価の低下率

力価がどういうペースで低下するのかの情報がこれまた殆んど見つけられなかったのですが、辛うじて参考になりそうなのは医薬品インタビューフォーム・乾燥弱毒生麻しんワクチン「タケダ」です。そこには力価の低下率のグラフが添えられています。

20160225081900

製造会社も違いますし、麻しん単独ワクチンの有効期間は12ヶ月なのであくまでも参考に過ぎませんが、力価の低下はY軸を対数にすれば直線的に低下すると考えることは可能そうです。北研の自主回収の見解にも10の何乗単位が添えられているのは、こういうグラフを念頭に置いているものと推測できます。ポイントは

    力価の低下はY軸を対数にすれば直線的に低下する
こういう仮定を置きます。この仮定を前提にして北研の見解に合うようにグラフにしてみたいと思います。グラフのエッセンスとして、
  1. HF053Aは14.5ヶ月頃に承認規格5000FFU/0.5mlになる
  2. HF055Aは9.5ヶ月頃に承認規格の5000FFU/0.5mlになる
  3. HF053Aの18ヶ月目は1900FFU/0.5mlである
  4. HF055Aは18ヶ月目の情報が無いので2000FFU/0.5mlとする
グラフはタケダの麻しん単独ワクチンを参照しながら作ってみます。

20160226192944

グラフの説明を補足しておくと、Y軸で

  1. 4.0が承認規格の5000FFU/0.5ml
  2. 3.3がWHO規格の1000FFU/0.5ml
参照のために12ヶ月間が有効期間の麻疹単独ワクチン(タケダ)を添えていますが、注目されるのは初期力価になります。
HF053A HF055A 麻疹単独
初期力価(FFU/0.5ml) 158000 13000 30000
最終力価(FFU/0.5ml) 1900 2000 12000
あくまでも概算ですが、北研がもっとも力価の低下が激しかったとするHF053Aは製造時に158000FFU/mlぐらいあった事になります。これだけの初期値が必要であったかどうかですが、麻疹単独ワクチンは有効期限が12ヶ月ですが、12ヶ月までのペースで18ヶ月まで低下するとすれば7500FFU/0.5mlぐらいになり、初期値30000FFU/0.5mlぐらいでも18ヶ月で承認規格の条件を満たします。グラフのY軸で5.0で50000FFU/0.5mlになりますから、その程度で十分な気がします。

一方でHF055Aは力価低下率はともかく初期値は13000FFU/0.5mlしかありません。麻疹単独でも30000FFU/0.5mlあり、12ヶ月で12000FFU/0.5mlまで低下しますから、初期値がかなり低いの解釈も成立します。北研の見解を「正しい」とし、力価の低下が一定ペースと前提すれば、

HF053A 初期値が非常に高いが力価の低下が著しい
HF055A 初期値がかなり低い
どうにも結果にモヤモヤしたものが生じます。まあ、途中から急速に力価が落ちた可能性はありますが・・・どうなんでしょう、そんな事が起こるのかなぁ??


不良品ワクチンの評価

麻疹ワクチンの承認規格は5000FFU/0.5ml以上とはなっていますが、タケダの麻疹単独ワクチンを見る限り有効期限の最終月でも10000FFU/0.5ml以上はある設計になっている気がします。北研が主張し厚労省が了解したWHO基準の1000FFU/0.5mlはクリアしていますし

    麻しんウイルス力価が承認規格(5,000(10^3.7)FFU/0.5mL)よりも低い力価のワクチン(1,000(10^3.0)TCID50※1)/用量)を接種した場合であっても、十分な麻しんウイルスに対する抗体を獲得することが示されています
これもそうかもしれませんが、本来接種者が受ける力価は10000FFU/0.5mlぐらいあり、北研の問題ワクチンは承認規格を下回った時点で半分ぐらい、もし有効期間の末期に接種していたら1/5ぐらいになります。たとえばですが、力価の低下した北研ワクチンと他社のものの選択を提示されれば、殆んどの方が非北研社製のワクチンを選ぶかと思います。

最後にですが、最低値を記録したとされるHF053Aですが、シュミレーションから考えるに通常はHF055Aの方がさらに力価が低下しているんじゃないかの疑惑が私の胸の中にずっと残っています。だってどう考えたって不自然だからです。仮にHF055AがHF053Aと同じペースで力価が低下していれば、

20160225131837

概算ですが500FFU/0.5ml程度になります。そうWHO規格を16ヶ月待たずして下回ることになります。本当に下回っていないかどうかは・・・どうなんでしょうねぇ。どうにも公表されているデータが断片的過ぎて、推測するにも限界がありそうです。