定期予防接種を巡る即興劇

実質のところ増えると言うか変更されるのはIPVだけで、後のHPV、Hib、PCV7については中途半端な基金運用から定期接種に格上げですから、実質としてあんまり変わりありません。もちろんそれでも、ここまで来るまでの道程を考えると偉大な成果であるとまず評価しておきます。関係者の長年の努力の賜物として良いかと思います。

この予防接種の行方を握っているのは国であり、財務省であり、厚労省なんですが、その動きが端的に見えるのが厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会になります。建前はここでの提言なり答申が大きく左右するはずなのですが、それはそれ、この手の会議は外に見せるためのパフォーマンスのためにありますから、プロットだけ決められている即興劇みたいなものです。

その観劇の感想を5/24付ロハス・メディカルが取材しています。真面目な会議と信じるからため息がでますから、即興劇と思って感想を読んでみます。


第1幕

開始後まもなく、「予防接種制度の見直しについて」と題された第二次提言の内容の確認が行われたが、「予防接種法の対象となる疾病・ワクチンの追加」に関する2項目目の文言について物言いがついた。指摘したのは、このたび保坂氏に替わって新たに委員となった小森貴氏(同じく日本医師会常任理事)で、具体的には、「ただし、新たなワクチンを予防接種法の対象とし、定期接種として実施するためには、円滑な導入と安全かつ安定的なワクチン供給・実施体制の確保や、継続的な接種に必要な財源の確保が前提となる」という文章のうち、「前提となる」という文言は「必要である」程度の意味に置き換えるべきとの主張で、これについて多くの議員がそれぞれ是非を述べるという、予想外の議論に発展した。

    「予防接種制度の見直しについて」と題された第二次提言
まだ議論中ですから正式には発表されていませんが、ほぼ決まりの叩き台はわかります。これは第21回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会資料2−1 予防接種制度の見直しについて(第二次提言)(たたき台案)(PDF) としてあり、該当部分を引用しておくと、

ただし、新たなワクチンを予防接種法の対象とし、定期接種として実施するためには、円滑な導入と安全かつ安定的なワクチン供給・実施体制の確保や、継続的な接種に必要な財源の確保が前提となる

「前提」か「必要」かで非常な活発な議論が繰り広げられたとなっています。う〜ん、お役所用語ではどう違うのかを御存知の方はコメント下さい。それでも会議室的には重要な点であるようで、該当部分の前段にはこうあります。

平成23年3月11日のワクチン評価に関する小委員会報告書では、医学的・科学的観点からは、7ワクチン(子宮頸がん予防、ヒブ、小児用肺炎球菌、水痘、おたふくかぜ、B型肝炎、成人用肺炎球菌)について、広く接種を促進していくことが望ましいとされている。

ちょっと脇道にそれますが「7ワクチン」として列挙されているものの順番にもお役所的意義がきっとあるはずです。なんつうても順番ですから、7つの中でもさらに優先順位が設定されているです。少なくとも並列配置でないのは定期接種化されているのが前半の3種である事からもわかります。ただもし次に定期接種化されるのなら水痘、ムンプスと成人用肺炎球菌ワクチンなんて報道もありましたから、まあそんなところです。

それはともかく2つの文章をあわせて読むと原案では、

    望ましい、されど必要な財源の確保が前提となる。
財源がなければ実施できないのは行政の鉄則ではありますが、「前提」と「必要」ではきっとかなり意味が違うんだろうと思っています。ただ財源問題に触れた点についてロハス記者は冷ややかな視線を向けており、

法改正によって定期接種化されるワクチンの数の話。7種類になったかと思っていたら、やっぱり財源が確保できないから3種類で、ということになって。財源の話は完全に政治マターなわけですが、そこまでひっくるめて予防接種部会による第二次提言として示すことになっているのです。

本来の手順としては7種類のワクチンが必要と医学的・科学的に判断されるのなら、予防接種部会としてはこれを提言とし、どれだけの予防接種を実際に定期接種化するかは財源問題も含めて「政治マター」のはずであると言う事です。財源を決めれるのは政治の職掌であり、たかが専門家部会がそこまで踏み込むのは越権行為の見解です。

ところで予算的にどれほど必要かですが、5/24付薬事日報より、

3ワクチンを定期接種化すると、約1200億円の費用がかかる見込み

ワクチン単価はモノによって異なるのですが、小児科医として優先順位の高い水痘、ムンプス、HBVを公費化してもOPV、Hib、PCV7を上回ると思いません。あくまでも粗い概算ですが2000億円もあれば可能なような気がします。もちろん水痘、ムンプスは2回接種としてです。800億円は巨額ですが、たとえば子ども手当は当初2.7兆円、もし満額になっていれば5.4兆円です。

国家予算規模からすれば、その程度のものの財源を越権行為の批判を覚悟してまで、提言の中にわざわざ「ついで」に入れるあたりに即興劇の面白味があります。ま、これで専門家も「そう言ったから」で後の仕事は大変やりやすくなるのだけは理解できます。


第2幕

第1幕だけも十分なのですが、劇の面白味として続けます。

議論の中盤で突然、廣田良夫委員(大阪市立大大学院教授)が、「以前、当時の長妻厚労大臣がこの部会に来て、『3ワクチン以外のワクチンもしっかりやる』と言っておられた。それについて過去の議事録を調べて確認したのだが、削除されたのか見つからなかった。厚労省の事務方はじめ職員も代わって梯子を外されたとなると困るだろうから、今回は改めて私の発言として、念のため、長妻大臣が過去にそういう発言をこの場でされたという事実があった旨、議事録に残しておいてほしい」と言い出した。3ワクチンとは、法改正による最優先の定期接種化が今回の部会(第二次提言)でも確認された子宮頸がん、ヒブ、小児用肺炎球菌の3つ。ちなみに、今回の第二次提言に至るまでに予防接種部会と民主党の予防接種小委員会とのやりとりが繰り返されており、法改正により何種類のワクチンを定期接種化するかについても行ったり来たりがあったらしい(しかも厳密には予防接種部会の委員はさしおいて、実質的に小委員会と厚労省の事務方の間での朝令暮改、ということのようですが)という背景がある。

予防接種部会も幾多の発言が積み重ねられているのですが、

    当時の長妻厚労大臣がこの部会に来て、『3ワクチン以外のワクチンもしっかりやる』と言っておられた。それについて過去の議事録を調べて確認したのだが、削除されたのか見つからなかった。
へぇ、そんな事があるんだと感心しました。議事録は作成される時に不適切発言や不規則発言、表現上の「てにをは」を修正されます。これはある程度必要な措置だとは思います。ただ大臣発言はかなり重いものです。そうなれば大臣発言を聞いたものがいたと言う事は、
  1. 当初から不適切発言として厚労大臣の発言は議事録に掲載されなかった
  2. ある時期まで掲載されていたが、後に不適切とされて削除された
さてどちらんなんでしょう。もし2.ならちょっと問題かと思いますし、1.も「う〜ん」てなところです。ロハス記事を読む限り不適切発言とは感じがたいものですが真相は不明です。それと予防接種部会はさらなる劇中劇つうかプロット作成部もあるようで、
    予防接種部会と民主党の予防接種小委員会とのやりとりが繰り返されており
これも真相については知る由もありませんが、権限的には十分ありえるお話です。この2つの委員会のどちらが決定権が強いかと言えば民主党の小委員会です。与党の賛成がなければ法案改正など夢の夢ですから、与党小委員会の議論の流れは予防接種部会にも大きな影響が出るわけです。ロハス記者はさらに冷ややかで、予防接種部会と与党小委員会がやり取りしているのではなく、本当にやり取りしているのは、
    厳密には予防接種部会の委員はさしおいて、実質的に小委員会と厚労省の事務方の間での朝令暮改、ということのようですが
つまり財源の決定権を握る与党小委員会と、実務上の遂行者である厚労官僚が相談し、その結果で出来たプロットを予防接種部会で即興劇として演じられているわけです。驚くようなお話ではありませんが、ロハス記者はなかなか良く見られております。


第3幕

部会開始から1時間が経とうという頃、宮崎千明委員(福岡市立西部療育センター長、日本小児科学会予防接種・ 感染対策委員会メンバー)から、今回の部会に同席していた藤田一枝厚労政務官に対し、「現在のワクチンギャップをどれ位のペースで埋めていくのか、政権としての優先順位などもあるだろうが、党の覚悟をもう一度聴かせてほしい・・・」と言いかけたところ、早々に加藤達夫部会長(国立成育医療研究センター前総長)に、「政務官からは後ほどご発言があるかと思います。この場では質問は必ず部会長である私を通してください。直接はやめてください」と遮られる。では別の議論がまだしばらく続いてそれから藤田政務官の発言があるのかと思いきや、その直後にもう「それではご多忙のところおいでいただいた政務官のご挨拶を」と加藤部会長が促し、政務官の発言となった(わざわざ遮っておいて! ちなみにこの時以外にも、加藤部会長が事なかれ主義に基づいて議論を適当に引き取る場面がしばしば見られ、「なんとしてもシナリオどおりに会を進行させるのだ」という執念なのか、使命感なのか、とにかくブレずに突き進んでいる姿がとても印象的です)

第2幕を踏まえて読んで頂くとわかりやすくなるのですが、与党小委員会と厚労官僚の間で作られたプロットは議長にしっかり渡されているわけです。議長はいかにプロットにそった即興劇を委員に演じさせるかがお仕事です。委員の中にはプロットを渡されている方がおられる可能性も否定しませんが、それより議長が指し示すプロットの流れを敏感に読み取って演じられる方と、そうでない方がおられるぐらいの理解の方が良いかもしれません。

そういう即興劇の演出上、

    藤田一枝厚労政務官に対し、「現在のワクチンギャップをどれ位のペースで埋めていくのか、政権としての優先順位などもあるだろうが、党の覚悟をもう一度聴かせてほしい・・・」
こういう演技はプロット展開において好ましくないです。そうなれば取られる処置は、
    政務官からは後ほどご発言があるかと思います。この場では質問は必ず部会長である私を通してください。直接はやめてください」と遮られる
政務官の出番はここではないとの「空気を読め」とのアクションです。議長は「この場では質問は必ず部会長である私を通してください」とはしていますが、たぶん通す気はサラサラないと判断して良さそうです。つうのは改めて議長から出番の掛け声が出た後の政務官の演技は、

その肝心の藤田政務官の発言はというと、「2年半、22回にわたる積極的、熱心な議論をいただいた。皆様のご意見は、厚労省としてもしっかり受け止めていく覚悟。ワクチンギャップ改善のために新たなワクチンを定期接種化する法改正は平成13年、高齢者のインフルエンザ接種に関する規定以来、久方ぶりとなるが、鋭意努力していく。財源確保、負担については、市町村としっかり調整したい。法案提出はできるだけ迅速に行いたい」と、事務方の用意した“挨拶”をしっかり読み上げたのみ。ワクチンギャップ改善の問題に至っては、WHOが推奨する8種類のうち結局3種類しか定期接種化されない方針となった法改正を、さらに「鋭意努力する」と言っているわけで・・・。驚くばかりの頓珍漢ぶり。最後に「本日はありがとうございました」と締めくくるや否や、事務方が「政務官は公務の都合でここで退席されます」と宣言し、その通りあれよあれよと言う間に政務官は省議室を後にした。よくある光景とはいえ、そのあっさりぶりには宮崎委員ならずともアレレと感じずにいられない、見事な肩すかしっぷりだった。

ポイントは、

    最後に「本日はありがとうございました」と締めくくるや否や、事務方が「政務官は公務の都合でここで退席されます」と宣言し、その通りあれよあれよと言う間に政務官は省議室を後にした。
政務官の出番は決定宣告だけであり、他はなにもするなと言うところでしょうか。もちろん議長は無事政務官様の出番を確保し、余計な演技を付け加えさせなかったので「やった♪」と微笑まれた事と存じます。


なにはともあれ

WHO推奨ワクチンとは具体的に何かですが、健康百科より、

 WHOが現在、全世界で定期接種を推奨しているワクチンはBCG、B型肝炎、ポリオ、DPT(ジフテリア、百日せき、破傷風混合)、ヒブ、肺炎球菌(結合型)、ロタウイルス、麻疹(はしか)、風疹(三日ばしか)、ヒトパピローマウイルス(HPV)の10種類。

 日本で定期接種が行われているのはこのうち、BCG、ポリオ、DPT、麻疹、風疹の5種類のみ。B型肝炎ロタウイルスを除く残りの3ワクチンについては現在、厚労省予防接種部会などで定期接種化に向けた議論が進行中だ。また、日本小児科学会は、B型肝炎のほか、ムンプス(流行性耳下腺炎)、水痘(水ぼうそう)ワクチンの定期接種化を要望している。

 2010年、WHOが発表した世界の予防接種率の進捗状況によると、乳幼児期に3回のB型肝炎ワクチン定期接種を実施している国は1989年当時、WHOに加盟する193カ国中23カ国にすぎなかったが、2010年には179カ国まで増加している。日本はこの中に含まれていない。

ちょっと表にしておくと、

WHO推奨ワクチン 現行 改正後
BCG
HBV × ×
ポリオ
DPT
Hib
PCV
Rota × ×
麻疹
風疹
HPV
その他 現行 改正後
日本脳炎
水痘 × ×
ムンプス × ×
「その他」はインフルエンザや、シナジスA型肝炎などもあるのですが、とりあえず3つだけ上げておきました。

定期接種がなにはともあれ増えたのは歓迎します。どうせなら、この際、表にあげた程度のワクチンも一挙に拡大していれば、残り1年少々の民主党政権にとって、厚労行政における数少ない功績になるのにと思うと少々惜しまれるところです。そんなアクシデントは起こらないかなぁ、その点だけは妙に期待できる政党なんですけど・・・。