何処も同じ論説委員

2/12付宮崎日日新聞に県立延岡病院問題と言う見出しで社説が掲載されています。小見出し付で三部構成になっていますので順番に読んでいきます。

■医局実情すべてオープンに

 約25万人。いざという際に県立延岡病院に命を託すことになる医療圏の住民の数である。

 県北住民の救急医療を担う拠点病院で3月末までに医師6人が退職する意向だという。

 内訳は内科医2人(腎臓・透析専門1人、血液専門1人)、神経内科医3人と救急担当の副院長。

 補充がなければ4月から腎臓内科と神経内科が休診となる。いずれの診療科目も重要だ。

 腎臓内科が受け入れる新規患者には心臓バイパスなどの手術後に1割ほど発症する腎不全患者や夜間急患がいる。

 その人たちを治療できる県北の医療機関はほかにない。

小見出しと内容がやや乖離しているのが気がかりですが、2/8付宮崎日日新聞では確認できなかった6人の医師の内訳が確認できます。

  • 内科医2人(腎臓・透析専門1人、血液専門1人)
  • 神経内科医3人
  • 救急担当の副院長
これでわかるように延岡病院には腎臓内科の医師は1人しかおらず、辞職される事により消滅する事が確認できます。また救命救急センターの医師は副院長であった事も分かります。この辞職により所属部署がどうなるかと言えば、

所属部署 現状 辞職後 影響
脳神経センター 神経内科3名、脳神経外科2名 脳神経外科医3名 神経内科が消滅し片肺状態に
救命救急センター 救命救急科2名、麻酔科3名 救命救急科1名、麻酔科3名 副院長辞職の影響は
内科 呼吸器科2名、血液科2名、腎臓内科1名 呼吸器科2名、血液科1名 腎臓内科だけではなく血液科も危ないのでは


この6人の辞職の前に消化器内科医が辞職しており、消化器センターが片肺状態である事を考えると5つのセンターのうち2つが片肺状態で機能低下している事が分かります。それとやはり副院長が辞職した救命救命センターの今後も気になるところです。もっとも救命救急科の副院長は1970年卒で、役職待遇でも定年はボチボチのはずですから、救命救急センターとしては織り込み済みであったかも知れません。次に進みます。

■過労で倒れる事態に

 神経内科は年間約250人に上る脳梗塞(こうそく)患者に対応できなくなる。なぜ、そんな事態に陥ってしまったのか。

 昨年5月まで県立延岡病院には2人の腎臓内科医がいたが、1人が派遣元の宮崎大学医学部に引き揚げた。

 当然、残った医師にかかる負担は重くなり、その結果、昨秋には過労で倒れてしまう。2人でも負担の重い激務ならば予想されたことだ。そして今回、重要診療科の医師ゼロの危機を招いた。

 本来は2次、3次救急を担う高度医療機関であるにもかかわらず、休日や深夜帯に軽症を含む患者が押し寄せ、医師を疲弊させている実態がある。

 医師にも生活があり、子どもの教育などに最善の勤務地を選びたいという思いもあるようだ。

 それでも、人口13万人が住む本県3番目の都市の話である。何とかならないものか。

ここは腎臓内科の医師の経緯が書かれていますが、2/8付宮崎日日新聞には

昨秋には、宮大が医局に戻す予定の腎臓内科医が過労で倒れた経緯もある

昨日は、2人いた腎臓内科医が先に1人倒れて残りが1人になったものと解釈していましたが、既に昨年5月時点で1人体制に移行しており、1人で半年ほど頑張ったら過労で倒れたとのが事実のようです。この状態について腎臓内科様よりコメントを頂いています。

総合病院の腎臓内科としては、

  1. 専門外来:ネフローゼ含む腎炎のステロイド治療など、他科には任せられません.腎不全も透析導入が近くなれば、他科には任せられません.最近は、CKDの認知により、紹介患者が増えつつあります.
  2. 入院:腎生検などの専門性の高い入院もあります.他科入院患者の対診依頼がとても多いです.また、膠原病関係は通常腎臓内科がみることが多いです.
  3. 血液浄化:急性血液浄化はICU内で行います.救命救急科、主科、腎臓内科のどこが担当するかによって大分違いますが、知らん顔はできないでしょう.
  4. 透析:維持透析(外来透析)は論外ですが、他施設維持透析患者の入院中の透析は見なくてはならない.ブラッドアクセスのトラブルなどを担当すれば極めて大変です.
ということで、具体的に何人見ていたという数字よりも、460ベッドのこれだけ“センター”を持っている総合病院では、たとえ他科がしっかりしている状況でも、腎臓内科が一人というのは不可能です.常勤医として少なくとも二人、まず三人は欲しいところです.

腎臓内科医様は多くを語れませんが腎臓内科の信頼できる専門家です。ですから、このコメント内容は信頼されて構わないかと思います。つまり到底1人では支えきれない状況に陥っていたわけであり、当然のように過労で倒れたわけです。ここまでの社説は事実関係を説明しているだけですからとくに問題とはしません。次にこれらの事実を踏まえた主張と言うか提言になる部分に入ります。

■「医学部を」県民悲願

 大学医学部と公立病院には診療科ごとの“古い付き合い”がある。県立延岡病院も例外ではなく、同病院内科には、宮崎大医学部と熊本大が医局の医師を割り当ててきた。

 県側が派遣元の大学に断りもなく、他大学に代わりの医師の派遣を要請することはない。それが、医療の世界の慣例だという。

 その是非はひとまず置くとして、慣例というパイプが大学側には臨床の場、病院側は地域医療の担い手としての医師確保という双方の需要供給を満たしてきたのではないか。

 病院側の労働環境整備などは可及的速やかに解決すべき課題としておいて、県と大学医学部と実際に派遣される医師本人を含めた話し合いで妥協点を探ってほしい。

 人事に関する医局の力は以前ほど絶大ではないといわれるが、まだまだ大きいはずだ。

 大学医局側も擁している医師の数や医局外医療機関への派遣状況などの内部事情を県民に説明してはどうだろう。

 前身の宮医大設置前には「1県1医大を」という県民の悲願があった。その恩恵を県全域にもたらしてほしい。

ここでは医局人事の事を中心にまず解説しています。基本的に間違いではないのですが、認識が少々古すぎます。国公立であっても「一県一医大」建設時代に作られた医学部は基本的に医局の力は強くありません。新研修医制度前であっても卒業生の入局率が低く、他県からの卒業生は出身地の大学の医局に帰ってしまうからです。医局が力を持つには医局員の数が増えないと話にならないと言うことです。

それでも新研修医制度前なら卒業した母校か、出身地などの他の大学医局かの二択でしたが、新研修医制度後ではこれに医局に属さないという選択が生まれます。このため老舗医学部であっても医局員の減少に苦しんでいますし、新設医大はなおさらだという事です。これはあくまでも参考なんですが宮崎大学医学部の定員は100人(平成21年度より105人)となっています。100人の卒業生を出す宮崎大学医学部の研修医のマッチング率は76%、なかなかの高率そうに見えますが決して76人ではありません。募集定員は卒業生の半分の50人ですから38人になります。

この38人もまた要注意で、卒業できなかったり国試で落ちるとさらに減ります。これはwikipedia宮崎大学医学部の紹介ですが、

全国的に進級が厳しい医学部として知られており、1学年38人もの留年生を出した年もある。現在は緩和されたものの留年者は各学年とも毎年のように15人程度出ており依然として進級は厳しいと言える。

最終的に宮崎大学医学部で研修する医師は20〜30人とされています。前期研修終了後に入局する医師もいるでしょうが、それでも年間に宮崎大学医学部に入局する医師は30人程度と考えて良いんじゃないかと思われます。それでも30人も毎年入局すれば10年で300人♪みたいな計算をする方も出てくるかもしれませんが、開業や定年で抜け落ちる分が出てきます。さらに臨床だけでも19の医局があり、医局の戦力充実は非常に難しい状態である事が分かります。

私は宮崎県や宮崎大学医学部の内情は伝聞が中心なので信用性はそれなりですが、戦力的に宮崎全県を余裕でカバーする戦力は無いとしても間違っていないと思っています。ここでさらに論説委員の古い認識がでてきます。

    慣例というパイプが大学側には臨床の場、病院側は地域医療の担い手としての医師確保という双方の需要供給を満たしてきたのではないか。
かつてはそんな時代もありました。医局華やかなりし頃には、派遣病院と言う陣地を広げるのに各医局は奔走しました。医局員は右肩上がりに増えるものと無邪気に信じていましたから、大学のある都道府県だけではなく他の都道府県まで派遣の範囲を手当たり次第に広げる競争に勤しんでいました。「医局員増加 > 派遣病院ポスト」の時代が永遠に続くと考えていたのです。

これが医局員減少の時代に入ると状況は一変します。派遣病院の維持は医局員数が確保されないと無理になります。医局員数の減少に比例するように派遣病院への派遣医師数が減っていきます。それなりの老舗医局なら「なんでこんなところに派遣病院があるんだ」みたいなのは必ず何ヶ所かありますが、医局員数が減れば切り捨てられていきます。もちろん長い付き合いがあるので、当初はドラステックに全員引き上げなんて事はせず、1人減り、2人減りと徐々に減らし、そして医師が減る事による負担増により、ある日消失みたいな感じです。もう最近ではドラステックな引き上げも行なわれているようです。

つまり論説委員が力説する「双方の需要供給」は物理的に満たせなくなり、すり減る医局戦力でこれまでの義理をある程度果たせば「サヨナラ」状態が宮崎だけではなく、全国各地で繰り広げられているという事です。私の住むのぢぎく県でも加速度がつきながら展開しています。ですから、

    人事に関する医局の力は以前ほど絶大ではないといわれるが、まだまだ大きいはずだ。
未だに白い巨塔の伝説にしがみついておられますが、いくら絶叫しても医局に医師が不足していれば虚しく木霊するだけです。「まだまだ大きいはずだ」は論説委員の妄想に過ぎ無いという事です。

これは昨日も書きましたが、衰え行く医局では派遣病院の取捨選択に非常に慎重になっています。条件の悪い派遣病院があるというだけで医局員の募集に悪影響をもたらすからです。医師が望む派遣病院の条件はシンプルで、

  • 自分の腕が揮える設備、スタッフ、患者がいるか
  • 医師を人間として待遇してくれるか

この両方が必要です。どちらが欠けても忌避されます。最近では「人間として待遇」がかなり重くなってきていると感じています。そういう時代であるにも関らず、
    病院側の労働環境整備などは可及的速やかに解決すべき課題としておいて
「可及的速やかに解決すべき課題」は10年前から協議され、去年も県・病院サイドは一蹴しています。10年かかっても解決しない問題を「課題としておいて」では話が進みません。ここは
    病院側の労働環境整備は即座に解決し
これが出発点です。この労働環境整備の問題が延岡病院の大きな根本であり、これを「おいて」何の解決が図れるというのでしょうか。論説委員は盛んに医局権力の幻想に縋っていますが、そんなものは新研修医制度により消えうせています。宮崎日日新聞が過去に医局制度にどんな評価をしたかまでは存じませんが、宮崎日日新聞も属するマスコミが寄って高って医局解体を賛美した結果が今です。潰しておいて「助けてくれ」と言われても医局には力は残っていないという至極単純なお話です。

前身の宮医大設置前には「1県1医大を」という県民の悲願があった。その恩恵を県全域にもたらしてほしい。

おらが県の医学部であろうとも、無い袖は誰も振れません。おらが県の県立病院であろうとも「医師を人間として待遇」しない病院であれば、そこへの派遣を中止し、他の派遣病院に医師を振り向けるのが今の医局です。これは医局の命令ではなく、医局員個人の意志です。医局員も自分の意志があり、医局の弱体化とともにその意志は強く尊重されます。医師の個人の意志の尊重が必要として、医局制度の封建制を叩きまくったのは宮崎日日新聞も属するマスコミであり、それが実現しているのが今の日本の医療の現実です。

県立延岡病院問題の解決に必要なことは速やかに、いや即座に労働環境問題を解決することであり、

大学医局側も擁している医師の数や医局外医療機関への派遣状況などの内部事情を県民に説明してはどうだろう。

医局に属する医師を洗いざらい調べ上げ、搾り出そうとする行為は自殺行為になります。そこまでして医局から派遣医師を搾り出せば、次に医師は医局から逃げ出し、宮崎県から逃げ出し、さらに誰も宮崎県に近寄ろうとしなくなります。論説委員が提唱する解決策を実行すれば、延岡だけではなく宮崎県の医療を滅ぼす事になるとしておきます。