助産師会の実力

医政発第1205003号「分晩を取り扱う助産所の嘱託医帥及び嘱託ずる病院-又は診旛所の確保について(協力依頼)」という通達があります。宛先は社団法人日本助産師会会長殿となっています。通達の趣旨は、

 昨年6月の「良質な医療を提供ずる体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律」の成立により、本年4月から分娩を取り扱う助産所の開設者は分娩時等の異常に対応するため、医療法(昭和23年法第205号。)第19条及び医療法施行規則(昭和23年厚生省令第50号。)第15条の2第1項及び第3項に底づき、嘱託医師については産科又は産婦人科を担当ずる医師を嘱託医師とすること、及び嘱託医師による対応が困難な場合のため、診療科名中に産科又は産婦人科及び小児科を有し、かつ、新生児への診療を行うことができる病院又は診療所(患者を入院させるための施設を有するものに限る。以下「嘱託医療機関」という。)を確保することとされました。

この法改正による経過措置が今年の3月で切れるので、それに対する対応の通達のようです。法改正の要点をまとめておくと、従来医師でありさえすれば嘱託医師だけでOKであったのが、

  1. 嘱託医師については産科又は産婦人科を担当ずる医師を嘱託医師とすること
  2. 診療科名中に産科又は産婦人科及び小児科を有し、かつ、新生児への診療を行うことができる入院できる病院又は診療所の確保
助産所の嘱託医師は産婦人科医の方が良いに決まっていますし、嘱託医療機関も搬送するとなれば、平和な状態で行く事は無いので、産科だけではなく新生児の治療も可能であるところが望ましいのは当然でしょう。法改正の趣旨は女性が妊娠中及び分娩時に突発事態が生じた時に、手厚いバックアップ体制を構築する事を助産所に求めていると考えられます。

とは言え、小児科医がおり、新生児医療まで対応できる医療機関はそうは多くありません。開業の産科医ではこの条件をクリアできているところがどれほどあるかと言えば、非常に限られていると考えます。そうなれば、

既存の助産所については来年3月までの経過措置が講じられておりますが、現時点において未だ嘱託医師及び嘱託医療機関が確保されていない助産所があるところです。

確保は容易ではないだろうぐらいは推察がつきます。そこで、

なお、こうした現状を踏まえ、助産所の嘱託医師及び嘱託医療機関の確保を一層推進ずるため、今般、別添のとおり各都道府県知事に対して通知を発出しておりまずので、ご参照いただきますようお願いいたします。

嘱託医師及び嘱託医療機関の確保のための一種の救済策を通達していると考えられます。それで別添の都道府県知事への通達(医政発第1205002号)がどんな内容かと言えば、

現時点において未だ嘱託医師及び嘱託医療機関が確保されていない助産所があることを踏まえ、今般、これらの規定の施行に当たり留意すぺき事項を改めて通知申し上げる

規定の施行の運用上の弾力化を通知しているように考えられます。この通知は次の4点についての解釈を行なっています。

  1. 嘱託の趣旨
  2. 対象となる助産所
  3. 嘱託医師
  4. 嘱託医療機関
この4点について具体的にどう解釈し運用適用すれば良いかについて書かれています。順番に読んで行きたいと思います。

まず「嘱託の趣旨」です。

分娩を取り扱う助産所から嘱託を受けたことをもって、嘱託医師及び嘱託医療機関が応召義務以上の新たな義務を負うものではないこと。また嘱託医師や嘱託医療機関となることが、特定の助産所を利ずることにはならず、公立・公的医瞭機関及びその医師が、助麗所の嘱託医師や嘱託医療機関となることは差し支えないこと (総務省自治財政局と協議済)

まず

    嘱託医師及び嘱託医療機関が応召義務以上の新たな義務を負うものではないこと
非常に微妙な表現ですが、助産所と嘱託医師・嘱託医療機関の関係は特別なものでは無いと書いてあると考えます。「応召義務」をどの程度にとらえるかが難しいのですが、今でも嘱託されていない助産所からの搬送依頼があれば拒否はしません。「新たな義務を負うものではない」と明記されるという事は、嘱託医療機関であるからと言って嘱託された助産所からの診療依頼を特別扱いする必要は無いことになります。
    嘱託医師や嘱託医療機関となることが、特定の助産所を利ずることにはならず
助産所の大部分が私立であるので、公立病院が嘱託医療機関となれば、公が民のために利益を図っているとも受け取れますが、そんな事は無いと総務省の了解が得てあると示されています。

おそらく嘱託業務のハードルを下げ、公立病院にも嘱託を受けやすいようにしてあると考えますが、ここまで嘱託の意味を下げれば、何のための嘱託医療機関だろうとの感想が頭に浮かびます。この法改正は

    良質な医療を提供ずる体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律
どうも趣旨から外れているように感じないでもありません。

次に「対象となる助産所」です。

分娩を取り扱わない助産所については、嘱託医師及び嘱託医療機関を確保しなくともよいこととしたこと(施行規則第3条第1項第5号及び第15条の2第1項)。

分娩を取り扱わない助産所がどんな仕事をしているかイメージが湧かないのですが、分娩を取り扱っていなければ嘱託は不要としています。まあ、それは良いのですが、一部に助産所を持っていない助産師なら嘱託の確保は不要の意見もあるそうです。日本助産師会のHPによると

これはどう読んでもベッドを持たず、自宅分娩とかを行なう助産師は対象外と考えていると受け取れます。

続いて「嘱託医師」です。

ここは2項目あるのですがまず一つ目です。

診療科名中に産科又は産婦入科を有する医療機関において産科又は産婦人科を担当する医師のいずれかが嘱託医師としての対応を行うこととしても差し支えないこと (施行規則第1S条の2第2項)。

ややわかりにくいのですが、嘱託医師がいる産婦人科では嘱託医師以外の産婦人科医が嘱託医師として対応しても良いと読めます。正式の嘱託医師が不在の時には同僚の産婦人科医師が嘱託医師に準じて対応しなければならないようです。

続いて二つ目です。

 従前必要とされていた「医師の承諾書」については、改正により不要となり、その代わりとして「助産所が当該医師に嘱託した旨の書類」を提出ずればよいこととしたこと (施行規則第3条第1項第5号)。

 なお、当該提出書類について所定の様式は定められていないが、社団法人日本産婦人科医会のホームページに2007年5月付で掲載されてい る「嘱託医契約蓄・合意書モデル案」は、日本産婦入科医会が社団法人日本助産師会と調整の上取りまとめたモデル案であり、当該モデル案に日付と署名を記入したものを「嘱託医契約書・合意書」として提出があった場合には、施行規則第3条第1項第5号に定める当該提出書類の提出があったものと取り扱って進し支えないこと。

「嘱託医契約蓄・合意書モデル案」を見るのをさぼっているので推測ですが、当該書類の提出の代わりに「助産所が当該医師に嘱託した旨の書類」になると言う事でしょうか。提出書類の制限の緩和とでも解釈すれば良いようです。。

最後に「嘱託医療機関」です。

ここは4項目あり、どれも興味深い内容です。一つずつ見ていきます。

  1. 改正法の検討段階において「連携医療機関」と示していたものが改正法における嘱託医療機関であること。

検討段階での「連携医療機関」がどんな内容か確認できなかったのですが、円より子参議院議員が平成19年12月12日に提出した質問主意書 質問第八五号にこうあります。

通達で言う「連携医療機関」が、この責務を課せられているかどうかの確認は調査不足でこれ以上できておりません。しかしそれなら「嘱託の趣旨」に書かれている「応召義務以上の新たな義務を負うものではないこと」に反する様な気がしないでもありませんが、地域医療計画で三次救急では「脳卒中、急性心筋梗塞、重症外傷等の患者や、複数の診療科にわたる重篤な救急患者を、原則として24時間365日必ず受け入れることが可能であること」が求められており、これに準じると考えれば矛盾しないのかもしれません。

  1. 嘱託医師の所属する医療機関が嘱託医療機関の要件に該当する場合には、当該医療機関を嘱託医療機関と定めても差し支えないこと。

これは嘱託医が存在し、その医療機関が嘱託医療機関に該当すれば自動的に嘱託医療機関になるとしています。つまり産婦人科の中で誰かが嘱託医になると独断で決め、他の産婦人科医が反対でも自動的に嘱託医療機関になると言うことです。さらに他の産婦人科医も「嘱託医師」の項にあるように嘱託医師が不在のような時には代行を務めなければならない事も合わせてあるので注意です。

  1. 複数の嘱託医療機関を確保することは差し支えないこと。したがって、例えば、特定の複数の医族機関が助産所の嘱託医療機関を引き受ける旨了解するために、周産期医療協議会等の場を活用することも差し支えないこと。ただし、その場合には、個々の医療機関助産所の嘱託医療機関を引き受けることについて了解していることを徹底するとともに、施行規則第3条第1項5に規定する提出書類について、嘱託医療機関として該当する全ての医療機関を記載すること。

凄いですね、唸ってしまいそうになりました。嘱託医療機関を確保するためには

    周産期医療協議会等の場を活用することも差し支えないこと
差し支えないとは思いますが、「徹底する」って誰が徹底させるのでしょうか。この通達は助産師会に、こういう通達を都道府県知事にしている事を通知しているものです。従って「徹底する」のは都道府県知事になります。徹底させる責務を都道府県に厚労省が出しているわけですから、助産師会は都道府県知事に徹底が不十分であるなら、この通達を振りかざして徹底を要求できるわけです。協力ではなくて「徹底」ですから事実上の強制、義務化のニュアンスに近いと思います。

  1. 当分の間、産科又は産婦人科を有する嘱託医療機関と小児科を有する嘱託医療機関は、それぞれ別の医療機関で差し支えないこと。また、いずれかの医療機関に、妊産婦及び新生児を入院させるための施設があれば足りること。

ここもなかなかなんですが、法改正で「診療科名中に産科又は産婦人科及び小児科を有し、かつ、新生児への診療を行うことができる入院できる病院又は診療所の確保」となっていますが、産科と小児科の医療機関は別で良いとしています。おそらくですが、嘱託医療機関の選択の幅をNICUの無い病院や有床診療所まで拡げられる意味合いと考えます。


なるほどと思いましたが、嘱託医及び嘱託医療機関が法改正された時に助産師サイドが病院が嘱託を引き受けるのを義務化せよとの主張をしていましたが、それがほぼ要求どおり実現しているわけです。実に素晴らしい政治力です。読みながら感嘆してしまいした。法改正により助産所の存続の危機に瀕したとも言われましたが、助産師会の運動により、従来でも確保が困難であったとされる嘱託医師の確保を都道府県知事を動かして行うことが可能になり、さらに嘱託医療機関の関門も逆により取り見取り状態にしています。

結局のところ個々の産婦人科医師の意思はほとんど関係無いことになります。都道府県知事の命令ですから病院は嘱託医療機関になる事に強い抵抗ができません。県立病院なら絶望的なぐらい出来ません。病院が受けたら、産婦人科部長も抵抗に限界があります。通達を読まれたらお分かりのように、誰かが嘱託医を受けたら嘱託医療機関に自動的に見なされますし、部長以外の産婦人科医も連帯責任で嘱託医同様の扱いになります。

助産師会まさに恐るべしです。