前期研修医の流動化

とあるデータを整理中(これがどうにも目的にたどりつきそうにアリマヘン)に出てきたネタです。前期研修のマッチ者は出身校の地方厚生局ブロックごとに分類されています。表にしておくと、

年度 北海道 東北 関東信越 東海北陸 近畿 中国四国 九州 その他
2003 303 553 2373 1009 1347 1007 1148 15
2004 314 565 2584 1024 1280 1024 1194 15
2005 310 598 2595 1071 1300 1029 1178 19
2006 311 579 2592 1037 1306 1036 1205 28
2007 324 568 2600 1061 1305 1006 1144 22
2008 300 565 2533 1007 1245 1021 1165 22
2009 295 581 2602 1019 1260 986 1116 16
2010 302 580 2624 1026 1264 1049 1130 23
2011 297 589 2554 1037 1292 997 1163 22
2012 319 575 2581 956 1258 1016 1165 29

全国を7ブロック分けているわけです。ブロックの都道府県を参考までに書いておくと、
ブロック 都道府県
北海道 北海道
東北 青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島
関東信越 茨城、栃木、群馬、埼玉、東京、神奈川、新潟、山梨、長野
東海北陸 富山、石川、岐阜、静岡、愛知、三重
近畿 福井、滋賀、京都、大阪、兵庫、和歌山
中国四国 鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知
九州 福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄

さて研修医が前期研修先にどこを選ぶかですが、
  1. 卒業校
  2. 卒業校のある都道府県
  3. ブロック内の都道府県
  4. ブロック外の都道府県
このデータではブロック毎しか判りませんが、意義付けとしてはブロック外とはかなり遠隔地の研修病院を選んだぐらいにはなるかと思います。もちろん流出もあれば流入もあるのですが、流出入の差し引きを表にしてみると、

年度 北海道 東北 関東信越 東海北陸 近畿 中国四国 九州
2003 12 -120 260 -61 98 -282 -44
2004 19 -151 393 -63 231 -354 -60
2005 -5 -153 434 -53 245 -420 -84
2006 -11 -135 441 -43 234 -357 -101
2007 1 -124 435 -81 259 -334 -134
2008 -6 -99 470 -39 207 -361 -150
2009 -19 -117 381 15 210 -327 -214
2010 -45 -136 436 -26 260 -299 -167
2011 -18 -162 439 -37 204 -288 -116
2012 -44 -126 391 25 242 -306 -144

流出者は東北は多いだろうと思っていましたが、それより中国四国がそれ以上に多いのに驚きました。実数だけなら九州も東北に匹敵する感じです。逆に流入者が多いのは予想通り関東甲信越と近畿です。では、卒業生の純流出数(流入をカウントしない)はどうなっているかですが、
年度 北海道 東北 関東信越 東海北陸 近畿 中国四国 九州
2003 74 195 289 324 289 651 282 2104
2004 79 229 357 368 238 496 312 2079
2005 97 247 346 405 257 509 350 2211
2006 96 234 347 375 272 513 398 2235
2007 101 212 333 377 237 492 343 2095
2008 103 196 338 360 233 497 346 2133
2009 98 204 361 320 213 479 328 2003
2010 112 244 374 346 221 449 389 2135
2011 100 249 333 341 231 456 334 2044
2012 117 228 348 294 222 475 367 2051

このデータですが、2003年分がやや外れ値的なところがあるのですが、合計数を見てもらえればおおよそ2000人余りぐらいがブロック外に流出すると見ても良さそうです。卒業生全体の比率で見ると、
年度 卒業生 流出者
2003 7755 2104 27.1
2004 8000 2079 26.0
2005 8100 2211 27.3
2006 8094 2235 27.6
2007 8030 2095 26.1
2008 7858 2133 27.1
2009 7875 2003 25.4
2010 7998 2135 26.7
2011 7951 2044 25.7
2012 7899 2051 26.0

だいたい4人に1人ぐらいでしょうか。これが現研修医制度の動きと見て良さそうです。結構な割合で遠方の研修施設を選ぶようです。もちろんこれにブロック内の都道府県の流出入もありますから、かなり激しく動いている事が確認できます。ブロックと言っても単独の北海道から、その10倍近い人口の関東信越までありますから、当然ブロック内も移動は多いはずです。ではブロック毎の純流出率を見てみると(単位は%です)、
年度 北海道 東北 関東信越 東海北陸 近畿 中国四国 九州
2003 24.4 35.3 12.2 32.1 21.5 64.6 24.6
2004 25.2 40.5 13.8 35.9 18.6 48.4 26.1
2005 31.3 41.3 13.3 37.8 19.8 49.5 29.7
2006 30.9 40.4 13.4 36.2 20.8 49.5 33.0
2007 31.2 37.3 12.8 35.5 18.2 48.9 30.0
2008 34.3 45.3 13.3 35.7 18.7 48.7 29.7
2009 33.2 35.1 13.9 31.4 16.9 48.6 29.4
2010 37.1 42.1 14.3 33.7 17.5 42.8 34.4
2011 33.7 42.3 13.0 32.9 17.9 45.7 28.7
2012 36.7 39.7 13.5 30.8 17.6 46.8 31.5

東北が1番かと思ってましたが、中国四国が一番率が高いのはチョット意外でした。これだけでは一概に言えませんが、いわゆる合宿免許組の動向をある程度示しているかもしれません。ここで2010年度の卒業生のブロック別の比較をしてみたいと思います。
項目 北海道 東北 関東 東海 近畿 中国四国 九州 全国
人口 550.6 933.5 4799.3 1737.5 2170.9 1153.9 1459.7 128054
卒業者 302 580 2624 1026 1264 1049 1130 7975
10万人対卒業者 5.5 6.2 5.5 5.9 5.8 9.1 7.7 6.2

こうやって見ると中国四国・九州は人口比からするとやや卒業生が多いんですねぇ。例えば中国四国なら3人程度は全国平均より多い事になり、300人程度が流出しても全国平均ぐらいと言えないこともありません。九州も1人ぐらい多いですから150人程度流出しても、さして大きな流出とは言えないのかもしれません。これに対してほぼ平均の東北、平均以下の北海道、東海北陸は「痛い」とは言えます。


考察

旧研修医制度時代のデータがないので比較するのが難しいのですが、傍証ぐらいならあります。全部データ化するのは難しいので一部を見ただけのものですが、現研修医制度が始まった2003年の大学病院マッチ者数です。この年は制度が始まったばかりで、卒業生も旧研修医制度の気分を残しての選択がある程度行なわれていたんじゃないかと思います。それでも影響は大きかったそうですが、本当に影響が著明に現れたのは制度変更後、数年たってからです。つまりは、それ以前はもっと流動性が低かったであろうです。

この流動性の促進は、大学病院医局から医師を引き剥がし、医局人事の影響力を低下から破壊させるのが狙いであったと当時の制度導入関係者は語っています。そいでもって目論みはかなり当たった訳です。ブロック間移動だけでも全体の1/4ありますから、ブロック内の都道府県移動を含めると少なくとも4割、いや半分以上あったとしてもデータとしては驚きません。

旧研修医制度時代でも、大きな医局では研修医が他の都道府県の関連病院に送り込まれるはあったはずです。もちろん当時も合宿免許組もいました。ですから旧研修医制度時代でもブロック間、都道府県間の移動は少なからずあったとは思いますが、新研修医制度では質が違います。旧時代は卒業時点からヒモ付き移動であるのに対し、新時代は自由な移動だと言う点です。そういう狙いで新研修制度は設計され指向され、狙いは実現しているわけです。

これだけ自由に研修医が動いたら、そりゃ研修先への定着心はさほど高くないのは納得です。研修先の選択理由として建前である「実のある研修が出来る」の他に「給料が良い」「どうせなら都会で」「この機会に南の海へ」なんて本音を優先させてもおかしくはないと言うところです。行ってみて、水に合えば定着する事もあるし、合わなければ「とりあえず2年はオシマイ」であっさりサヨナラするのも自然です。次に後期研修と言う選択も彼らにはあるからです。後期研修もわざわざ作って流動性を高めているのは周知の通りです。


この歳の開業医ですから実感なんかしようがないのですが、こういう流動性の高さは研修医、さらには医学生の常識として既に定着していると考えています。そうですねぇ、前期研修とは自由に動くものであるとの感覚です。そりゃ、そういう制度になっていますから動くのは当然みたいに理解して当然です。とくに医師不足県では、来てくれた研修医を大歓迎しますが、迎え入れる側が思うほど研修医側はその地に思い入れが乏しいと見ても良さそうです。あくまでも、とりあえず来て見た意識の研修医の割合は多そうな感触です。

ここの意識に重大なズレがあるような気がしています。迎え入れる側はこれまた当然ですが、旧研修医時代の意識が濃厚と考えます。卒業して研修に来るのは、旧時代の入局に近い感覚じゃなかろうかです。つまりは前期研修の選択がその県が定着先として選ばれるかどうかの天王山みたいな感覚です。一方で研修医側はあくまでも2年間のお試し期間てなところです。

お試し期間と認識すれば、前期研修先に選ばれたのは最初のステップに過ぎず、ここから研修医に「このまま、この土地で♪」と思わせるのが本番になります。「このまま、この土地で♪」は、他の都道府県で前期研修を終えた者が後期の選択枝を考慮する大きな因子にもなると私は考えます。しかし現在の医師囲い込み政策は、ちと明後日の方向とどうしても感じます。

高まっている流動性を制度の縛りで阻止し、卒業からベッタリ定着させる事を骨子としているのは周知の通りです。そうやって無理やりでも括りつければ、そのうちあきらめて定着するだろうぐらいでしょうか。これがこの先、どういう風な影響を及ぼしていくかは注目しておきたいところです。