予防接種制度の見直し

何を提言しているかと言えば、新型ワクチン接種の経験を踏まえた今後への「改善」です。第5回の感染症分科会予防接種部会が2/10に行なわれ、2/19付で予防接種制度の見直しについて(第一次提言)としてまとめられています。事実上の決定と受け取っても良いかもしれません。最初の方にこうあります。

今回の予防接種事業に関し、主として以下のような課題が厚生労働省より提示された。

  1. 新型インフルエンザ対策として行う予防接種は、その都度予算を確保する等により行う予算事業ではなく、本来的には予防接種法に位置付けて、これに基づいて行うべきものであり、また、健康被害が生じた場合の救済も同法に基づいて行うべきものであること。

  2. 今回の予防接種事業は国が実施主体となって行ったものであるが、地方公共団体はその事務の位置付けが不明確なまま協力をしたところであり、予防接種法上、その位置付けを明確にすることが必要であること。

  3. 新型インフルエンザ等の感染症が新たに生じた場合、ワクチンの需給がひっ迫する中、国が一定量のワクチンの確保を図る必要がある。その際、国とワクチン製造販売業者との間で損失補償に関する契約を締結するために、その都度、新たな特別の立法措置を講じることなく、あらかじめ予防接種法により対応できるよう措置しておくことが必要であること。

後出しジャンケンみたいになるのであまり絡むとはしたないのですが、予算問題も、救済措置も今回の予想外の事態で初めて発見されたものではなく、これまで先送り・棚上げを繰り返してきたツケが露呈しただけだと考えています。もっともワクチンについては複雑な問題が絡みつきますから、それでも今回を契機に整備しようと言う方向性は評価しておきます。

ここで苦笑せざるを得ないのは、

    国とワクチン製造販売業者との間で損失補償に関する契約を締結
誤解しないで欲しいのですが、ワクチンメーカーに損失補償を行なうのは異論がありません。これと同じぐらい返品不可指令で、死蔵在庫を抱えさせられた医療機関への配慮も考えて欲しいところです。まあ返品不可指令もnuttycellist様の情報によると、

新型インフルエンザワクチン(以下「ワクチン」という。)の流通については,国の方針に基づき,県においては当初から各受託医療機関に対して,不要分のワクチンは納品時に受け取らないよう繰り返し連絡してきた経緯もあることから,原則,ワクチンの医薬品卸売販売業者への返品は認められません。

こういうお達しが県から来たそうで、根拠は非常に薄弱であるのがわかります。


次もおもしろいのですが、

 今回の新型インフルエンザ(A/H1N1)に対する予防接種を行うに当たり、国では予防接種法の「現行の臨時接種」として行うことも検討した。しかし、今回の新型インフルエンザ(A/H1N1)については、ウイルスの病原性や死亡者・重症者の発生による社会経済機能への影響等が「現行の臨時接種」が想定しているものほどは高くないことから、接種を受ける努力義務を課す「現行の臨時接種」による対応は適当ではないと考え、臨時応急的措置として国の予算事業として予防接種を実施した。

ここもサラサラと書いてあるのですが、ワクチンの製造段階では「現行の臨時接種」であった事だけは間違いありません。「現行の臨時接種」に対応するためにパーティボトルを量産し、輸入ワクチンもパーティセットを導入しています。つまり集団接種を行う体制で、個別接種を強制したのが新型ワクチン騒動の根本ですが、実に軽く流しております。

でもって騒動の教訓から、今回の新型接種の体制を根拠レスのものから法制化するのが今回の予防接種法改定の主眼にしている事がわかります。様々な理不尽な事務連絡がありましたが、あれらの法的根拠は予防接種法ではなく、白紙委任契約に基いているとすれば良さそうです。

新たな予防接種法の類型ですが、仮称として「新臨時接種」としているようです。簡単な対照表を作ってまとめてみます。

現行の臨時接種及び
一類疾病の定期接種
二類疾病の定期接種 新臨時接種
努力義務 × ×
勧奨 ×


ここで努力義務とは被接種者が接種を受けようとする義務であり、勧奨とは行政が被接種者に接種を進める義務とすれば良いかと思います。新型ワクチン騒動の教訓から作られる新臨時接種とは、努力義務は課さないので被接種者から接種料金を徴収し、一方で行政の勧奨を求めるので、今回のように医療機関側に箸の上げ下ろしまで口を挟めるものとしています。

公的関与の程度の表現は文学的ですが、

努力義務を課さず勧奨のみを行う「新臨時接種(仮称)」に係る公的関与の度合いは、

  • 勧奨し国民に接種を受ける努力義務を課す「臨時接種及び一類疾病の定期接種」よりは低いものの、
  • 勧奨もせず努力義務も課さない「二類疾病の定期接種」よりは高い。
したがって、「新臨時接種(仮称)」の健康被害救済の給付水準については、「臨時接種及び一類疾病の定期接種」と「二類疾病の定期接種」の間の水準とすることが適当である。

「間の水準」とは事務連絡の雨霰である事だけは理解できますし、今回は曲芸のような合法化ですが、次回は予防接種法に基いたものに変える方針である事もわかります。それと費用なんですが、

公的関与の度合いが高い「一類疾病の定期接種」についても実費徴収を可能としていることとの均衡を考慮すれば、これよりも公的関与の度合いが低い「新臨時接種(仮称)」については、経済的困窮者を除く被接種者からは実費徴収を可能とすることが適当である。

予防接種法2条2項にある一類の定期接種とは、

  1. ジフテリア
  2. 百日せき
  3. 急性灰白髄炎
  4. 麻しん
  5. 風しん
  6. 日本脳炎
  7. 破傷風
  8. 前各号に掲げる疾病のほか、その発生及びまん延を予防するため特に予防接種を行う必要があると認められる疾病として政令で定める疾病
たしかにこれらの予防接種は原則公費ですが、公費接種の期間が設けられ、これを過ぎると実費になります。ただ改めて読み直しても、なぜあの時点で一類疾病の8号に指定されなかったかが疑問です。現在は結果として、従来のインフルエンザと重症度は余り変わらないようである事が認識されつつありますが、あの時点ではまだ不確定要素がテンコモリあったはずです。

どういう経緯で新型対策が決定されたかを検証したいところですが、2/21付共同通信(Yahoo !版)より、

 政府の新型インフルエンザ対策本部(本部長・鳩山由紀夫首相)に、国が採るべき方針を答申してきた専門家諮問委員会(委員長・尾身茂自治医科大教授)が、開いたすべての会議で議事録などの記録を残していなかったことが20日、分かった。

実に手際が良い事で、

 会議には同省幹部らが同席したが、類似の会議とは異なり、議事録は作らず、発言は一切録音しなかった。残っているのは出席者の個人的なメモのほか、取材対応用に用意した数回分の議事概要だけで、どのような議論が交わされたのかが分かる資料は内部向けを含めて存在しないという。

すべては闇の中に封じ込められたと言う事です。優先順位も前に話題になりましたが、

 パンデミック時には、今回の新型インフルエンザ(A/H1N1)のように、一時的に十分な量のワクチンが確保できない事態が生じうると想定されるが、こうした場合、より必要性が高い者に対し、日本全国で適切に接種機会を確保する必要がある。

 このため、国が対象疾病や接種対象者を定め、地方公共団体が予防接種を実施するという仕組みを導入することが必要である。ただし、実際の運用にあたっては、過度に厳格・複雑にならないよう配慮することが必要である。

予防接種法が改正され新臨時接種に基いて行なわれれば、正式に国が優先順位を「鉄の順位」にするとしています。「過度に厳格・複雑にならないよう配慮」とは今回並でしょうか、それとももう少し緩和されるのでしょうか。誰が考えても更に厳格になるとしてよいと思われます。


次は新型ワクチンを今後どうするかですが、

 新型インフルエンザについては、発生当初は臨時接種により対応することが想定されるが、緊急に接種を実施する必要性がなくなった後も引き続き、疾病の発生及びまん延を防止するため、定期的に予防接種を行うことが必要となる場合が想定される。

 したがって、こうした場合に定期接種化に向けた検討を行う旨を明確にしておくべきであるが、更に定期接種とする場合の要件や具体的道筋については、今後、本部会において行う「予防接種に関する評価・検討組織のあり方」に関する議論の中でも、検討することが必要である。

WHO勧告は来シーズンのインフルエンザワクチンを「H1N1pnd + H3N2 + B」としていますが、「予防接種に関する評価・検討組織のあり方」次第ではどう転ぶかわからない含みをもたせています。最悪、二本立てが残る可能性もありますし、一本になっても新型がミックスされているから国が公的に大々的に関与するぐらいの可能性は残ります。


次も読みながら苦笑したのですが、

 「二類疾病(インフルエンザ)の定期接種」については、平成13年改正法附則第3条の規定により、高齢者にその対象が当面限定されている。(その他の疾病については、法律で疾病を規定し、政令で接種対象者を規定している。)。これは、高齢者以外の者(特に子ども)に対する季節性インフルエンザの予防接種の効果が限定的であると判断されたためである。

 今回の新型インフルエンザ(A/H1N1)に対するワクチンについては、高齢者以外の者についても重症化防止の効果が期待され、実際に接種も行っている。また、同様に、別の新たな新型インフルエンザが発生した場合にも、国民の大多数に免疫がないことから、高齢者以外の者に接種を行う必要性について一定の蓋然性がある。

ここも笑いどころで、

    高齢者以外の者についても重症化防止の効果が期待され、実際に接種も行っている
ここで根本的な疑問ですが、今回の新型接種は予防接種法の何に基いて行われたのでしょうか。本来医療者は予防接種法をそんなに普段意識しているわけではありません。インフルエンザも求めがあれば接種するだけです。ただあれだけ強権を振り回されれば意識せざるを得なくなります。



提言がまとめられるまでの参考資料まで目を通す余裕がなかったのですが、まず総括が為されていません。今回の新型ワクチン騒動でどういう問題点があり、それをどう考え、それをどう今後に活かしたかの過程が少しも読み取れません。書いてあるのはやらかした事の正当化だけです。どこかで論議されているのかもしれませんが、論議しただけでは何も言っていないのと同じです。提言に書かれても無視される項目も多々ありますが、書きもされない事は完全に無視されたと解釈しても良いと考えます。

提言を読み終わって改めて思うのは、なぜに新型ワクチン接種を一類疾病の8号指定にしなかったかです。指定しないと判断した時点では、まだまだ今後の展開は予測不可能な状態でした。今シーズンは一類8号指定で接種し、新型インフルエンザの評価が固まってきた来シーズンは二類にしても不都合があったとはどうしても思えないからです。

提言は努力義務と勧奨の差を力説していますが、患者の努力義務はあっても無くても実質として変わりません。努力義務があっても接種をしない自由は十二分にありますし、無くても接種したいと考えれば医療機関に殺到します。本当の差は国が勧奨するかしないかの方が大きいと考えるのが妥当です。努力義務が実質として大きな差になるのは接種料金ですが、これさえ提言では、

    「一類疾病の定期接種」についても実費徴収を可能
自らこうまとめているのですから、何をか言わんやです。

提言で言う新臨時接種は何のために必要であるかが、納得のいく説明で書かれているように思えません。私はどう読んでも、今回のドタバタ騒ぎの責任回避としか思えません。今回のドタバタ騒ぎはどう見ても不手際の集積であるのは明らかです。このままでは責任問題が浮上しかねませんが、今回のドタバタ騒ぎを正当化すれば責任問題は雲霧消散します。

つまり今回がドタバタ騒ぎになったのは、それに必要な規定が予防接種法になかったために起こった事であり、それさえあれば粛々と新型接種は行われたはずだの責任回避法です。責任回避のためだけに予防接種法を改正しようとしているだけとするのは言いすぎでしょうか。

千歩譲って今回の新型接種のために新たな規定が必要であるとしても、今回のドタバタ騒ぎの正当化をするのではまったく意味がありません。本当はどういう運用をすればキチンとシステムが動いたかの検証が一番重要なはずです。提言はドタバタ騒ぎで強権を法的根拠に基いて揮えなかったからと結論しているようにしか思えません。

そうではないと私は思います。会議室での机上の空論が現場で空回りしたのが真の原因だと考えます。それが混乱を招いた原因であるにも関らず、緊急の場で融通の利かない会議室統制を正当化するのみで終始している姿勢に大いに疑問を持ちます。予防接種法の改善にまで踏み込むのなら、本当はどういうシステムであれば適切に予防接種が行えたかをキチンと検証するべきです。

何が適切なシステムであるのかの大規模な社会実験の結果が目の前にあるにも関らず、そこから教訓を引き出そうとする努力が片鱗も感じられません。社会実験の結果から現実的なモデルを導き出し、そのモデルを運用するためにどうしても法改正が必要であるという手順が本道ではないかと考えます。

厚労省は二の舞の準備を着々と行なっているようです。実に見事な政治主導であると思われます。