足らんだろうな

5/15付け読売新聞より、

感染症医療機関の16%で担当医1人、夜間対応できぬ恐れ

 新型インフルエンザの診療拠点である全国の感染症指定医療機関の16%で診療に当たる医師が1人で、夜間などに十分な診療体制が組めず、患者の受け入れができない病院も6施設あることが、読売新聞の調査でわかった。

 調査は今月、全国の感染症病床がある指定医療機関325施設に行い、279施設から回答を得た(回収率86%)。

 新型インフルエンザ患者の「治療を担当する医師数」を尋ねると、238施設が回答。このうち106施設(45%)は5人以上の体制を取っていたが、39施設(16%)は1人だった。医師1人では、夜間や休日での診療に対応できない可能性がある。

 1人体制の医療機関からは、「内科の常勤医がいないため、重症患者を診る自信がない」「医師不足のため、県から派遣される医師で対応する」などの意見が寄せられ、医師不足の影響が出ていた。

 また、患者の受け入れができないと回答した6施設は、「医師や看護スタッフが足りない」「ウイルスが病室外に出ないようにする陰圧室がない」と理由を挙げた。

 厚生労働省は「感染症指定医療機関でも呼吸器内科医など専門の医師が不足している。感染が広がった場合は、地域のほかの医療機関とも協力し、対応してほしい」としている。

感染症指定医療機関厚労省感染症指定医療機関の指定状況(平成21年3月末現在)によると、

ここで第二種感染症指定医療機関は全部で554医療機関あるのですが、このうち結核病床だけを持つところがあり、結核以外の感染症病床を有する機関が314医療機関です。どうも記事にある

感染症病床がある指定医療機関325施設

これと施設数が一致しないのですが、4月以降に増えたのかもしれませんし、それとも第一種と第二種の重複医療機関があって、合計すると325施設なのかもしれません。面倒なのでチェックをサボってますが、ここはそんなもので良いかもしれません。


感染症法では一類から五類に感染症が分類され(本当はもうちょっとややこしい)、分類に応じて対策が決められています。ちなみに鳥インフルエンザは二類感染症に指定され定義は、

病原体がインフルエンザA属インフルエンザAウイルスであってその血清亜型がH5N1であるものに限る

とりあえず今回の豚インフルエンザは二類指定の鳥インフルエンザには該当しないことになります。ではどうなっているかと言えば、新型インフルエンザ等感染症という新たな分類が設定され、そこの取扱いになるとなっています。私が学生の時にも伝染病の分類を覚えるのに四苦八苦しましたが、今はさらに複雑になっているので覚えるのは大変そうです。

新型インフルエンザ等感染症の治療が行なわれるのは、新型インフルエンザ対策のための感染症法等の改正(日本獣医師会)によれば、

 新型インフルエンザ等感染症については,感染症の専門家が感染防止設備の整った医療機関で治療を実施することが必要であるため,感染症法上の入院先でもある,特定感染症指定医療機関,第一種感染症指定医療機関または第二種感染症指定医療機関が隔離先とされた.

単純に理解すれば二類感染症に準じるとしてもよさそうです。そうなれば治療可能病床は第一種、第二種合わせて1679床、つまり1679人分しかない事になります。新型インフルエンザ等感染症の取扱いの詳細が良く分からないのですが、国内でパンデミックになれば足りないだろうなというのが素直な感想です。新型が季節性並に蔓延すれば1679人程度はすぐにオーバーします。

もちろんそうなれば軽症患者は自宅治療になるかと考えます。物理的に足りないのですから必然的にそうなります。これが今回のようにインフルエンザ治療薬、とくにタミフルが有効であればまだ良いのですが、季節性であってもタミフルに抵抗性のインフルエンザは増えています。新型がタミフル無効であって、さらに懸念されている強毒性であればかなり心配です。

自宅で治療していても症状が悪化し入院治療が必要な患者がこれもまた必然的に増加します。この数が1679人を越えないかと言われれば大いに不安です。もちろんそうなれば、これもまた必然的に本来の感染症病床以外の一般病床を臨時に転用せざるを得なくなります。簡単には病院の個室病床が総動員されると考えるのが妥当です。大部屋はさすがに使いにくいでしょうし。

個室を臨時に転用しても足りるかどうかの試算はこの場では分かりませんが、はっきりしている事として入院患者が増えるであろうと言うことです。それも厳重な感染対策を施しながら、さらに人工呼吸器の装着が必要になる事もある重症患者の増加です。ここでまた人工呼吸器が足りるかの問題も出てくるのですが、諸々を考え合わせて病院の負担を考えると、

  1. 通常診療に加えて、かなりの数の重症患者の入院治療の治療が増える
  2. 増加した重症患者へのマンパワーは通常診療の戦力をかなり吸い取る
あたり前ですが、新型インフルエンザ以外の重症患者も通常と同じ割合で発生して入院治療を必要とします。そっちだって待った無しですし、治療に個室が必要だったり、人工呼吸器が必要なことも「いつも」のようにあります。いつもの治療の上に、かなりの多数が予想される強毒性のインフルエンザの入院治療必要患者を受け入れる余力が果たしてあるかどうかの懸念です。厚生労働省は、

感染症指定医療機関でも呼吸器内科医など専門の医師が不足している。感染が広がった場合は、地域のほかの医療機関とも協力し、対応してほしい」

医療機関同士の連携が必要なのは当然ですが、連携だけで「空いている医師」「空いている病床」は確保できるかは疑問です。これは厚労省とか有識者とかが大好きな「医師は偏在しているから、誰かヒマしているはずだ」が前提にないと成立しないような気がします。

新型インフルエンザによる入院は予定入院ではなく、緊急入院になります。それも一般の緊急病院より受け入れ条件が厳しいものになります。誰でも思い浮かぶ、他の入院患者への感染防止がセットになるからです。この条件をクリアするには病院にかなりの余力が必要です。そういう余力が病院に果たしてあるかが問題と考えます。余力とは現在の医療政策で「無駄」として削減され続けているものです。

無駄を省くは一般的に効率化とも言われ、称賛される行為とされます。ただ無駄がトコトン無くなるという事は、病院も通常業務で100%回転している状態という事になり、そんな状態で新たな業務を引き受ける余地がなくなる事を意味します。そう言う状態の一つの現われが救急医療問題になります。新型インフルエンザの緊急入院も救急医療による緊急入院と意味合いは近く、むしろ条件的に厳しいものです。

どう考えてもやっぱり「足らんだろうな」が素直な感想です。「足らんだろうな」は記事が指摘している感染症医療機関の医師の数レベルではなく、全体として考えても根本的に「足らんだろうな」という実感です。もちろんと言うか、当然と言うか「足らぬ、足らぬは工夫が足らぬ」式の精神論がそういう時には跋扈するでしょうが、精神論で物理的不足をカバーできないのは民族の教訓としてあるはずなんです。

それでも教訓よりは歴史は繰り返すの方が起こりそうな気がします。