新宿区の基準病床数

基準病床数とは俗に言う病床規制です。ごく簡単には基準病床数を超えての病床許可は事実上許されないで良いかと思います。具体的な例を挙げておくと、桑名市民病院が経営改革のために234床から400床の病院への拡張を目指した時の話が良いかもしれません。桑名地区は既に基準病床数をオーバーしており、そのために民間病院を買収して病床増を図っています。顛末は今日の話題とは関係ないので省略します。

ポイントは地方自治体と言えども基準病床数は裁量ではどうしようもないです。さて東京の新宿区はどうなっているかです。平成24年4月1日現在の東京都医療保健計画上の既存病床数の状況と言うのがあります。新宿区は二次保健医療圏の区西部に含まれます。これもちなみにですが一般・療養病床の基準病床数は二次保健医療圏単位で設定されます。

地域 構成区市町村 基準病床数 既存病床数 過不足
区西部 新宿、中野、杉並 10556 10479 -77
東京都全体(参考) 95744 103939 8195
区中央部(参考) 千代田、中央、港、文京、台東 6208 13792 7584
区西北部(参考) 豊島、北、板橋、練馬 13865 13781 -84


東京都の病床分布は特徴があり、東京都全体の病床数は過剰なんですが、(参考)としてあげた区中央部が突出して過剰の病床を抱えています。表には上げませんでしたが、西多摩(青梅、福生あきる野羽村、瑞穂、日の出、檜原、奥多摩)も多くて、基準病床3083に対し既存病床4121となっています。ただ基準病床の設定は二次医療圏単位ですから新宿区が属する区西部は上限まで77床と言う事です。

さて病院と言えばどこでも同じと思われるかもしれませんが、医療法施行規則にこんなものがあります。

第30条の33

 病院の開設の許可、病院の病床数の増加若しくは病床の種別の変更の許可又は診療所の療養病床の設置の許可若しくは診療所の療養病床の病床数の増加の許可の申請がなされた場合において、都道府県知事が当該申請に係る病床の種別に応じ第30条の30第1項に規定する区域における既存の病床の数及び当該申請に係る病床数を算定するに当たつて行わなければならない補正の標準は、次のとおりとする。

一  国の開設する病院若しくは診療所であつて、宮内庁防衛庁総務省法務省財務省若しくは林野庁が所管するもの、労働福祉事業団の開設する病院若しくは診療所であつて、労働者災害補償保険の保険関係の成立している事業に使用される労働者で業務上の災害を被つたもののみの診療を行うもの、特定の事務所若しくは事業所の従業員及びその家族の診療のみを行う病院若しくは診療所、児童福祉法(昭和二十二年法律第164号)第43条の4に規定する重症心身障害児施設若しくは児童福祉施設最低基準(昭和二十三年厚生省令第63号)第48条第2号若しくは第68条第1号に規定する施設である病院又は独立行政法人自動車事故対策機構法(平成十四年法律第183号)第13条第3号に規定する施設である病院若しくは診療所の病床については、病床の種別ごとに既存の病床の数又は当該申請に係る病床数に次の式により算定した数(次の式により算定した数が、〇・〇五以下であるときは〇)を乗じて得た数を既存の病床の数及び当該申請に係る病床数として算定すること。

   当該病床の利用者のうち職員及びその家族以外の者、隊員及びその家族以外の者、業務上の災害を被つた労働者以外の者、従業員及びその家族以外の者又は入院患者以外の者の数÷当該病床の利用者の数

長いので必要部分だけ抜粋すると、

    特定の事務所若しくは事業所の従業員及びその家族の診療のみを行う病院若しくは診療所は、当該病床の利用者のうち職員及びその家族以外の者、隊員及びその家族以外の者、業務上の災害を被つた労働者以外の者、従業員及びその家族以外の者又は入院患者以外の者の数÷当該病床の利用者の数
要はその企業なりのために作った病院であれば、その企業の従業員や家族が利用する分には
    基準病床数としてカウントしない
こういう病院を職域病院とするようです。東電病院なら企業専用病院としてもしても良いかと思います。さて東電病院は6/28付東京新聞によると、

開設当時ベッド数は210床。その後、許可病床192床に。2009年の定期監査時は145床。それでも入院患者は60人余だけで、113床に減らされていた。

現在で113床ですが、東電病院は一般診療を許可されていません。これも東京新聞からですが、

東電の山崎雅男副社長は「一般開放を検討したが、新宿区には大きな病院がいくつかあり、都から難しいと言われた。都の指示だ」と答弁。

東京都に一般診療の許可を求めたが認可されなかったとしています。これの傍証として東京新聞より、

都側は株主総会の終了後、二〇〇七年二月に東電労務人事部の副部長が来庁し、一般病院への移行を相談したとする文書を公開。文書には、当時の都医療安全課長が「条件さえクリアできれば、一般開放は可能」と回答したと記録されており、その後は東電側から相談がなかったという。都は東電に事実確認を求める方針。

当時の都医療安全課長の言った、

    条件さえクリアできれば、一般開放は可能
条件とはごく素直に考えて基準病床数とするのが妥当です。他にもあったかもしれませんが、これをクリアしないと許可できないです。当時の基準病床数と既存病床数を探して見ると、2002年と2007年のデータが見つかりました。

年月 基準病床数 既存病床数 過不足 ソース
2002年10月 10350 10903 553 東京都保健医療計画(平成14年度改定)
2007年4月 10556 10556 0 東京都保健医療計画(第四次改定)原案
2012年4月 10556 10479 -77 東京都医療保健計画上の既存病床数の状況


東電が一般診療を申請した2007年は基準病床数が満杯です。そりゃ2007年に東電が申請しても当時の都医療安全課長は「No」とするはずです。現在であっても東電病院の113床が入れば基準病床を上回る懸念が出てきます。だって現在の東電病院の実態は東京新聞の猪瀬副知事の主張によると、

猪瀬副知事は東電病院の病床稼働率が二割程度で、公共性も低いと指摘

2割は東電関係者で病床数にカウントされないとしても、満床に近い状態、たとえば残りの病床を9割程度稼動させると80床を越えてくる可能性があります。現在の東電病院を一般病床として稼動させるためには、

  1. 基準病床数の範囲内での部分的な認可をする
  2. 東京都が国に要請して基準病床数を増やす
このどちらかしかないと考えられます。もう指摘しなくても良いかもしれませんが、猪瀬副知事が指摘したと報じられている

東電病院が百十三床も持っていると、医療法でその地域のほかの病院がベッド数を増やそうと思ってもできない。(病院経営を)やるんなら、ちゃんと満床にしなさいよ

これについては、

  1. 東電病院の病床数は基準病床数にカウントされておらず、他の病院の増床とは無関係
  2. 2007年当時に一般病床の申請をした時に、基準病床数も理由になって東京都が却下したのは確実
現在の東電の経営状況からして病院の売却を提案するのは悪いとは思えません。ただ東京新聞にある猪瀬副知事の主張の、

資産価値は百二十二億円に上る

これがどういう計算になっているかは気になります。どうも猪瀬副知事の他の主張とあわせると「病院として売却」に感じられます。しかし上述したように東電病院は東電社員関係者専用の職域病院であり、病院として売却するにはどこかの企業なりが職域病院として購入する必要があります。いかに首都東京は言え、今のご時世で職域病院を社員の福利厚生のために購入するところがあるだろうかです。

病院として売却できなければ、土地そのものの資産評価になります。病院はその用途の特殊性から、建物を他の用途に転用するのは容易ではありません。そうなると購入する側からすると病院施設は無用の長物であり、購入しても取り壊し費用が必要になるだけになります。

122億円が土地だけの資産評価であれば問題はありませんが、病院としての評価も含んでいるのなら、一般病院としての認可を東京都が与える必要があります。そのためには基準病床数問題が厳然として立ち塞がり、これを厚労省と折衝する能力があるのは東京都になります。それこそ猪瀬副知事が厚労省に乗り込んで談判して基準病床数の緩和を勝ち取らなければならないです。東京都全体ではかなり過剰ですから簡単ではなさそうと私は感じます。

不急資産の売却の提案は問題ないと存じますが、不急理由だけで十分だったのに、これに不要理由を付け加えた点が蛇足になっているかと存じます。一般人の株主でなく、病院の許認可を行なう東京都の副知事であるのが面白味と言うところでしょうか。