医師のカムバック・サーモンの概算・・・みたいなもの

仮説の前提

似たような統計物を何度もやっているのですが、今日もまた大まかな統計分析です。これまでやってきた一応の成果は、

  1. 前期研修先に出身大学、卒業県のこだわりは必ずしも強くない
  2. 一方で前期研修先の定着率は案外高い
たぶんそういうデータに目を付けて前期研修医の呼び込み合戦が展開されているのだと考えています。ここで何度か指摘があるのが故郷出身者はどれぐらい故郷に戻っているのかです。鮭の俎上率みたいなデータは出てこないのかです。ハッキリ言います、個人の努力ではそんなものは
    算出不可能
不可能は不可能なんですが、あえて参考値程度のデータを出してみたいと思います。推測の参考値ですから仮説の前提が必要なのですが、大前提として、
  1. 同じ人口比(受験層)なら同じ数の医師が生れる
  2. これは47都道府県同じである
必ずしもそうでないかもしれませんが、今日はそうします。次に故郷とはなんぞやです。これも強引ですが幼少時を過ごした都道府県とします。幼少時も5-9歳とします。ちょうど小学校の中学年ぐらいまでの年齢になります。この仮説が正しく、故郷出身者の多くが故郷で医師になれば、都道府県の5-9歳人口比がが医師になる年齢頃に、その都道府県の前期研修医数と一致するはずです。調べたのは1990年時に5-9歳であったものが医学部を卒業する頃であろう2010年データです。


データ

手法は1990年時点の5-9歳の全国人口比に従っての研修医数(医師期待数)を算出します。これに対して実際の都道府県毎の研修医実数がデータとしてあります。鮭の俎上率ならぬ帰還率は「医師期待数 / 研修医実数」で計算できる事になります(流出入の入れ替わりは推測できる範囲で後で考察します)。帰還率が100%以上であれば結果として他の都道府県からの流入者数が多い事になり、100%未満なら流出者数が多い事になります。47都道府県の表は毎度の事ながら大きくて厄介なのですが、帰還率が高いところからソートして示します。

都道府県 1990年時5-9歳 2010年時
人口 比率(%) 医師期待数 研修医実数 帰還率(%) 過不足人数
東京 565862 7.58 606 1409 232.5 803
京都 147448 1.97 158 265 167.8 107
岡山 117709 1.58 126 187 148.3 61
石川 70247 0.94 75 106 140.9 31
福岡 307521 4.12 329 438 133.0 109
和歌山 64465 0.86 69 84 121.6 15
沖縄 101639 1.36 109 132 121.2 23
神奈川 450166 6.03 482 579 120.1 97
大阪 489671 6.56 525 624 119.0 99
愛知 404924 5.42 434 489 112.7 55
福井 51758 0.69 55 57 102.8 2
鳥取 40146 0.54 43 44 102.3 1
徳島 50812 0.68 54 55 101.0 1
兵庫 329979 4.42 353 343 97.0 -10
高知 48829 0.65 52 50 95.6 -2
島根 48131 0.64 52 45 87.3 -7
山口 93088 1.25 100 85 85.2 -15
滋賀 82828 1.11 89 75 84.5 -14
栃木 127108 1.70 136 115 84.5 -21
奈良 85280 1.14 91 76 83.2 -15
広島 173639 2.33 186 153 82.3 -33
長野 128327 1.72 137 112 81.5 -25
香川 61112 0.82 65 52 79.4 -13
千葉 343921 4.61 368 292 79.3 -76
三重 109572 1.47 117 93 79.2 -24
大分 76747 1.03 82 65 79.1 -17
愛媛 93640 1.25 100 79 78.8 -21
岐阜 128070 1.72 137 108 78.7 -29
山形 78298 1.05 84 66 78.7 -18
長崎 107268 1.44 115 89 77.5 -26
熊本 121117 1.62 130 98 75.5 -32
岩手 90576 1.21 97 70 72.1 -27
群馬 121822 1.63 130 92 70.5 -38
北海道 345826 4.63 370 257 69.4 -113
宮城 149685 2.00 160 110 68.6 -50
富山 63983 0.86 69 46 67.1 -23
青森 97852 1.31 105 69 65.8 -36
山梨 51715 0.69 55 36 65.0 -19
秋田 73871 0.99 79 51 64.5 -28
静岡 230858 3.09 247 158 63.9 -89
佐賀 60104 0.80 64 38 59.0 -26
茨城 187349 2.51 201 114 56.8 -87
鹿児島 123006 1.65 132 73 55.4 -59
新潟 153655 2.06 165 88 53.5 -77
埼玉 392988 5.26 421 223 53.0 -198
福島 142911 1.91 153 78 51.0 -75
宮崎 81034 1.09 87 30 34.6 -57

計算する前からの予想通りと言えますが、東京が圧倒的な帰還率の高さを示しています。実に医師期待数の2.3倍以上です。さらに東京はもともと人口が多いところなので、実人数でもこれに比例して大きなものになっています。帰還率が入超なのは東京も含めた13都府県ですが、東京以外の12府県を足しても600人です。この年の研修医数は7998人ですから、東京の吸引力の強さが際立つと言うより圧倒的なものであるのが改めて確認できます。 ちなみに北海道・東北・関東エリアで入超なのは東京と神奈川だけ(合わせて900人)ですが、その他の12道県の出超は768人。帳尻を合わすにはさらに新潟、富山、石川、福井、山梨、長野ぐらいまで含める必要があります。もちろんこれらの出超県の行き先が必ずしも東京では無いでしょうが、全部そうであってようやく埋め合わせが出来るぐらいの規模です。 なにかと話題の東北ですが、一番帰還率が高い山形で78.7%、岩手も70%を越えていますが、福島になると51.0%と半分ぐらいになっています。しっかし宮崎の34.6%ってのもなかなか凄いところです。まあ、下位に並んでいる県は何かと話題の多いところが目に付きますから、そういう点からデータの信憑性の裏付けぐらいになるかもしれません。帰還率と実人数のグラフも付けておきます。
もう少しだけ煮詰めてみる
指摘されるまでもなく、今日計算した帰還率は全部が地元出身であってのマックスの数値です。当たり前ですが、実際は入学時・卒業時の入れ替わりがあるのでもっと低くなります。そこまで調べるのが無理なので「算出不可能」なのです。ただ地域によってはもう少しだけ煮詰める事はできます。あくまでも「もう少しだけ」ですが・・・。 厚労省は全国を厚生局管轄で分割しています、このうち関東信越厚生局と言うのがあります。これがまた馬鹿でかいブロックで群馬、栃木、茨城、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、山梨、長野に及ぶ広大な地域です。なんでここだけこんなにデカイ(北海道なんてそれだけで1つ)のか理由は存じませんが、なんらかの理由でそうなっているぐらいです。 それはともかく関東信越の医師期待値は2702人で研修医実数は3060人です。つまりは関東信越全体では358人の入超になります。数だけで言えば全国一の入超ブロックになります。ただここには東京・神奈川がいます。関東信越ブロックを東京・神奈川とそれ以外に分けて考えてみると、
関東信越 医師期待値 研修医実数 帰還率
東京・神奈川 1088人 1891人 173.8%
それ以外 1614人 1169人 72.4%

関東信越をモデルにしたのは、他ブロックからの流入者の多くが東京・神奈川に集まってるんじゃなかろうかの観測からです。実情は存じませんが、どうせ関東信越に行くのなら花の東京かそれに準じる横浜ぐらいに行きたいだろうの単純な発想です。この観測が合っていれば東京・神奈川以外の帰還率は70%(ないしはそれ以下)ぐらいじゃなかろうかです。
関東信越事情
このブロックの医師期待値は2702人で医学部定員は2012年時点で2653人(防衛は除く)です。このうち東京・神奈川の定員が1807人になります。一方で東京・神奈川の医師期待値は1088人です。こういう構図があった時に、東京・神奈川以外の医師希望者がどうするだろうです。地元の医学部からあぶれる率が高いわけですから、ごく自然に東京・神奈川に集まるだろうと考えられます。ここで医学生の故郷への思いですが、
  • 故郷に戻りたい
  • 故郷から出たい
「故郷に戻りたい」者はこれまた単純に故郷の医学部をまず目指すかと考えます。故郷に戻りたくて故郷の医学部に進学した者は、そのまま定着する比率が高くなります。ごくごく当たり前のお話です。ではでは、「故郷に戻りたい」と思いながら故郷の医学部に進めなかった者はどうなるかです。関東信越なら高率で東京・神奈川に進学するんじゃないかと思われます。

この東京で医学生になった後ですが、「故郷に戻りたい」の意志に変化が起こる事は十分に予想できます。東京と地方(ぶっちゃけ田舎)では生活の刺激に格段どころで無い差があります。この刺激に慣れ親しんでしまうと、故郷の田舎は猛烈に退屈な場所に変わります。たまに帰って「ノンビリしたい」ぐらいには良くても、暮らし続けるには色褪せた場所になり耐え切れなくなります。これは医学生だけではなく普遍的な現象としても良いと考えています。まあ、若者が都会の生活に憧れるのは当たり前と言えば当たり前のお話です。そうやって東京の医学部で学ぶ暮らしていくうちに

    都会の絵の具に染まらないで帰って♪(by 太田裕美
こういう願いは虚しくなっていくぐらいのところでしょうか。この状況に拍車をかける状況がさらにあるとされています。私が信頼している研究者の分析では、
    これから東京の高齢化が進み、ますます医師の需要は増す
現在でもかなり医師を吸い込んでいますが、この東京の医師需要は今後も高い水準で続くらしいです。つまりは東京の現在のペースは10年単位で続くとして良さそうです。場合によってはさらなる集中が必要になるかもしれないぐらいと理解しても良いかもしれません。


オマケ・ヒモツキ枠問題

地方への医師増加のためのヒモツキ枠は地方公立医学部を中心に広く行われています。詳細に調べた事があるのは弘前大ぐらいですが、

AO入試 40
一般入試 青森県定着枠 10
その他枠 55 青森県修学資金特別枠 5
青森県修学資金一般枠 20
青森県修学資金学士枠 5
純その他枠 35


AO入試もヒモツキですから7割ぐらいはヒモツキ枠になっています。医学部定員が近年急拡大されたのは周知の事ですが、増えた分は殆んどヒモツキ枠になっているとして良さそうです。従来からの分も弘前大のようにヒモツキ枠化が進んでいるところも広がっていると仄聞します。これは北海道、東北というブロックで考えると即物的な効果はあると考えますが、一方で東京・神奈川以外の関東では厳しくなるんじゃないかの観測があります。

単純な玉突き現象みたいなものでヒモツキ枠による囲い込みは県外への流出者の減少になります。ヒモツキ枠の適用は出身地ではなく、出身大学の道県に縛り付ける効果になるからです。上記した関東信越モデルで考えるわかりやすくなるかもしれません。まず東京・神奈川は減らない、もしくは減りそうなら減らないように対抗策(東京地方枠とか)を立てるとします。そうなると関東信越への流入者が減った分を関東信越内からかき集める事になります。今日の試算では医師期待値1614人に対し研修医実数1169人ですが、ここから東京・神奈川にさらに引き抜かれる事になります。

こういう囲い込みが激化しても関東信越のうち栃木、群馬、山梨、長野あたりはまだ良いかも知れませんが、埼玉、千葉は完全にお手上げになると言うところです。ヒモツキ枠で囲い込みをやりたくても、自県の医学部生だけでは全然足りなくなると言う事です。埼玉や千葉に回ってくるには、

  1. 道県の医師需要が満腹になり囲い込み政策を緩和する
  2. 東京・神奈川の医師需要が満腹になりあふれ出す
かなり他力本願ですが、現実的にそういう懸念があるとしていました。指摘されて「なるほど」と思った次第です。埼玉や千葉に即効性があるのはやはり東京・神奈川が満腹になる事かと素直に思います。新設医学部を1つぐらい作っても全然足らないのが埼玉、千葉と見れそうだからです。



ブログ休み中にこのデータとあれこれ格闘したのですが、色々やった割にはツマランものになったのを遺憾とさせて頂きます。統計物はやり始める前の意図が結果として出るまでわからないのが特徴で、出ると思ったデータが出ない事も多々あるのがシンドイところです。もう少し煮詰められる予定だったのですが、なかなかうまくはいきませんでした。