続地域医療支援センター

地域医療支援センターについては8/28に一度取り上げたので可能な限り重複しないように、前向きの姿勢で努力させて頂きます。間隔は空いていますが、気分は続編です。


3600万円の割り算

まず12/24付Asahi.com apital「【2011年度予算案】 医療・健康分野をながめてみると」からなんですが、

 深刻化する地方の医師不足に歯止めをかけようと、医師不足対策には19億円を計上した。中心に据えるのは、15の都道府県に設置する「地域医療支援センター」(5.5億円)だ。

 都市部の病院に医師が偏る状況を解消するのがねらい。センターの傘下に若手医師を集め、専門医の資格をとれるような支援などもしながら、医師不足に悩む地域の病院に、医師を派遣する。

 厚労省は今年8月の概算要求の時点で、全都道府県への配置を計画していた。しかし、その後、10月に成立した今年度補正予算で、各都道府県が地域医療の体制整備ができるよう「地域医療再生基金」が2100億円積み増しされた。

 「政策コンテスト」では、評価側の桜井充財務副大臣から「基金を使えばいい」と突き放された結果、15地域での試験的な設置にとどまった。

とりあえず予算ですが、

    15の都道府県に設置する「地域医療支援センター」(5.5億円)だ。
これが削られた結果であるのは記事からわかるのですが、もともとの要求額は幾らだったのであろうはチョット興味が出ます。8/22時点での情報がまずあり、

事業費約20億円を来年度予算の概算要求に盛り込む。

もう少し情報が無いかとググって見ると、9/2付CBニュースに、

来年度予算の概算要求の特別枠に17億円を盛り込んだ

CBニュースにはもう少しだけ予算の細かい内容が書かれており、

設置に際しては、各地の医師の不足数や偏在の状況を勘案して、1都道府県当たり3600万円を上限に予算配分が行われる。

どうやら概算要求時点では17億円だったのが、最終的に5.5億円に削られたと理解しても良さそうです。ここでなんですが、

    1都道府県当たり3600万円を上限に予算配分が行われる
都道府県の状況により予算の配分に差が出るのは理解するとして、「上限」が3600万円ですから、都道府県によってはもっと低い配分、たとえば2500万円とか、2000万円のところがありそうに読めてしまいます。ところが、上限とされる3600万円をキーワードにして割り算を行なうと面白い結果が出てきます。

金額 都道府県の
上限
センター設置数 センター毎の
配布予算
概算要求 17億円 3600万円 47 3617万円
決定予算 5.5億円 3600万円 15 3667万円


あ〜れ不思議、予算をセンター設置数で割るとおおよそ「3600万円」になります。単純計算では設置されるすべてのセンターが、予算の上限の配布を受ける予定であったようにも考えられます。もっとも配布するための「事務経費」が何億円必要なのかは、部外者にはトンと不明ですから、単純計算の3600万円が設置されるセンターに配布されるかどうかは保証しません。


派遣と出向

さて8月の時点ではある言葉が問題視されていました。8月の朝日記事、9月のCB記事、12月の朝日記事で問題部分をピックアップしてみます。

8/22付朝日記事 9/2付CB記事 12/24付朝日記事
厚生労働省医師不足に悩む病院に医師を派遣する 厚生労働省は来年度、医師不足医療機関に医師の派遣・あっせんなどを行う 医師不足に悩む地域の病院に、医師を派遣する。


これだけ記事で繰り帰されると言う事は、厚労省の担当者は記者に対して「派遣」の言葉を明言したためと思われます。この「派遣」の言葉に鋭く反応されたのが法務業の末席様で、

厚生労働省の医政局は、大学の地域枠で養成した医師を、アッチの僻地病院だ、ソッチの村営診療所だと、ドヤ街の手配師よろしく、医師という労働者の供給事業をしたいのだろうが…これって職安法で言う「労働者供給事業」にあたるから、厚生労働省の職業安定局の許可無く行うことは出来ないし、医師の場合は労働者派遣も原則禁止。法令根拠なく「地域医療支援センター」を作るなんて、全くの違法行為じゃないですか…orz

まぁ、職安法33条の3で規定される「特別の法人の行う無料職業紹介事業」の届出事業者として行う場合は合法になりますが、現在は農業協同組合法に基づく農業協同組合など、7法令に基づく14法人しか許可されていません。新たに地域医療支援センター法みたいな根拠法令を制定しなきゃ無理ですわ。
(出典:http://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/jukyu/syoukai/dl/09.pdf

厚生労働省の中で、医政局と職安局との摺合わせ調整が出来ているとは思えません。単なる勇み足報道じゃないですか?

勇み足報道ではなく、こうやって現実に予算化されたのは法務業の末席様の見込み違いですが、一方で根拠法令が同時に整備される予定かどうかは情報不足でわかりません。御存知の方がおられれば情報下さい。根拠法令が同時に関連法案として制定されれば、法的な問題はクリアしますが、そうでなければ問題の火種は残りそうです。

ここでなんですが医師の派遣は原則禁止であっても、「出向」なら合法的になるとのコメントも法務業の末席様から頂いています。派遣と出向がどう違うのかの参照URLを確認してみると、

出向と派遣は、どちらも出向先や派遣先の会社の指揮命令に従って就業することから、非常によく似た就業形態です。両者の決定的違いは「労働契約関係」の有無にあります。

【出向(在籍出向)】

 出向元との労働契約関係を維持したまま、出向先との間に労働契約関係を生じさせ、労働契約の一部が移転し、指揮命令権も出向先に移転する就業形態をいいます。

【派遣】

 労働者派遣の場合、労働契約関係は派遣元との間にありますが、指揮命令権が派遣先に移転する就業形態のことをいいます。

【在籍出向と転籍出向の違い】

在籍出向は、出向元との労働契約関係を維持したまま出向先に労働契約関係の一部と指揮命令権が移転しますが、転籍出向は出向元との労働契約関係が全て転籍先に移転します。

皆様理解できましたか? 私はよく判りませんでした。たぶん素人ではわからないと見越されたのか、法務業の末席様は補足の説明をして下さっています。

医師の業務は労働者派遣は原則禁止ですが、広島県の構想のように自治体職員(公務員)として雇用されている医師を、関連の病院に出向させることは合法になります。今回の日記エントリでの構想に当てはめれば、医師を先ず「地域医療支援センター」で雇用し、その医師の雇用主である「地域医療支援センター」の業務命令で医師不足の病院に出向させ、出向先病院での雇用関係を締結して、給料は出向先から直接出向労働者に支払いう形態が出向になります。

ところが労働者派遣の場合は、派遣先病院より派遣元事業者(例えば地域医療支援センター)に派遣料が支払われ、その派遣料を原資に派遣元事業者から派遣医師に給料が支払われる形態です。繰り返しますが、この派遣業の形態は派遣業法で医師の業務は原則禁止です。

これでもストレートに理解するのが厄介なんですが、労働契約の見方のようです。私の理解が正しいかどうかも不安点はタンマリあるのですが、非常に単純に表にして見ます。

分類 労働契約 派遣・出向先の給与
派遣・出向元 派遣・出向先
派遣 結ぶ 結ばない 派遣元に支払う
出向 結ぶ 結ぶ 個人に支払う


派遣・出向先で生じた個人への給与の動きが判りやすいと思うのですが、派遣では派遣先から派遣元の派遣会社に支払われます。派遣先の会社とは労働契約を結んでいませんから、派遣契約に基いて派遣先から派遣会社に契約料が支払われると見ても良いかと思います。派遣会社は派遣先から受け取った料金から一定の割合で差し引いた額を個人への給与として支払う事になります。差し引く額が派遣会社の収益であるとしても良いかも知れません。

一方で出向の場合は、出向先とも労働契約を結んでいますから、個人に直接給与が支払われ、出向元の会社には派遣先から一円も転がり込んできません。もちろん出向元の会社にもメリットはないわけでなく、給与は出向先が払ってくれるので人件費の節約になります。

たぶんですが、派遣は認められなくとも出向なら認められるのは、同じように他の会社に自分の社員を働かせても、働かせるだけで自分の会社が直接利益を得るのが派遣であり、そうでないのが出向だからじゃないかとも見れます。出向も自分の会社の口減らしにはなりますが、出向社員がさらなる利益を自分の会社に運んでくれないのが違いのように理解しています。

もっと単純に違いを言い表わすと、

    派遣:派遣元に利益が生じる
    出向:出向元に一切金は回らない
細かな用語の用い方、解釈や運用の間違いについては「優しく」フォロー下さい。とにかく医師の派遣は原則禁止であり、センターが「派遣的な事業」を合法的に行なうためには、派遣ではなく出向で行う必要があると言う事です。


センターの概略

地域医療支援センターが実際にどんな規模で、どういう構想で運用されるのかの情報は記事ではサッパリわかりません。ここまでで判るのは都道府県毎の年間予算がどうも3600万円であるらしいだけです。何か参考になる資料がないかと漁っていたら、第13回社会保障審議会医療部会資料1に参考になりそうなものがありました。30・31ページにあるのですが、とりあえず、

設置場所:都道府県立病院、○○大学病院等

むむむ、そいでもって人員体制も書かれています。

人員体制:専任医師2名、専従事務職員3名

ハハ〜ん、どうもこの5人の人件費が3600万円の正体の様に思われます。どうもなんですが、出向や派遣なんてレベルの問題を考えているのではなく、大学医局人事の純官製版しか構想していないように思われます。それこそ大学病院なりに寄生して、人事権だけ握り締めようとしているとすれば良いでしょうか。役割と言うのも書かれていまして、

  • 都道府県内の医師不足の状況を個々の病院レベルで分析し、優先的な医師配置を判断。医師のキャリア形成上の不安を解消しながら、大学と調整の上、プールした医師を地域の医療機関に配置
  • 医師を受入れる医療機関に対し、医師が意欲を持って着任可能な環境作りを指導・支援。公的補助金決定にも参画する権限を付与

いやはや強大な権限も付与される計画のようで、

    公的補助金決定にも参画する権限を付与
今や病院経営を大きく左右する公的補助金に口出しできるとしています。つまりセンターに逆らえば補助金で仇討ちされる関係です。具体的な業務もこの役割を踏まえてみるとわかりやすくて、

地域医療支援センターの人材プールの中から、医師を地域の医療機関に配置するほか、大学(医局)等への働きかけ等の調整を実施する。医師の配置は本人の意向も踏まえて行う。

ポイントは、

    大学(医局)等への働きかけ等の調整を実施する
これを補助金行政と絡めて推進するわけですから、強大そのもののセンターになる仕組みと考えられます。地域医療支援センターの情報は増えましたが、あくまでも「どうやら」ですが、法的な問題はさして考慮されていないように思われます。ですから厚労省の発表的には安易に「派遣」とか「あっせん」みたいな言葉が飛び交っていると思われます。ましてや合法的になる出向形態の検討などどこにも為されていないとしても良さそうです。

現在の大学医局方式の医師派遣も、出るところに出れば違法であると法務業の末席様は指摘されています。当然ですが、これを厚生「労働」省がやっても違法です。労働行政の総元締めである厚生「労働」省が実際にはどういう形態で医師派遣を行うかは非常に注目されるところです。


センター構想をもう少し考える

「注目される」でお茶を濁してもエントリーとしては必要にして十分なんですが、これだけの情報なんですが、もう少し考えて見ます。新研修医制度導入を頂点とした大学医局潰しの大きな目的は、勤務医の人事権を医師から厚労省に移す意図が濃厚に含まれているのは、医師の衆目の一致するところです。

そのため大学医局を叩く時には「医師の就職の自由を阻害する封建的な組織」みたいなキャンペインが、マスコミと組んで執拗に行われていました。ところが医局支配が弱体化し、弱体化すれば必ず起こる周辺部の切捨て(地方僻地病院の医師不足)が顕在化すると、今度は「医師のワガママ」キャンペインが行われています。某大新聞社は「医師強制配置論」を繰り返し掲げています。

経過を見るとマッチポンプなんですが、単純には目的に応じたあざとい戦術であるのは誰でもわかります。究極目的に誘導するために平然とダブスタ戦術を行なっただけと言う事です。ただなんですが、厚労省サイドも計算違いがあったと考えています。厚労省サイドの計算違いは、やはり医師過剰論にあったと思います。厚労省戦略の基礎に医師過剰論があり、これが誤算を招いたんじゃないかと言う事です。

医師過剰論を戦略基礎にしていたので、大学医局を潰せば、就職困難になった医師が増え、これを安易に吸収して官製医局を作れるとした戦略です。ところが計算外の医師不足現象が巻き起こり、厚労省厚労省の意を受けた官製医局の雛形であったドクター・バンク制度が頓挫してしまったと言う事です。そんなものに頼らなくとも不足している医師の就職場所は、医師が自力で探せてしまったとすれば良いでしょうか。


厚労省が行った官製医局構想としては、地域医療支援中央会議があります。あれは表向きは地方僻地の医師不足病院に医師を派遣する事業でしたが、全体構想としてはそれだけでなく、都道府県医局の設置を盛り込んだ官製医局構想そのものであったと考えています。予算としては2年間で40億円ほど費やしたと考えられていますが、見事に頓挫しています。今回のセンター構想は、中央会議の失敗を教訓にしたと見ています。

中央会議の失敗の原因は単純で、いかに組織を作っても派遣すべき医師を調達できなかった事に尽きると思います。個人的には元来足りないのですから、当然の結末以外に考えようが無いのですが、厚労省の見方・考え方は別のところにあるような気がします。医師が不足している事が主因ではなく、医師の調達法に失敗の原因があったとの考え方です。

ここもあからさまに言えば、厚労省の目的は別に地方僻地の病院への医師の調達と補充ではありません。これも目的の一つではあるかもしれませんが、ついでの副産物みたいな目的です。真の目的は勤務医の人事権の掌握であり、人事権さえ掌握すれば医師不足の病院への医師派遣も厚労省の意向一つで可能になると言う事です。


人事権を合法的かつ強力に掌握したいのなら、一つの方法として勤務医の総国家公務員化はあるはずです。医師をすべて厚労省所属の国家公務員にしてしまえば、それこそ辞令一つで医師を全国どこでも配置する事が可能です。ただそこまでするには、あまりに障壁が多いのと、当然のように予算の問題が生じます。国立病院を独法化しながら、勤務する医師を国家公務員化する政策は無理があるとも言えます。

ですからセンター構想は間接支配による人事権の掌握を狙っていると見ています。センター構想の間接支配のターゲットはずばり病院と考えます。医師個人を縛ろうとすると憲法問題まで派生しかねませんから、医師が勤務する病院を間接支配してしまおうとの計画と考えるとわかりやすくなります。医師が勤務する病院を間接支配しておけば、就職先に困る勤務医の人事権は厚労省が自然に握れる発想です。


間接支配を行うためには、支配力の源泉が必要です。その源泉を補助金分配にしたと考えれば筋が通ります。殆んどの病院は補助金無しでは立ち行きません。その都道府県毎のさじ加減をセンターに握らす、または握らしているように見せれば、病院はセンターに頭があがらなくなります。医師への直接の人事権は握れなくとも、病院を補助金により間接支配すれば、実質的に医師の人事権を握ったも同然と言えないことはありません。

派遣と出向の問題を上で考えましたが、間接支配であるなら法的にクリアできるのかもしれません。派遣や出向が問題になるのは、医師個人の扱いレベルになるから難しくなるのであって、医師が直接労働契約を結んでいる病院からの出向にすれば問題がなくなりそうな気がします。

センターから病院への「医師派遣」の命令は、あくまでも形式的には要請です。喩えてみれば市長とか住民団体による「医師寄越せ」の陳情と同等レベルのものになり、これは違法行為になりません。陳情や要請に応えるかどうかは病院の自由意志であり、さらに応える時にどの医師を選び、どういう派遣形式を取るかは病院の責任で行われ、センターはまったくタッチしません。

センターは直接にはタッチしませんが、センターの要請には補助金のさじ加減と言う裏書が存在します。これも形式的に巧妙なのは、おそらく直接には連動させず、「江戸の仇を長崎で討つ」式の報復を仄めかすだけになるかと思われます。そういう手法は官僚がもっとも得意とするところなのは周知の事であり、病院側も百も承知の間接支配の形態です。


とりあえず来年は15の都道府県にセンターは設置されるそうです。これがどういう働きを見せるのか、勤務医や病院がどういう反応を見せるのかは来年度のお楽しみになるかと思っています。