6600人で420人の初診への素朴な疑問

昨日も取り上げた神戸大救急部の4/16付神戸新聞記事からです。

制限の対象は過去に同病院を受診したことがない患者で、同病院が昨年1年間で受け入れた救急患者約6600人では約420人(約6%)が該当するという。

私は独立した救急部があるような病院への勤務経験がありませんので「素朴な疑問」です。まず6600人は延べ患者と見て宜しいかと思います。根拠はわざわざ初診患者の数が別に書かれているからです。6180人が再診患者で420人が初診患者と読めますから6600人は延べ患者数として良いかと思います。この初診と再診ですがこれも診療報酬上の定義に基づいていると考えられます。

病院と診療所では初診と再診の位置付けは若干異なります。基本は同じなのですが、病院の場合は複数の診療科に受診する場合があります。ここも複雑なのですが単純化して言えば、病院のどこかの診療科で治療中であれば、他の診療科を受診しても原則として再診となるです。診療報酬表には

現に診療継続中の患者につき、新たに発生した他の傷病で初診を行った場合には、当該新たに発生した傷病について初診料は算定できない。

うちで言えば顔の湿疹で初診で受診し、その治療の継続中にインフルエンザになっても再診になります。小児科診療所ならスケールはこの程度なのですが、大学病院クラスになると顔の湿疹(こんなもので初診するかは置いといて)の治療継続中に交通事故で担ぎ込まれても再診に「たぶんなる」と思われます。病院の実務を存じませんが、診療報酬の定義からはそうなりそうな気がします。

小児科診療所では初診は多くなります。そりゃそうで、たとえインフルエンザであっても一定の期間が経過すれば治癒します。治癒すれば診療の継続は終了し、次の他の疾患での治療は初診になります。ただ成人、とくに高齢者となると減ると思います。半年ほど内科を担当した事がありますが、殆んどが慢性疾患の患者で当然のように再診患者が主体となります。

数字はウロ覚えなんですが、かつて(今でもあるのかな?)紹介受診比率で診療報酬が加算されるというのがありました。この比率の分母が初診患者数になります。当時の勤務病院がこれを取得しようとした時に壮大に足を引っ張ったのが私の小児科でした。産婦人科、内科、小児科の3科しかない小病院ですが、分母をひたすら量産したのが小児科で、ついに目的は達成できませんでした。そういう診療科ですから「しゃ〜ない」てなところでしょうか。


話は神戸大救急部に戻しますが、6180人の再診患者は何らかの形で神大病院で治療継続中であった事になります。常識的に考えて救急部の外来で治療継続中の患者は多くないでしょうから、他の診療科で治療継続中であったと考えるのが妥当です。そうなると救急部でありそうな風景である、救急車等で重症患者が運び込まれてくるなんて風景は初診患者420人の中からしか起こっていないで宜しいのでしょうか。

もちろん普段は慢性疾患とは言えもっと平穏な疾患の治療継続中の患者が重症な疾病、たとえば脳出血とか、心筋梗塞とか、交通事故で担ぎ込まれる事もあるでしょうが、完全に初めての初診は全体の6%であったと言う事になります。でもって再診患者での本当の意味の重症者の比率が高いか低いかですが、かなり低そうな感触があります。なぜなら9人中6人が退職しても420人の制限で継続可能となっているからです。内情は6120人の再診患者を維持するために大変なのかもしれませんが、考え様によっては他の病院への初診患者の負担増は年間420人です。1日平均にすると1人ちょっとです。これなら影響は大きくないと見れるかもしれません。


私は神大に救急部があった事さえ良く知らなかった人ですから憶測に過ぎませんが、数字だけを見ていると救急部と言ってもドラマの様に派手なシーンは案外少なく、他の診療科の時間外再診担当みたいな側面がありそうな気がしました。ちょっと古いのですが32. 産業医大救急外来受診患者に関する実態調査 (第12回産業医科大学学会総会学術講演会記録)に1994年の産業医大の7月分(4週間分)の救急部受診記録があります。再掲すると、

分類 人数 入院 調査期間
産業医大かかりつけ 197 10% 1994年7月4日から7月31日
産業医大医師の指示 98 20%
産業医大医師に悪化時受診を指示された 87
他院からの紹介 28 60%


1994年7月の産業医大救急部の延べ受診者数が410人。このうち382人が再診、28人が初診と見る事は可能かと思われます。1994年7月の初診患者率は6.8%になり、神大救急部データに近いものになります。ちなみに1994年7月の産業医大救急部の受診者数を年間延べ数に概算すると5000人程度になり、これも神大救急部に近いデータになります。

あくまでも仮定ですが産業医大データを当てはめると、再診患者の入院比率は15.0%ぐらいで実数は60人弱程度です。初診患者の入院実数は17人程度です。神大の方が2割弱ほど多いので

    初診入院:20人
    再診入院:70人
こんなものでしょうか。さらに神大救急部は北米ER型に体制変更を行うとしています。北米ER型を単純に言えば救急部は初期治療に専念し、その後に入院診療が必要となれば他の専門診療科なり、集中治療部等に受け渡すシステムです。もともと神大病院で治療中の疾患の増悪による入院なら、元の診療科で入院するのがベターかと思われます。う〜ん、9人中6人減っても外来6120人が維持できて、完全な初診入院である3割弱程度セーブすれば維持可能と解釈しても良いのでしょうか。素朴な疑問としておきます。


ここからの連想です。これはJSJ様のコメントで、

まったくの憶測ですが、
今までは、6600人の救急患者のうち6180人は 救急部を素通りしてそれぞれのかかりつけ科が診て、救急部が診ていたのは420人だけだったのが、
新体制では6600人全員をまず救急部で診る、ということになったんじゃないですかね。

6600人と言っても1日平均にすれば18人程度です。ましてや420人では1人強になります。これぐらいは9人も救急医がいれば診ていたと思います。一方で従来の体制は入院も含むかなりの程度まで救急部で診療していたらしいからです。入院患者の流れとして、

  1. 再診患者からの入院のうち、元の診療科の疾患が増悪したものは元の診療科に入院
  2. 初診及び、元の診療科と関連が薄い疾患での入院は救急部入院
産業医大データを参考にすれば、月に20人程度が救急部入院で、残りは他の診療科が入院を引き受けていたんじゃなかろうかです。救急部の医師減少により救急部入院の維持が難しくなったので、とりあえず初診からの救急部入院は制限したです。ここでわかり難いのは救急部を北米型ERに変換するのは既定路線である事です。何を言いたいかですが、北米型ERでは基本的に入院部門を切り離すはずだからです。

移行期ですからしばらくは入院部門も維持されるとは思うのですが、新教授が着任すれば速やかに縮小・切り離しの方向に向かうと考えるのが妥当です。そうなっても初診患者は受診しますが、入院が必要になっても救急部での入院を以前ほど顧慮する必要がなくなります。であれば何故に初診患者の診療制限が必要になったのであろうです。救急外来自体は医師が減っても94%は診療可能としているからです。


なんとなくですが、北米型ERへの体制変換はそれほど一枚岩で意見としてまとまっていない気がします。教授の公募条件からして基本方針として打ち出されているものの診療科の中には根強い異論があるんじゃなかろうかです。日本で北米型ERを行なう時の最大のネックは救急部から各診療科への入院患者の受け渡しです。ここでの摩擦は大きな問題になります。

診療制限と言っても外来数ならわずか6%、入院は推測の概算ですが救急部からの3割弱程度です。これをわざわざ制限しないとならないのは、救急部からの入院ルールの作成と言うか、調整が「これから」なんじゃなかろうかです。で、移行までには救急部入院部門は調整弁として必要であり、これが人数的に維持が難しくなったぐらいの見方です。

ま、北米型ERになり外来部門に専念となるので、現在の6600人なり7000人より「もっと救急を引き受けろ」の意見も出ているのかもしれません。そりゃ入院部門がなくなれば売上は必然的に落ちますから、その分を外来で稼げは経営として出てきても不思議ありません。だから辞めたくなったのかもしれません。