医療閑話・北研ワクチン問題 推理遊戯

北研ワクチンの力価低下問題でキモになりながら伏せられている事項があります。それは、

    北研がいつ厚労省に力価が承認規格を下回ったかを報告したか?
役所用語は難しいのですが、たとえば出荷自粛といっても、厚労省からの自粛要請を受けて行うものであり、自粛解除もまたそうです。北研が行った自主回収もまた厚労省の指示の基に行われたと考えるのが妥当で、つまりはメーカーが自発的に行ったものではなく、厚労省の広義の監督許可の下に行われたものであるのは説明の必要もないでしょう。単純な図式で書けば、
  • 北研の報告が遅いのなら北研の責任が重くなる
  • 厚労省の対応が遅いのなら厚労省の責任が重くなる
だから北研から厚労省への報告が「いつ」は重要なポイントになります。ただ「何故」かどこにも書いてありません。あるのは断片的な情報だけなので推理遊戯してみます。


公式記録みたいなもの

これは2015.10.30に突如始まるって組み立てになっています。この日は3つの報告が並び立ちます.

このうち厚労省通達部分の冒頭部分を引用すると、

本日、第一三共株式会社から『はしか風しん混合生ワクチン「北里第一三共」及びはしか生ワクチン「北里第一三共」自主回収のお願い(別紙)』がプレスリリースされ、当該ワクチン製剤の力価が有効期間内に承認規格を下回る可能性があるため自主回収される見込みです。

どう読んだって厚労省と北研が事前に周到に打ち合わせを済ませた上のもであるのは明白です。発表の前に準備をする事自体は何の問題もないのですが、これでは「いつ」の判断材料にはなりません。わかるのは10/30より前だろうぐらいです。この辺の打ち合わせは入念のようで、北研が出した自主回収への見解の別紙には当該ワクチンが承認規格をいつ下回ったかの報告がなされているのですが、この別紙は新たな情報が入ると更新されているようです。たとえばこんな感じです。

20160227141612

更新履歴を見る限り初版は2015.10.29、つまり10/30に一斉公表される前日だった事になります。ほいでも10/29に北研から報告されて、10/30に即座に厚労省が動いたと信じる人は少ないかと存じます。こんなに即座に動けるお役所は警察ぐらいのものかと思います。もっとも前だったとするのが妥当かと存じます。それと10/30の北研の見解が「別紙-1」となっていますから、10/29には「別紙-2」以下を含む最終報告書みたいなものが提出されていたとも推測されます。そこには麻疹力価がどれぐらい低下していたかの具体的な数値、さらにそれをグラフにしたものなどがあったと推測されますが、今に至るまで公表はされていないようです。


自主回収から考えてみる

北研及び厚労省対応で不思議なのは「自主回収」を全面的に打ち出したことです。もちろん承認規格を下回る不良品を自主回収するのは道理なのですが、ちょっと表にしておきます。

麻疹風疹混合(MR)
ロット番号 製造日 承認規格切れ 有効期限
HF053A 2014.3.3 2015.5.3 2015.9.2
HF054A 2014.3.5 2015.5.5 2015.9.4
HF055A 2014.4.8 2015.1.8 2015.10.7
HF056A 2014.5.19 なし 2015.11.18
HF057A 出荷せず
HF058A 2014.12.10 現時点でなし 2017.6.9
HF059A 2014.12.14 現時点でなし 2017.6.14
麻疹単独
ロット番号 製造日 承認規格切れ 有効期限
MF005A 2014.11.27 なし 2015.11.26
MF006A 2015.8.22 現時点でなし 2016.8.21
まだ製造されてから3ヶ月の麻疹単独ワクチン(MF006A)まで入っているのは「疑わしきは回収する」の精神で良いかと思いますが、一方でMRワクチンのHF060A・HF061Aは回収対象外となっています。ロットの現物なんて手許に無いので確認しようがないのですが、HF060A・HF061Aの製造時期を推測すると
  1. ロット番号順に製造されているので、2014年12月製造のHF059Aより後である
  2. どうも同時に2ロット製造するらしい
  3. HF053A・HF054Aが2014年3月製造ですから、2015年3月ないしそれ以前
3.についてはワクチン製造なんて毎年似たようなスケジュールで行われるだろうの推測です。何が言いたいかわかりますか? 可能性として自主回収対象になった2015年7月製造の麻疹単独ワクチンのMF006Aより前に製造された可能性が「かなり」あるってところです。なぜに2015年7月製造の麻疹単独ワクチンが自主回収対象になり、それより以前に製造された公算の高いMRワクチン2ロットが自主回収対象外になったのかは一つのポイントの気はしています。ちなみにですが北研はHF061A以降はまったくMRワクチンを出荷していないとされています。つまりは力価低下の原因究明と改善に専念しているということで、業界の観測では2016年中の供給再開は難しいだろうとされています。

なぜに扱いの差が生じたのだろうかです。


長期安定性モニタリング対象ロット

北研の見解の「別紙-1」のオリジナルに注目すべき情報がありました。

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表の欄外に書かれているMF056Aに対する注釈に注目です。

長期安定性モニタリング対象外ロットであり、現在経時的データはないが、17箇月時点のデータを2015年11月2日に取得予定である

長期安定性モニタリング対象ロットってなんだ? って事になるのですが、おそらく奈良県の薬務課振興係によるものが参考になりそうです。必要部分だけ引用すれば、

20160227170420

これで謎の多くが解けた気がします。北研ワクチン問題での力価に対する情報量の乏しさは、毎月経時的にモニタリングしているロットは年間に1ロットのみであったからじゃなかろうかです。ただそう仮定しても疑問符は一杯残り、常識的に考えて製造から10ヶ月目(2015.1.8確認)に力価の不足が発見されたHF055Aをモニタリングしていそうなものですが、そんな事が起これば以後や以前のロットのモニタリングもやりそうなものです。にもかかわらず10.29時点の報告ではHF056Aはデータさえ存在しません。

ん、ん、ん、なんとなくわかったぞ。推測になりますが長期安定性モニタリング対象ロットでないロットについては、有効期限の最後に確認だけやってるんじゃなかろうかです。有効期限の最後に力価を測定し、これが承認規格を上回っていたら有効期間中はすべてクリヤの確認です。ところが開けてビックリで最終力価が承認規格を下回っていた事がわかったぐらいと推理します。そういう目で見ると回収対象ロットで早く有効期限が切れるのはHF053Aの2015.9.2です。まあHF054Aも9/4ですから同時に検査したのかもしれません。


承認規格を下回った時期は完全に推測です。初期力価は検定の時に検査されるはずですから、前に私が作ったようなグラフを作り「経時的」に毎月モニタリングを行っていたと仮定したら「いつ」発見したかを算出したんじゃなかろうかと思います。でもってこの時のHF053Aの力価が1900FFU/0.5mlだったと。ではでは、2015年9月時点ですぐに北研が報告したかどうかは疑問が残ります。理由として、そういう事態が発生したら現行ロットのすべての経時的モニタリングを厚労省は命じそうなもので、私が担当者であったならそうします。それが為されていないのは2015.10.29段階でもHF056Aのデータが提出されていない点でわかります。

「どうも」ばかりで申し訳ありませんが、可能性としては2つで、

  1. 2015年9月初旬の時点で北研は厚労省に報告したが、厚労省からの次の指示が10月、それも後半に入ってからのものになった
  2. 2015年9月初旬の時点で北研は力価の低下の第一報を手にしたが、これをさらに確認するために同一ロットの他のバイアルでの検査確認、社内での対策会議に手間取り報告は10月後半になった
これぐらいは考えられます。この推理も弱点があって、なぜにMRワクチンのHF060AとHF061Aが自主回収の対象になり、麻疹単独のMF006Aが自主回収の対象になったのか説明が出来ない点です。やっぱり限られた情報で推理をするのはどうしても限界があります・・・ねぇ。ただこの推理がそれなりに合っていたら、北研に対する厚労省の態度が理解できる部分はあります。北研自体は定められたマニュアルに沿ってモニタリングし、その結果を報告しただけになるからです。コンプライアンス的には大きな落ち度はないぐらいの解釈です。

これで正しいのかどうかは・・・情報不足で判明しません。あえて言えば、この推理に近い真実を公表したら、次は全医薬品のロット毎の長期安定性モニタリングなんて話に進みかねないのと、そうなるのは厚労省的には避けたい意向ぐらいがあるぐらいを考えたりします。