6/30付NEWSポストセブン(@niftyニュース版)より、
最高齢助産師「出産時の痛みはセックス以上の究極の快感」
取り上げた赤ちゃんは約4000人という、日本最高齢の助産師・坂本フジヱさん(87)。現在も現役の助産師として多くの妊婦を健診し、出産に立ち会っている坂本さんが、親子の絆についてこんな話をしてくれた。
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子宮口が8cm開くまでは本当に痛い。全身の毛穴から煮えたぎったお湯が噴き出る感じです。しかし、そこから先はもう痛くないんです。ものすごく楽になって、究極の快感が来ます。恍惚感です。セックスのときより、もっとすごい喜びです。これを経験すると、子供が愛おしくなってまた産みたくなる。私のとこには、5人は多いけど4人産む人はザラです。経済的に苦しい、そやけどもうひとり産みたい。
私、学校に思春期教育に行ってます。お母さんに“悪魔”といわれてる子がいました。「あんたのために、私はあんな苦しい思いをした」と。親子とも不幸ですね。痛いを越えて快感を覚えると、親子の絆が強まるのに。
病院を批判するわけではないけど、いろんな機械に囲まれ、システムで出産すると、理屈っぽいお産になるのかな。だから絆も生まれない。
お産で死ぬことは絶対ないから、なんにも心配いらん。しかしお産とは、手で上手に取り上げるもんではない。口で産ますんです。話しかけるんです。なぐさめ、なぐさめ、長い陣痛のあいだを本当になぐさめながら、お母さんの心が自然に出産の瞬間を迎えられるようにするんです。
マスコミ記事ですし、女性週刊誌ですし、女性セブンですから、どれだけ御本人の意図が反映されているか常に考慮しないといけないのですが、
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取り上げた赤ちゃんは約4000人という
知事
厚労省から何かないですか。各地の情報などありませんか。
厚労官僚国では医師確保支援チームとして、各ブロック毎に相談に乗る体制は整備している。現在、緊急臨時的医師派遣としていくつかの道県へ医師派遣を行なっているが、それはその地域の医療資源をフルに活用してもやって行けない地域にしている。
知事
奈良県は全国的にみると、まだ医療資源を総動員する余地があるのではと考えている。関係者一丸となって取り組んでいただきたい。また、コーディネーターを募集しているが、助産師資格を持った人で応募者がいるのかと思う。公的病院に助産師資格を持っていても助産師業務に携わっていない者もあるのではないか。地域の医療機能を評価すれば、新たな面が見つかるのではないか。医療資源は医師が重要となるが、奈良はまだ余裕があるという意見か。
厚労官僚まだまだ活用の余地があり、最低レベルでないと言うこと。一人で300件の分娩を扱う例もある。
厚労官僚は「扱う例もある」としていますが、そこそこ繁盛している産科開業医なら年間300人ぐらいは標準的とも聞きます。また産科医開業医は10年で閉院するわけではありませんし、開業前の勤務医時代にも4000人ぐらいなら既に経験されているかと考えます。4000人の分娩経験と言っても、その程度のものであると言う事です。
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お産で死ぬことは絶対ないから、なんにも心配いらん
もっとも人間は過去の辛い思い出を忘れたり美化してしまう事があります。これは人間の心理的な防衛機構の一つとされていますが、87歳なら十分これもありえるかもしれません。もちろん本当に運の良かった人の可能性もまたありえます。たとえば大葉ナナコの誕生学な日々のいのちのことだらけにはこんな運の良い方の話も紹介されています。
今朝は、「赤ちゃんとママ」編集部の伊藤邦恵さんから、男の子が生まれましたメール。 帝王切開後の自然分娩(VBACといいます)でした。おめでとう!!最近、日赤でVBACで産んでるママ、多いです。小学校のママ友は3回帝王切開後にVBACで6人目出産!
調べてみると広尾の日赤の産科では
日赤医療センターではVBACを基本方針としております。
当センターでは、「前回分娩が帝王切開」という理由だけでは帝王切開の適応とはしておりません。前回帝王切開になった理由、帝王切開の具体的な方法、産婦さんの産道の状態や胎児の状態を評価した上で、分娩の方法(帝王切開をするかどうか)を決定します。産道や胎児の状態は刻々と変化しますので、最終的にはお産の時点で決定をすることなります。
最近の当センターの統計では、前回帝王切開全体では約半数の方が経腟でお産されました。
3回帝切後のVBACも広尾の日赤が請け負ったかどうかは不明ですが、こういう運が良い人はこの世に確実に存在し、また自分が運の良いだけである事を自覚せず、まるで一般論のように力説される方も少なくありません。まあ、本人にとっては経験のすべてですから、そうなるのもやむを得ない面もありますが、傍迷惑な時も多々あります。
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子宮口が8cm開くまでは本当に痛い。全身の毛穴から煮えたぎったお湯が噴き出る感じです。しかし、そこから先はもう痛くないんです。ものすごく楽になって、究極の快感が来ます。恍惚感です。セックスのときより、もっとすごい喜びです。
充足感と性的快感は質がかなり違います。これは分娩経験者の意見を出来れば教えて頂きたいところです。そんなに物凄い「究極の快感」があるのなら、この世に出産狂みたいな方がおられても不思議ないと思いますし、三文エロ小説の題材になっていないのが私には不思議です。三文エロ小説だけではなく、もっと高尚な文学作品の一つや二つもありそうなものですが、男性に知られてはならない秘事として伏せられ続けて来たのでしょうか。
読みようによっては耐え難い苦痛を耐えに耐え抜いた後に得られる究極の快感、それも一度味わうと病みつきになりかねない快感なんて、まるでマ○の極致みたいに思えないでもありませんが、この「究極の快感」はすべての出産する女性に公平に訪れるものではないようです。
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私、学校に思春期教育に行ってます。お母さんに“悪魔”といわれてる子がいました。「あんたのために、私はあんな苦しい思いをした」と。親子とも不幸ですね。痛いを越えて快感を覚えると、親子の絆が強まるのに。
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しかしお産とは、手で上手に取り上げるもんではない。口で産ますんです。話しかけるんです。なぐさめ、なぐさめ、長い陣痛のあいだを本当になぐさめながら、お母さんの心が自然に出産の瞬間を迎えられるようにするんです。
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分娩時の「究極の快感」 = 親子の絆
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病院を批判するわけではないけど、いろんな機械に囲まれ、システムで出産すると、理屈っぽいお産になるのかな。だから絆も生まれない。
立会い分娩(私は結果的にやらされて、吸引やってました)なんてものもありますが、到底あんなもので「究極の快感」なんて味わえません。そうなると世の男親は、親子の絆なんて存在せずに子供を育てていると言う解釈で宜しいのでしょうか。どう逆立ちしても分娩時の「究極の快感」を得られないのが男性ですから、悲しいものです。私が抱いていた親子の絆なんてものは、男親の勝手な幻想だった事になりそうです。
でもって、この記事は釣りなんでしょうか? 釣りであるなら、どうも釣られたみたいですが、そんな日もあっても良いぐらいにさせて頂きます。そうそう87歳と言えば、学校の周辺を歩く時にはくれぐれも御注意下さい。サッカーボールが転がり出してきて、避けようとして転倒したりすれば大変な事になりますから、くれぐれもお願いします。
ま、運が良い人には縁の無い話かも知れませんけどね。