VBACは怖いんだけど・・・

VBAC(Vaginal birth after cesarean section)は安全なものとは言えません。VBACでの最大のリスクは子宮破裂ですが、アメリカでは約0.6〜0.8%と報告されており、だいたい150件に1回ぐらいでしょうか。一方で全妊娠の子宮破裂の頻度は1000〜3000人に1人とされていますから、約10倍の危険性があるとしても良いでしょう。子宮破裂が起こるとどうなるかですが、これは想像がつくとは思いますが、データにムラはありますが母体死亡率は1〜2%、胎児死亡率は20〜80%とされています。とくに胎児は生き残っても重い障害が残る可能性が非常に高く、残らないと言うのは幸運が団体さんで押し寄せた時ぐらいと言えます。

この程度の頻度を安全と取るか、危険と取るかは全世界的には見方は変るかもしれませんが、平成の日本では十分危険な分娩であるといって良いかと考えます。そのため日本でもVBACをあえて行う時には妊婦との十分な説明と合意と、子宮破裂時の迅速な対応が求められます。どれほどの対応が求められるかがよくわかる事例として福島VBAC訴訟があります。

福島VBAC訴訟は控訴審に進んでいますが、一審では病院側が責任を認定されています。全部解説すると長くなるので簡略にすると、福島医大では子宮破裂があった後、35分で緊急帝王切開に取りかかり、42分で胎児を娩出しています。神奈川帝王切開賠償訴訟で有名になった「30分ルール」を満たしていると裁判所も事実認定しています。しかし一審判決はそれでも遅いとして注意責任義務を課しています。裁判所がVBACの子宮破裂に求める水準は、

18分以上になると障害を残す場合があることが報告(この事例は平成7年当時でも日本における各文献にも多く紹介されており, 産科の医師の間では知られていたものと認められる。) されるなどし, また, 日本においても, 上記の時間を10分ないし15分であるとすべき意見や, 実施している医療機関の報告がされるなどしており, より短時間であるほど望ましいとされていたのであって, 上記30分は医療機関が遵守すぺき基準として扱われていたものではなかった。

つまり「17分ルール」かそれ以上のものである事がわかります。医療関係者にとってまさに悪夢の数字で、この数字を満たせる医療機関は極論すれば事実上無いと言ってもよいかと考えます。チト長くなりましたが、VBACを行なうとはそれほどのリスクと責任が具体的にあるということです。「17分ルール」については係争中ですが「30分ルール」は既に司法的に出来上がっており、日本でVBACを行なうというのは相当な覚悟が医療者にも妊婦にも必要なのは間違いありません。


前置きがいつもの通り長くなりましたが、実は前置きはまだ続きます。天漢日乗様の首都圏産科崩壊 東京大空襲始まる(その3)NHKニュースウォッチ9の呆れた報道姿勢 江東区産婦死亡事例で「不安を感じる江東区の妊婦さん」が「自宅出産希望者」だった件→VBAC(帝王切開後普通分娩)希望か? 情報求むと言うエントリーがあります。

    さっき帰宅してNHKをつけたら驚いた。
     3人目を自宅出産する妊婦さんが助産師さんの検診を受ける
    というビデオを流し
     こんなことがあると不安で
    と言っているのだが、

後はNHKの視点の当て方のトンチンカンさを論評されています。自宅出産に挑まれる妊婦さんは3人目だそうなのですが、その時流された映像があり、

腹部に見えている縦の線が帝王切開時での正中創ではないかの疑念が寄せられました。天漢日乗様も何回かエントリーを重ねられ、情報を集められた結果、正中創ではなく色素沈着だろうと結論されています。私も産科医ではありませんが、画像から見る限り正中創ではどうもなさそうだの意見に同意しています。


やっと本論なんですが、NHKの妊婦がVBACでないとしても、産科関係者の話では安易にVBACを請け負う産科医や助産師はこの世に少なからず存在するそうです。どこかでコメントを頂いたはずですが、ゴメン、恥ずかしながら探し出せません。記憶に頼ると産科なら、

    ○○病院と緊密な連携を取っており、安心のVBACをお約束します
こんな感じのキャッチフレーズで宣伝しているとされます。助産師になるとさらにで「私に任せておけば大丈夫」みたいな感じです。上記したようにVBAC最大のリスクは子宮破裂であり、それは150件に1件は起こり、起こったときには「17分ルール」ないしは最低限「30分ルール」で緊急帝王切開を行う事が求められます。産科医が自前で対処するならまだ可能性はありますが、緊密な連携では「17分」は愚か「30分」だって不可能なものになります。

「30分ルール」を満たす事ができる医療機関は数えるほどですが日本に存在します。ただしこれはあくまでも院内での対応になりますし、当然といえば当然ですが熟練の新生児科医及びNICUが完備している事が絶対条件です。「緊密な連携」と謳っている時点でその医療機関が「30分ルール」を満たしていないのは明らかだと言う事になります。助産院になればさらに条件が悪くなるのは言うまでもない事です。

この様に日本でVBACに挑戦するには非常に高い関門が聳え立っています。そもそもの子宮破裂の危険率もそうですし、子宮破裂を起した時の医療機関への注意責任義務も果てしなく重いものです。「17分ルール」が確立してしまうと事実上日本でVBACが出来る医療機関は存在しなくなりますし、「30分ルール」でも非常に限定された医療機関しか取り扱えない分娩である事がわかって頂けるかと思います。


ここで個人的に非常に不思議なのは、経腟分娩であるという事で助産院がVBACを取り扱えるという事です。法律的にはなんの規制も無かったはずですし、現実に請け負うところはあると聞きます。助産院ではいかなる分娩であっても「17分ルール」は愚か「30分ルール」も満たす事は出来ません。つまりVBACで子宮破裂が起こればその場でお手上げと言うことです。子供はその時点で絶望的ですが、母体の方も危機に曝されます。助産院ですから母体に対しほとんど有効な治療は何も施せません。

VBACを行う事により子宮破裂の危険率が10倍に上り、その頻度が150人に1人となっても、これを「自然で安全なお産」である「正常分娩」とされているようです。どうもそこのところを理解するのが私には難しすぎる問題です。NHKで報道された妊婦はどうやらVBACでなさそうですが、VBACを自宅分娩で行なうのは現実としてありうる事なんです。背筋が凍る思いをしているのは私だけでしょうか。


おっと追記ですが、これも天漢日乗様のところで今朝見つけたのですが、

日本助産師会から「助産所業務ガイドライン」てのが平成16年に出ていますが、その中で、VBACは「産婦人科医が管理すべき対象者」に分類されており、「助産所での分娩対象者」ではありません。

助産師会も危険性には2年前に気がつかれているようです。きっと今は厳守されていると期待します。