診療所数統計・返り討ち編

前回は診療所数が市場原理に従って増減しているんじゃないかの仮説を人口指標でやってイマイチの分析結果になっています。近畿圏とか説明が出来そうなところもありましたが、首都圏とか中京圏とかの説明になると「???」てなところです。そこで指標を変えてリベンジに臨みます。それにしても面倒臭くて力尽きそうになりました。


患者調査

患者調査とは、

入院及び外来患者については、10月中旬の3日間のうち医療施設ごとに定める1日。退院患者については、9月1日〜30日までの1か月間。(国への提出期限12月中旬)

つまり10月のある1日の患者数の定点調査です。ここから1日の外来患者数が引っ張り出せるのですが、私が引用したデータにはこういう注意が書かれています。

病院−一般診療所の総数には、歯科診療所を含む。

正直困ったと思いました。歯科と医科が一緒の集計なら外来患者数がはっきりしなくなります。とはいえ探しても歯科なり医科なりの都道府県ごとの集計も見当たりません。ところがですがある集計表を見てみると、どうも歯科診療所を含んでいないと判断できる材料がありました。一部を示しますが、

項目 平成2年 5年 8年 11年 14年 17年 20年 23年
病院外来 1977.1 2083 2260.6 2132.7 1952.5 1866.4 1727.5 1659.2
一般診療所外来 3644 3631.1 3767.7 3553.6 3377.6 3948.9 3828 4238.8
歯科診療所外来 1244.4 1258.9 1301.6 1149.7 1147.9 1277.2 1309.4 1362.5
3部門小計 6865.5 6973 7329.9 6836 6478 7092.5 6864.9 7260.5
外来総数 6865.4 6973 7329.8 6835.9 6478 7092.4 6865 7260.5
ここから考えると注意書きの趣旨は、集計にある「総数」とは病院と一般診療所の合計ではなく、さらにこれに歯科診療所の合計を足したものとしている事がわかります。エエイややこしい。
病院外来と診療所外来
前回の時に診療所数の増減にムラガある原因の一つに外来患者が病院外来に集まっているんじゃないかの指摘がありました。これを検証してみると、
診療所はさておき病院外来は1996年頃を頂点に漸減傾向にあるのが確認できます。それでも高齢者は多いの意見もありましたが、
65歳以上でも、70歳以上でも病院の外来数は横這いです。もちろん地域事情はあるでしょうが、高齢者の受診が増えているように勤務医が感じるのは外来総数が減っている中で高齢者の受診数は変わっていないので、相対的に高齢者が増えたのを「高齢者の受診が増えた」としている可能性がありそうな気がします。後はオマケみたいなものですが、昔と比べて65歳でも元気で受診数が減っているんじゃないかの意見がありました。65歳以上の高齢者の推移と共に示します。
65歳以上の高齢者人口がこれだけ増えているのに65〜69歳の受診者数は減っています。そのぶん70歳以上の高齢者にシフトしていると見る事も出来そうです。
開業トレンドは市場原理に副っているか
この仮説の証明が今回の本当の目的ですが、正直なところコレと言ったものを見つけられませんでした。とりあえず診療所外来数を診療所数で割った1日当たりの外来患者数と人口10万人対の診療所数の推移です。
あんまり相関性を感じないものです。最近は在宅診療があって一概には言えないのですが「外来患者数 ≒ 診療所収入」は考え方の基本です。うちなんてそれしか収入がありません。全国平均と地域事情は相違すると言っても、外来患者が減少傾向にあれば開業数も減りそうなものですが、グラフに示した2つの数字はそんな事に無関係で動いているようにしか見えません。全国津々浦々の事情を分析するのは膨大すぎるので近畿圏と首都圏だけ少し見てみます。
近畿圏
近畿圏の特徴は
  1. 大阪、京都は頭打ち
  2. 奈良を別格としても和歌山、兵庫、滋賀は増加傾向を示す
  3. 和歌山は50万人当たりの診療数が日本一である
まずは府県ごとの平均患者数です。

30〜45人ぐらいのゾーンに収まるのですが、その中でも多い目なのが滋賀・兵庫、中ぐらいが和歌山で、下の方が大阪・京都・奈良とでも見れば良いでしょうか。この中で診療所密度日本一の和歌山と、診療所伸び数日本一の奈良をもう少し見てみます。
和歌山は印象として満杯ってな感じです。一方で奈良は平均患者数はたしかに低いですが、それよりこんだけ増えても「減っていない」点を注目すべきなのかもしれません。滋賀より奈良が注目される本当の理由はなんだろうと言うところです。


首都圏

ここもまず都県ごとの平均患者数の推移を示します。


ほぅ、首都圏は40〜50人ぐらいのゾーンになるようです。近畿圏より診療所密度が薄いのですから高くても不思議ないのですが、東京でも結構高い気がします。ただなんですが、2011年度データは「どうも」震災の影響があるようで、それまでにくらべてポンと跳ね上がっている印象があります。とくに東京と神奈川に感じます。ですから本当は30〜50人ゾーンぐらいで、多い組が茨城・埼玉・千葉、少ない組が東京・神奈川ぐらいの感じでしょうか。ここも震災バイアスの有無は次回の調査結果が必要そうです。首都圏の特徴は、
  1. 東京は頭打ちから漸減傾向
  2. 東京が溢れれば増えるはずの千葉・埼玉・茨城・神奈川にさほどの増加傾向が見られない
ここで千葉と埼玉を見てみます。
近畿圏の奈良・和歌山と比べてもらえると判りやすいと思います。たしかに診療所あたりの患者数は千葉・埼玉の方が多いのですが、格段に診療所数が少ないのがわかります。ごくごく平凡な結論ですが、
    人口当たりの外来受診数が千葉・埼玉は少ない
それでも奈良・和歌山より診療所あたりの患者数は多いのですから増えても良さそうなものですが、ひょっとしたら開業適地の地価とかテナント料が高く、この患者数ぐらいが収益分岐点となって増加を抑制しているのかもしれません。ただ収益分岐点説では「なぜに東京はあんなに多い」の矛盾が出てきますから、これ以上はわからないです。後はオマケですが東京の病院は高齢者外来を多く引き受けているの意見もありました。だから隣接県の診療所が増えないです。これもちょっと検証してみます。手法はシンプルで「病院 / 診療所」の比の推移を見ます。この数値が大きいほど外来患者の病院外来の比率が大きいことになります。
   
全国に対して多い年もありますが少ない年もあり、特異的に東京の病院が外来患者(高齢者も同様)を多く引き受けている訳でもなさそうです。東京もまた他の道府県と同様に病院外来の対診療所比率は確実に低下しているのまた確認できます。


高齢化率

診療所密度日本一の和歌山と最低の埼玉の間には人口当たりの外来受診数の差があるのはわかります。では何故にそんな差があるかです。誰でも思いつくのは高齢化率です。本当にそうか奈良・千葉も加えてグラフにしてみます。


ちなみに2010年度時点で一番高齢化率が高いのは秋田で29.5%。和歌山は7位、奈良は29位、千葉が41位、埼玉は43位です。ここで平均もかなり偏りがあって、平均より低いのは12都県しかありません。列挙しておくと、
    茨城、宮城、福岡、大阪、栃木、千葉、滋賀、埼玉、愛知、神奈川、東京、沖縄
ここまで抽出して少しだけ関連性が見えてきた気がします。高齢化率の低い都道府県は基本的に開業を避けられやすいです。ただし大都市部は除くぐらいならある程度説明は可能です。tadano-ry様が滋賀の増え方が奈良より少ないのは意外としていましたが、奈良と滋賀では3%ぐらい高齢化率に差があるからかもしれません。それでも今は相対的に高齢化率が低いところもいずれ増えるから、かえって将来性があると言う見方はできないかの意見もあるかと思います。でも私はなんとなくわかる様な気がします。開業と言うのは人生の一大事業であるにも関わらず、結構大雑把なマーケティングで行われる事が多い気がします。もちろん個人が集められるデータは限界があるので仕方がないのですが、せいぜい参考にするデータは、
  1. 診療圏になりそうな今の人口
  2. 競合医療機関の存在
私も住民基本台帳のデータを見ながら「子供はいそう」とか、医療機関マップを見ながら「ここにも小児科があるんだ」みたいなぐらいのデータ収集が当時は精一杯でした。もう一つ「今」のデータに寄りかかるのは診療所経営の開業時の短期事業計画に関わるからです。事業計画と言うと大層ですが、とにかくテンコモリの借金がありますから、1日も早く軌道に乗せないと廃業の憂き目にあいかねないぐらいのところです。10年先とか、20年先に宝の山が出てくるなんて長期の視点はまず出来ないぐらいでしょうか。だから「今」のデータにこだわって開業地を選択するのは浅慮とするのは言い過ぎの気がします。


それでもわからん

苦労して部分的な説明はやってみましたが、どう言い訳してもかなりの力業です。ある程度高齢化率に連動しているところはあるのは間違いないでしょうが、たとえば奈良とこれも診療所密度が低く(全国46位)、増加ペースも奈良の半分以下の茨城との高齢化率の差は1.6%です。たった1.6%で本当に説明できるのかかなり疑問です。なにかそれ以外の因子があるんじゃないかの疑問だけが残った次第です。中京圏の謎もmoto様のコンサル説は面白かったですが、これですべてを説明できるかも謎です。もしコンサル説なら近畿圏では奈良に超凄腕のコンサルがいて次々に引っ張り込んで開業させている事になります。医師ならそんな事も「ありえそう」と言えばそれまでなんですが、これですべてを説明してしまうのも無理がある気がしています。

とにもかくにも調査は個人の限界を超えたと判断し、この辺で終わりにさせて頂きたいと思います。