医師会と独禁法

話として聞いてはいたのですが、実際に原文を読んだ事がなかったので御紹介したいと思います。モトネタは昭和56年8月8日公正取引委員会(改正:平成22年1月1日)の、

少々長いので分割しながらご紹介します。


新規開業等の制限に関する行為

まず「考え方」として、

新規開業をしようとする医師が、医師会に入会を希望している場合に、医師会が、これを拒否して新規開業を不当に制限したり、会員の分院の設置、増床等についてこれを不当に制限することは、原則として違反となる。しかしながら、他の医療機関の活動状況等に関する情報を提供したり、合理的な範囲内の助言をすることは、原則として違反とならない。

これだけでほぼOKぐらいの内容ですが、参考例(具体例)を読むと実に徹底しています。

原則として違反となるもの 新規開業をしようとする者に対して、規約、内規等により特定地域における医療機関の数の限定、距離制限その他の基準を設け、その開業を不当に制限すること
新規開業をしようとする者に対して、その近隣の既設の医療機関の開設者等との間の調整を行い、調整にしたがわない場合には、新規開業をしようとする者の入会を認めないこと
会員の分院の設置、増床等について特定地域における医療機関又は病床の数の限定、距離制限等の方法により分院の設置、増床等を不当に制限すること
新規開業の制限を目的又は効果としてもつ高額な入会金、負担金等を徴収すること
違反となるおそれがあるもの 入会希望者の入会申請手続上、近隣の会員等の推せん等を要求すること
医療機関の開設希望場所を他所にするよう要請し、又は、代替地を斡旋すること
医療機関の標榜診療科目を調整すること
社会通念上合理性のない高額の入会金、負担金等を徴収すること
原則として違反とならないもの 新規開業をしようとする者に対して相談に応じ、他の医療機関の分布状況、地域の特性、人口分布等についての情報を提供するなど、合理的な範囲内において助言すること
医療機関の分布状況等を含め、適正な医療の供給について調査、研究、啓蒙等を行うこと
社会通念上合理的な範囲内の入会金や合理的な計算根拠に基づいた負担金等を徴収すること


平たく読むと新規開業を望む医師に対し
  1. 開業を拒むような行為は認められない
  2. 医師会入会を拒むような行為は認められない
こうさせて頂いても宜しいかと思います。ほいでもなんですが、新規入会希望者(新規開業者)が現れると医師会は入会審査を実際のところ行っています。周辺地域の競合医療機関の考慮、標榜診療科の問題等々です。でも公取委勧告からすると、医師会として単に「お願い」しているだけの事であって、一片の強制力もない事がよくわかります。少しでも強制力を行使すれば悉く独禁法に抵触します。

今さらですが、医師会には開業医の配置に関する強制権限は一切なく、それを匂わせただけで「違反のおそれ」になり、強制力が発揮されれば「違反のおそれ」です。逆に言えば医師会にそういう機能を期待しても無駄と言う事です。ま、取り戻そうと最近しきりに提案しているみたいですけど。それはともかく個人的に非常に気になったのは、「違反となるおそれがあるもの」に、

    社会通念上合理性のない高額の入会金、負担金等を徴収すること。
これは私も払う事になった入会金については独禁法違反に抵触しないのでしょうか。あの金額は結構「高額」で支払うのに四苦八苦しました。私があんまり四苦八苦したもので、悪しき前例として入会金の支払遅延に対するペナルティ規則が出来たぐらいです。もう私の場合は過ぎ去った事ですが、「高すぎる」と公取委に相談したらどうなったかは興味深いところです。

ただなんですがここもエラい厳しいように読めますが違和感があります。地域柄があるので一概には言えないのはもちろんですが、延々と書いてある独禁法違反の前提はどうも、

    開業するには医師会への入会が必要である
これがあるように読めます。しかし1981年に公取委勧告が為されてから30年以上が過ぎ、医師会に入会せずに開業するのはさして奇異なものとも思われなくなっています。下手すると開業時のオプションの一つぐらいです。地元対策として入会しておく方が良いか悪いかぐらいの価値に確実に低下していると感じています。そうなってしまっているが故に、個人的に新規入会の阻害と書かれても、もう一つ実感が持てなくなっています。

どちらかと言うと新規開業医は医師会に入会して欲しい時代に変わりつつある(変わっているところもあります)点からすると、すごい厳しそうな事が書いてある様に見えても、当たり前の事が書いてあるだけに見えない事もありません。ですから逆に入会金が高いとしても、入会しない選択が形式的にも実質的にも確保されてしまっているので空文化している部分が多いように感じます。


医療機関の事業活動に対する不当な妨害に関する行為等

まずは考え方ですが、

医師会が、団体として会員又は非会員が開設している特定の医療機関の事業活動に対して、不当な差別的取扱いをしたり、不当な圧力を加える場合には、原則として違反となる。

ちょっとピンと来難いのですが、具体例を出してみます。

原則として違反となるもの 会員又は非会員の行政機関等からの委託事業の受託について、これを不当に妨害すること
優生保護医の指定に際して、非会員を合理的な理由なく差別的に取り扱うこと
医薬品、医療設備等の共同購入、その他の共同事業を行う場合に、会員にその利用を強制し、又は、その利用について特定の会員を不当に差別的に取り扱うこと
医薬品、医療設備等の供給者に対して、特定の会員又は非会員に販売しないよう不当に圧力を加えること


私に関係するようなお話なら、公費予防接種や公費乳児健診の事業参加を希望した時に、これを拒めば独禁法違反になるぐらいの理解で宜しいかと思います。優生保護法や物品販売についても、かつてはこういう事が行われていたんだろうと言うぐらいです。


自由診療料金表及び文書料金表の作成に関する行為

ここもまず考え方です。

自由診療料金や文書料金を医師会が決定している場合には、原則として違反となる。また、標準料金等会員の料金設定の基準となるものを決定している場合にも、原則として違反となる。

なかなか厳しいところです。決定はともかく標準料金の決定も違反だそうです。具体例も

原則として違反となるもの 自由診療料金や文書料金を医師会で決定すること
自由診療標準料金や文書標準料金等会員の料金設定の基準となるものを決定すること
違反となるおそれがあるもの 共通の料金設定に役立つ、作業量、技術的難易度等に関する指標等を決定すること
原則として違反とならないもの 医薬品、医療設備等の価格に関する、公正かつ客観的な比較資料を会員に提供すること
個々の会員にそれぞれの料金表を提示するよう指導し、又は、合理的な範囲内でその料金表の様式を統一すること


ここも平たく言えば、医師会は自由診療の料金設定に対し口出しは出来ないぐらいの解釈でよいかと思います。時々、証明書や診断書の文書料が医療機関によってマチマチである事への不満が出る事がありますが、この不満を医師会に持ち込むのはお門違いである事が確認できます。医師会が不満を聞くのは良いとしても、その対策を実質として行えば独禁法に抵触するぐらいのところです。


診療時間及び広告に関する行為
ここは具体例だけ挙げておきます。

原則として違反となるもの 診療時間の制限を定めること
広告宣伝について制限を行うこと
原則として違反とならないもの 緊急当番医制を実施し、又は、実施しようとする場合において緊急当番医の診療時間を定めること
医師の健康の保持や従業員対策上の配慮から、会員にその遵守を強制しない診療時間の目安を定めること


広告の制限はあくまでも医療法の制限以上のものであるものを指します。ここも平たく考えると医師会は医療法の規制以上の広告制限を自主的に上積みする事を禁じられているぐらいと解釈しても良さそうです。上積みも禁じられているわけですから、違法な上積み規制の上での医師会としての処分など論外ぐらいで宜しいかと存じます。

緊急当番制はまあ良いとして、診療時間は、

    医師の健康の保持や従業員対策上の配慮から、会員にその遵守を強制しない診療時間の目安を定めること
これどう取れるかわからないのですが、「診療時間 = 外来診察時間」で良いのでしょうか。もっと言えば公示される診察時間と解釈すべきなんでしょうか。ここも内輪話をしておけば、地域柄によって異なるとは思いますが、当地では医師会員が診察時間の変更を行うときには、手続きとして医師会の承認を経る事になっています。ま、議論として他の医療機関への影響云々が行われたりしますが、あれも茶番ですねぇ。

いかに理事連中が反対しようとも、他の医療機関への「迷惑」程度の理由で却下しよう物なら「診療時間の制限」に該当しかねず、殆んど医師会に勝ち目はないでしょう。あえて言えば「遵守を強制しない目安」をお願いするためにやっていると言うところでしょうか。結構議論時間は長いんですよねぇ、とくに診察時間を拡大する時には・・・。


話として今まで聞いていた事がほぼ確認されましたが、いくつか「へぇ、そこまで具体的に言及されているんだ」って事もあったのは収穫でした。