インフルカルテル

4/23付読売新聞より、

ここからタイトルは借用しております。まず何であってもカルテルはいけません。

身近な予防接種にまつわる不正に市民からは憤りの声があがる

ほら、市民の方も怒られています。もっともこんな怒りの声もあるように仄聞しています。

    何故にA医院とBクリニックでは値段が違うんだ!
なにせ「身近な予防接種」ですから、こういう憤りの声も上がることもまた仄聞しています。もちろんこういう憤りの声に応えて価格統一なんてやれば、インフルカルテルとして憤りの声だけではなく、公正取引委員会まで乗り出してきますから、こっちの憤りの声は耐える方が良さそうです。


インフルワクチン収益

どうも世の中にはワクチン接種で医師は大儲けしていると見ておられる方が多いように感じます。たぶん保険診療と較べて窓口での直接の支払が多いのでそう思われているんじゃないかと考えたりしています。ではでは実際はどれぐらい儲かるものなのかです。これも基礎資料はありまして、ワクチン1本(1ml)の問屋価格はおおよそ2000円です。成人は0.5mlが1回分の接種量になりますから、1回分のワクチン価格は1000円です。そこから単純すぎる粗利益表を作ってみます。

接種価格 10人 50人 100人 500人 1000人
2000円 1万円 5万円 10万円 50万円 100万円
3000円 2万円 10万円 20万円 100万円 200万円
4000円 3万円 15万円 30万円 150万円 300万円
5000円 4万円 20万円 40万円 200万円 400万円


計算上は接種価格5000円で1000人接種すれば400万円にはなります。ただここで問題になってくるのは接種期間です。公的にはおおよそ10月から1月の4ヶ月となっていますが、実質は10月中旬から12月までの2ヵ月半の10週間ぐらいです。この間に1000人接種するとはどう言う事かです。1人5分としても5000分、83時間ほどかかります。標準的なクリニックの1週間の診療時間を30時間とすれば、2.8週分をインフル接種に費やす必要があります。

100人ぐらいならどうって事はありませんが、1000人となれば必然的に一般診察に影響します。診療科にもよりますが収益的には「接種 < 診察」です。1000人も接種していれば一般診察分がどうしても減ってしまうです。診察時間を伸ばせば良いの意見もあるでしょうが、待ち時間が長くなるのは避けられず、最悪かかりつけ患者に逃げられます。インフル接種期間より「その他期間」の方が長いので、かかりつけ患者に逃げられるとトータルとして非常に痛い事になります。

インフルを儲けるほど接種すれば今度は一般診療の減益に通じかねず、400万円がそのままボーナスになるとは必ずしも言い難いとすれば良いでしょうか。それと接種価格としての5000円は市場価格としてやはり結構高いと思います。つまり5000円で1000人の接種者を集めるのは非常に難しいと言う側面もあります。1000人の接種者を集めるには普段の診療でも多くの受診患者を持っていないと難しく、そういうクリニックで1000人もさらに接種する余力はあんまりないと言うところです。1人で1日に対応できる患者数はどうしても上限があります。


インフル価格

少なからぬ医師の本音としてインフル接種は業務としては魅力的とは言えません。そりゃ、同じ説明、同じ手技になるからです。これも診察の間に混じるぐらいなら気にもなりませんが、延々と続くとウンザリします。たとえば1日100人なんてやろうものなら延べ8時間ほど必要で、8時間といえば診察時間のすべてに該当します。朝から晩までひたすら同じ作業を行うのは相当辛いと言うところでしょうか。

業務としてはあんまり面白いといえなくとも、予防接種は意義のあるものですから、積極的に行っているクリニックもあります。うちも前向きに接種させて頂いています。そうやって接種人数の多いクリニックでは、もちろん一概には言えませんが出来ることなら高い価格設定を望みます。これだけ苦労してやっているのですから、せめてそれに相応しい見返りが欲しいです。

では現実に高い価格設定をしているところが接種に前向きであるかと言われるとチト違うと思っています。あえて高い価格設定を行っているところは、「出来たら他所でやってくれ」のメッセージを含んでいるところも多分にあると考えています。多人数を引き受ける時間も余力もないと言うところでしょうか。

ほいじゃ低い価格設定のところはどうかです。これもまた一概には言えませんが、予防接種は一種のサービスに位置付けているところもそれなりにあります。つまりは予防接種での収益はさほど望まないです。もちろんその分の収益減は一般診察でカバーするです。ただそういうところでは、接種人数の上限を設けているところも少なくありません。そりゃそうで、バンバン接種すればサービスの領域を越えて経営を圧迫してしまうからです。


ここであえて価格を下げて、接種でより薄利多売を望む路線は存在しないのかです。ゼロとは言いませんが、あんまり多いとは思えません。とくにインフルは季節限定ですし、それ以外の季節はどうするかの経営問題が出てくるからです。それより何より、2000円程度の低価格に設定すると2000人接種しても200万円です。これじゃ診療所経営は成立しません。200万円と言っても、そこから人件費、光熱費、家賃、負債返済モロモロが出て行くわけです。

実感ないかもしれませんが、月に2000人接種するとなれば、ほぼ連日100人ぐらいは接種する必要があります。いくらワクチンの意義に前向きの医師でも、これをやれと言われると相当辛いものがあると思っています。はっきり言って私は嫌です。


集患対策

これもよく言われます。経営が振るわないクリニックが集患の呼び水として出血覚悟のサービス価格で接種するです。これもまた集患法の一つでしょうが、どうですかねぇ。私の狭い経験では言うほどの効果は乏しそうに思います。地域柄もあるので無効とは言いませんが、非常に有効とも言い難い気がしています。とりあえずのネックは出血大サービスを宣伝しにくいと言うのが大きいように思います。

現実的に出来る宣伝はクリニックのドアにポスターを貼るか、ホームページに書くぐらいです。経営が振るわないぐらいですから、ポスターの効果はせいぜい「かかりつけ」プラスα程度でしょうか。ホームページはまだしも有効そうですが、集まってくるのは「とにかく安いところ」を求める人がどうしても多くなります。そういう人は医療機関の利用も割り切っていますから、集患にどれほど寄与するか・・・私にはわかりませんねぇ。


禁じ手

これはssd様のところにあったコメントですが、

えーっと、予防接種の際に一緒に診察したという体裁で保険診療をくっつけて、その分で利ザヤを稼ぐというやり方をよく聞きます。でも、予防接種を受けに来た人は基本的に健康なはずなので(もちろん、慢性疾患などは別ですが)、「全員にこのやり方をすることで予防接種料金に相当する部分を安く上げる」というのが健保にバレたら、相当怒られます。下手すりゃ詐欺行為で保険医停止までありえます。

正直なところ仰天しました。「そこまでやるか」の世界です。コメントにあるように保険審査は甘くはありません。発覚すれば保険医資格喪失のリスクまでありますから「ようやるわ」の感想です。予防接種の割引きのために保険医の資格を天秤にかける行為はどう考えたって割に合うとは思えません。そうそう、

    もちろん、慢性疾患などは別ですが
これも厳密には混合診療としてアウトです。やるなら自由診療である接種が終了し、会計も済ませ、一旦院外に出てから、もう一度保険診療としての受診手続きを行うぐらいの事が建前として求められます。くれぐれもお気をつけ下さい。