フィルター効果

8/18付タブロイド紙より、

通院先変更:4割が経験 対話不足が不信へ 医師の応対に不満…20.7% /熊本

 ◇医療機関側に改善点も−−民間研究所

 約4割の人が通院先の病院を変更した経験を持っていることが、肥後銀行系のシンクタンク、地域流通経済研究所の調査で分かった。替えた理由で最も多かったのは医師の対応に対する不満で、同研究所は「医師の多忙は理解できるが、日ごろから患者と対話して不満や要望を拾っていくことが重要。医療機関側にもコミュニケーション不足を補う仕組みづくりが求められている」と指摘している。

 県内在住の20歳以上の男女3000人を対象に6月、アンケートを配布し、郵送で回答を得た。回答率は35・6%。病院を変更した経験のある人は41・3%で、男女別では女性が44・4%、男性が37・4%と女性の割合が多かった。年代別では30代が50%、40代が45・6%と高かった。

 病院変更の理由は(1)医師の応対(説明する際の話し方や態度)20・7%(2)医師の診断や治療のレベル15・6%(3)待ち時間が長い13・8%−−の順。上位2項目から、患者と医師とのコミュニケーションに問題があって、治療に不満や不信が生まれている様子がうかがえる。

 医療機関への要望は、「他の医療機関と連携し、適切な紹介をしてほしい」が最も多かった。次いで「総合的に相談できる医療機関にかかりたい」「健康診断などで病気の予防をしたい」「家族の病気を相談できる窓口があれば利用したい」。

 同研究所は「医療機関側に改善できる点が多々あることが分かった。それらを怠ると、患者を失うという経営上の問題になる可能性もある」としている。【笠井光俊】

地域流通経済研究所は実在し、調査結果も第2回病院満足度調査として公表されています。調査方法が気になっていたのですが記事では、

    県内在住の20歳以上の男女3000人を対象に6月、アンケートを配布し、郵送で回答を得た
3000人をどうやって選んだのだろうと思っていたら、報告書では、

調査方法 肥後銀行営業店で配布、郵送回収

肥後銀行の顧客名簿で選んで配布したのでしょうか。それとも営業所に来店した客にランダムに配布したのでしょうか。顧客名簿を使ったのなら少々問題が残りそうな気がしないでもありません。その辺は手法が色々あるんだろうとしておいて、回答者の年代別の集計結果が掲載されています。

年代 回答実数 比率
20代 127 11.9%
30代 206 19.3%
40代 261 24.4%
50代 270 25.3%
60歳以上 205 19.2%
全体 1069 100.0%


有効回答率が35.6%なのは書いてありますが、各年代のどれぐらいが回答したのかのデータの記載はありません。それでも40代、50代が全回答者の半数を占めるのがわかります。さてなんですが記事には、
    約4割の人が通院先の病院を変更した経験を持っている
「病院」の変更となっています。しかし調査結果には、

通院している間に不満になって医療機関を変更(スイッチ)したことがあるかという質問には、「スイッチ経験がある」と回答した人が41.3%と、約4割が不満を抱いて医療機関を変更している

調査結果には「医療機関」となっています。調査結果の医療機関が病院だけなのか、それとも診療所を含むのかですが、調査結果の中に、

医療機関(病院や診療所)

お判りでしょうか、記事と調査結果では変更した医療機関の対象が明らかに違います。しつこいですが表にしておくと、

記事 調査結果
記載内容 通院先の病院を変更 通院している間に不満になって医療機関を変更(スイッチ)したことがあるかという質問
対象となる医療機関 病院のみ 病院及び診療所


医療機関の変更が病院だけであるのと診療所も含むのであればニュアンスはかなり変わります。調査結果の診療所には歯科も含む可能性も十分ありますから、41.3%の不満をもっての通院先変更率はさして高いと思えません。ちなみに当院の職員は私も含めて100%の「医療機関の変更」経験があります。

それとこれは開業医の本音ですが、新規開業の時の患者の殆んどは「医療機関の変更」で受診されます。全員とは言いませんが、かなりの高率で従来の通院医療機関に不満を持ってたから、新規の開業医を試してみたと言うのは確実にあります。不満の程度も様々ですが、調査結果に書いてある、

不満になって医療機関を変えた理由(複数回答)は、「医師の応対」が20.7%と最も回答が多く、次いで「医師の診断や治療のレベル」が15.6%、「待ち時間が長い」が13.8%となっている。

「待ち時間が長い」は繁盛している開業医では宿命の様に起こります。笑ったらいけませんが、新規開業医の選択理由に「ここは空いているから」と言うのが少なくありません。今回の改定で廃止になりましたが例の「5分ルール」を考えればすぐにわかるはずです。5分の診療時間では1時間に12人しか診療できません。24人待っていたら自動的に2時間以上の待ち時間が発生するわけです。

悪名高き「3分診療」でも1時間に20人です。繁盛しているところなら朝一番に30人ぐらい並ぶところもありますから、30番目なら1時間30分以上は自動的に待ち時間が発生します。「繁盛している = 待ち時間が長い」は明らかな相関関係があります。待ち時間の短縮のために予約診療制を取っているところもありますが、これの実運用上の厄介さは今日は省略します。


「医師の診断や治療のレベル」も幾らでもあります。うちだってたくさんあります。「レベル」なんて高尚な言葉を使うからややこしくなるのであって、現実は「○○医院では良くならない」で通院先をすぐに変更される方は小児科でも結構な数になります。当院に流れてくる患者もいれば、きっと流出している患者もおられると思います。

小児科診療所でよくあるパターンとして、

    母親:「風邪が治りません」
    医師:「いつからですか」
    母親:「半年前から」
半年も治らないのであれば「良く生きてるな」と言いたいところですが、よくよく聞くと「一旦良くなったと思ったら、1週間後に・・・」。つまり途中で治って、また風邪を断続的にひいただけですが、母親の意識として「同じ風邪が常にぶり返している」になっていると言うわけです。冬中「治らない、治らない」とドクターショッピングを繰り返した挙句と言うわけです。

こういうタイプは最後に引き当てた診療所がお得で、受診した時に季節の変動と風邪の流行に変化があれば、「あそこは治してくれた」と「高いレベル」の評価を頂ける事になります。かわいそうなのは中間過程の診療所で「あそこはレベルが低い」になります。やっている事に大して「レベル」の差はないのですが、世の中そんなものです。


「医師の応対」なんて表現すると愛想の悪い極致の医師が想定されてしまいます。もちろんそういう医師も存在しますが、少なくとも開業医レベルでは自然淘汰されます。開業医は病院の様に信用の金看板を背負っているわけではありませんから、医師個人のキャラで看板を自作し患者に対応します。患者が医師を気に入るかどうかは医師と患者の相性に尽きる部分があります。

医師は1人ですが患者は多数です。そして患者が求める医師像は実に多彩です。優しい物言いの医師が一般的には好まれそうなものですが、一方でそういう医師は「頼りない」の評価を下す患者も一定比率で確実に存在します。開業医も商売ですから、出来る限り多数の患者に合わす様にはしますが、全員に合わせる事は無理です。

ベテラン医師なら患者の様子を見ながら、このタイプであればこういう対応のオプションをかなりは持っていますが、全員に対応できる医師はまず皆無でしょう。それにタイプを判別するには、それだけの時間と情報が必要ですが、往々にして1回で見切られるタイプの患者も少なくありません。根本的には人と人とのコミュニケーションですから、絶対的に相性が悪いという組み合わせも必ず発生します。

地域事情によりますが、多くのところはフリーアクセスが特徴の日本の医療ですから、患者に医療機関を自由に選択する権利があります。患者にしても「顔を見るだけ、声を聞くだけで虫酸が走る」と感じればトット医療機関を変更します。ひろ〜い意味での「かかりつけ」医療機関の決定は、最初の医療機関で満足する時もある一方で、2〜3ヶ所渡り歩いて決定する事も珍しいとは思えません。



調査結果にある

上位2項目は“医師”にまつわるものである。患者と医師とのコミュニケーションに問題が生じると、医療機関にとっては “患者=顧客”の損失につながりかねないため、医師のコミュニケーション能力は“患者に対するサービス”の重要な要件だと推察される。

こんな話は常識以前の事です。開業医も十分に承知しているところで、いかに患者を引っ張り込むか、いかに流出を少なくするかは日々のテーマです。ただこれも本音ですが、全員を継ぎとめようとは誰も考えていません。ここは話が経営と言うか集客の一般論になっているので、そういう観点で話を進めます。

別にこれは医療に限らないのですが、集客のために大事なのは単純に来た客をすべて取り込むだけがすべてではありません。その店に集まる客が良質である事も重要なポイントです。良質な客が集まる店は、それだけで店の雰囲気は良くなり、良くなった雰囲気がさらに客を呼ぶ好循環を呼びます。あからさまに言えば他の客に絡んで回るトラブルメーカーみたいなのが増えれば、店の評価は急落してしまい、やがて誰も近寄らなくなります。

どういう客層を対象にするかは店の経営方針で変わりますが、その店にとってもっとも好ましい客をいかに選別して集め、好ましくない客をいかに排除するかも経営手腕になります。そういう経営努力は結果でもって示され、経営が成立すれば「成功」と評価されると考えます。成功していても、客層を広げて経営規模を拡大しようとして失敗する例もさして珍しい話ではありません。

客の選別は時に「損して得とれ」の判断も重要であり、「1人も逃がすな」の方針が常に正しいとは限らないと考えています。



調査結果の見方も受け取り方も、そういう観点から考えるべきだと思います。「まとめ」には良い事が書いてあります。

 なかでも、医師の応対に対する不満は、通院を取りやめて他の病院に移るという“スイッチ行動”につながっており、診察にあたっては、基本的な接客マナーはもちろんのこと、わかりやすい言葉で説明を行なうことが医師には求められ、医師のコミュニケーションの不足を補うような仕組みづくりも必要とされる。その一つの試みとして、一部の医療機関では医療メディエーションという手法を導入し始めている。メディエーションとは、紛争当事者間にメディエーターと呼ばれる第三者が介入し、対話を促して当事者が自主的に紛争を解決していくもので、医療サービスなどの情報の非対称性が大きい業種では、有効な手法だと思われる。医療現場でのメディエーターの役割は、紛争に発展したトラブルだけを扱うのではなく、日頃から患者と対話を行い、小さな不満や要望を拾って解消することも重要な役割の一つである。

 また、医療メディエーションといった手法ではないが、医師を含めた医療スタッフのコミュニケーション能力の向上に取り組み、患者との対話から細かな要望を聞き取り、診察・検査・受付時のちょっとした不便さを解消するような心遣いをしている医療機関もある。例えば、点滴治療を受ける患者の苦痛を少しでも和らげるために、高さ・硬さ・材質の異なる枕を用意し好みに応じて選んでもらうサービスを提供している医療機関がある。このような取り組みは、一見地味なものだが、このようなきめ細かな対応の積み重ねが、快適な医療サービスを提供することになり、患者が医療機関を選ぶための情報源である“知人や通院患者の評判(口コミ)”につながる。患者に支持される医療機関になるためには、資金や制度を導入せずとも、いますぐに取り組めるようなことが見落とされたまま、まだ多く存在しているように思われる。そして、そのヒントを与えてくれるのは、患者との対話なのではなかろうか。

記事の姿勢が「とにかく患者全員の不満を無くす様に努力せよ」になっているから違和感を感じるのであって、テーマをその医療機関にとって必要な患者を継ぎとめると考えれば無理なく理解できます。必要な患者をポロポロ逃がすような経営では成り立ちません。必要な患者を継ぎとめるために、患者のニーズのリサーチの努力は必要と言う事です。

メディエーションは経営体力が無いと無理ですし、メディエーションにかける費用と効果の評価も経営上は厳しく考えないといけませんから置いとくとしても、後半部分のスタッフが患者とのコミュニケーションから生み出した小さな工夫はかなり効果があります。経営上のポイントとしては、そういう情報を収集するのも重要ですが、そういう情報を活かせる職場環境がさらに重要です。

いくら情報を集めて上に報告しても、何の反応も無く握りつぶされたら誰も情報を集めなくなります。集めた情報に対する軽快なレスポンスが起こる職場環境の構築が非常に重要であると言う事です。そういう職場環境があれば、黙っていても情報は集まります。逆に重苦しい職場環境では、上がいくら情報収集の訓辞を行なってもお座なりの反応しか起こらないと言う事です。

そういう小さな工夫を怠り無く続ける医療機関と、そうでない医療機関との間で差が生じるとの指摘ならよく理解できますし、医療機関を変わろうとする患者が少なからずいるのもデータとして示されていますから、ここから患者を拾い上げる経営戦略も成立します。



調査結果をいちいち引用していると長くてくどくなるので控えますが、調査結果自体が示しているものは医療機関の経営にとって「永遠のテーマ」に感じられます。見えている医療機関ならこのぐらいの事は先刻承知で、集患が十分で無い時は予算の許す範囲でどれぐらい重点を置いて改善を考えるかの問題です。「回す予算は乏しい」が前提ですから、費用対効果を慎重に見極めながらの対応になります。

私が小さな工夫を重視したのは、これはローリスクの対応なので、空振りしても損失が小さく、うまく当たれば思いのほかにハイ・リターンが期待できるからです。小さな工夫はアイデア勝負ですから、アイデアをいかに医療機関が汲み上げる事がカギで、それが出来る医療機関は活気がありノビシロが多いんじゃないかと考えています。

ありがちなパターンとして、こういうものは得てして好循環しているところはドンドン良い方に転がりますが、逆に悪循環に陥っているところは、「貧すれば鈍す」になり、過度の経費削減により、目に見え難い重要なサービスまで知らずにバッサリ切り捨てていたりします。

もう一つ調査結果に書いてある患者ニーズはウソではありませんが、額面通りに受け取ると時に大火傷を負います。調査項目に上るニーズを満たす方向は間違いではありませんが、ニーズを満たす方法は必ずしも直球ではありません。それぐらいの事は経営者であれば誰でもわかる事です。根本は何であるかを読み取って動く事が重要です。



さてなんですが、元の調査報告はそれなりに良い事が書いてあると思うのですが、記事なると妙に歪んで感じてしまうのは私だけでしょうか。私はエントリーを書く必要上、元資料まで読みましたが、そうでなければ「病院の調査であって診療所のの調査ではない」として、元の調査まで読まなかったかもしれません。そうなれば有用であったかもしれない情報を読み落としていたかもしれません。そういう意味では罪深いフィルター効果です。

そうそう、基幹病院クラスと診療所では経営の観点がかなり違う部分があります。私が評価したのはあくまでも診療所の観点からであり、診療所も「つぶクリ」から「ふつクリ」を目指して悪戦苦闘しているレベルと御理解下さい。