故中原医師の民事訴訟が和解

正直なところ和解なったのは驚きました。故中原医師を巡る訴訟は二本立てで、ひとつは労災認定訴訟です。これは東京地裁判決で勝訴し認められています。もう一つは故中原氏を過労死になるのを防げなかったとしての病院側への損害賠償訴訟です。これは苦戦していまして、

    東京地裁:原告主張を全面却下
    東京高裁:過労死は認めるものの病院責任は否定
三審制最高裁があるとは言うものの、こういう状況では審理さえ行なわれない事が多く、かなり不利とは見られていました。中原夫人にも直接聞いた事があるのですが、「かなり苦しい」と感想を漏らされていましたから、私も難しいんじゃないかと思ってはいました。それが突然和解になったのをどう理解して良いか少々悩んでいます。

和解条項も公開されています。

 申立人らは、亡中原利郎医師(以下「中原医師」という。」の遺志を受け継ぎ小児科医の過重な勤務条件の改善を希求するとともに、労働基準法等の法規を遵守した職場の確立、医師の心身の健康が守られる保健体制の整備を希求して、本件訴訟を提起したのに対し、相手方は、相手方病院の勤務体制下においては、中原医師の死亡について具体的に原因を発見し、防止措置を執ることは容易ではなかったという立場で本件訴訟に対応してきたところ、裁判所は、我が国におけるより良い医療を実現するとの観点から、当事者双方に和解による解決を勧告した。

 当事者双方は、原判決が認定した中原医師の勤務状況(相手方病院の措置、対応を含む。)を改めて確認するとともに、医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠であることを相互に確認して、以下の内容で和解し、本件訴訟を終了させる。

  1. 相手方は、中原医師の死亡が新宿労働基準監督署長により労災認定された事実を真摯に受け止め、同医師の死亡に深く哀悼の意を表する。

  2. 相手方は、申立人らに対し、本件和解金として、労災保険給付金とは別に、合計金700万円の支払い義務があることを認め、これを、本日、本和解の席上で支払い、申立人らはこれを受領した。

  3. 申立人らは、その余の請求を放棄する。

  4. 当事者双方は、今後、本件事案並びにこの和解の経過及び結果を公表する場合には、原判決認定事実(原判決が引用する第1審判決の認定事実を含む。)を前提としてこれを行い、相手方病院を含む我が国の医療現場におけるより良い医療を実現することを希求するという本和解の趣旨を十分に尊重し、相手方当事者を誹謗中傷しないことを相互に確約する。

  5. 当事者双方は、申立人らと相手方との間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

  6. 訴訟費用は、各自の負担とする。
以上

金銭的に言えば700万円で和解とし、弁護費用は各自負担と言う事のようです。詳しくは知りませんが、最高裁まで争って700万円じゃ、金銭的には足が出たような気がしないでもありません。金銭だけの問題で無いにしろです。それにしても中原夫人の声明原告弁護団の声明支援の会の声明記者会見配布資料とあり、マスコミ対策はばっちり取られているのはわかります。良ければお目を通し下さい。


このブログでも訴訟関係と言うか法律関係は必要に迫られて扱っていますが、しょせんは泥縄式の素人です。ですからあくまでも素人の感想として聞いて頂ければ幸いです。日本の司法制度は三審制とは言え、必ず三審の審理が行なわれるわけではなく、とくに最終審である最高裁での審理はそうそう行なわれません。そりゃそうで、最高裁は1ヶ所しかありませんから、全部押し寄せられたらたちまちパンクします。

とくに一審・二審が連敗している訴訟の扱いは微妙そうに勝手に思っています。覆る余地がなければ審理は行なわれないでしょうが、行なわれるとなったら逆に覆る可能性があるとも言えない事はありません。少しだけソース的なものを出しておくと、7/8付m3.comには、

川人弁護士によると、2008年の司法統計によれば、最高裁に上告申立・上告受理申立がされた民事・行政事件は約4500件で、うち最高裁で和解になったのはわすか延べ8件。原判決が破棄されたのは、56件にすぎないそうです。

うゎ、本当に少ないんだ。一審、二審と審理を重ねているものの大部分が最高裁でひっくり返る方が異常とも言えますが、民事で最高裁で逆転判決が下るのはわずかに1%ぐらいしか無いみたいです。また和解と言っても内容によりけりですが、とりあえず和解になるのが0.2%ぐらいみたいです。統計的な資料をもう一つあげると町村泰貴氏の「上告を退ける決定」の意味によりますと、

平成20年の統計によれば上告受理申立て2513件に対して、不受理が2418件、本案判断がされたのが65件であり、まさに数%の受理率である。そして受理されれば、原判決破棄に至る割合はすこぶる高く、約78%に達している。

統計的にm3とどっちが正しいのだろうと思いますが、町村氏の情報では、上告が受理されるのは3.8%で、その代わり受理されたら約8割が原判決破棄、すなわち逆転判決になっているとなっています。


この辺の情報は弁護士なら常識でしょうから、最高裁の戦いは上告が受理されるかどうかが天王山みたいです。構造的に逆転の可能性のあるものだけが上告受理(受理されなかったら原判決はそもそも確定)され、実際に審理されれば8割は逆転と解釈できそうです。

故中原医師の訴訟はどうかなんですが、少々複雑なようでm3には、

遺族側は判決を不服として最高裁に上告受理の申立を行いました。上告受理、高裁判決の破棄差し戻しには至らなかったものの、最高裁のあっせん趣旨を踏まえて和解に応じることにしたとのこと。

へぇぇ、なんとなく和解は訴訟が受理されてから行なわれるイメージがありましたが、受理をしなくても和解を斡旋するなんて事があるようです。これは一つ勉強になりました。2008年に8件あった和解が同じ構造かどうかは知る由もありませんが、二審終了後に和解自体が珍しいですから、本当に異例なのかもしれません。いや、ひょっとして形式上は受理した上の和解斡旋かもしれませんが、よく判りません。


これはあくまでも聞いた話ですが、最高裁でなくとも裁判長からの和解勧告なり、斡旋を受けた場合の心情は微妙だそうです。裁判長から出るぐらいですから、心証がそこにあると解釈せざるを得なくなるのだそうです。無碍に蹴飛ばすと、賠償を請求する原告側は賠償額が減るんじゃないかと考え、逆に請求される被告側は増えるんじゃないかが頭によぎるそうです。たぶん私が当事者でもそうだと思います。

今回は受理前の和解斡旋ですが、原告側は蹴飛ばすと受理されないとか、受理されても逆転しないの可能性が頭に浮かび、被告側は争っても逆転されるの可能性を強く抱いたのは想像の内です。原告側は訴訟で明らかな決着を示したいのが真意だったでしょうが、和解条項の内容と、それを公開する事(これも珍しいような気がします)で実質的な勝訴とみなしたと考えます。

被告側は最高裁判例として負けるより、形の上でも和解として決着した方が対面上は保たれるの判断がなされたと考えています。それにしても、よく和解条項の公開に同意したものだと感じいっています。もちろん公開の条件のために、幾多の交渉はあったとは思っています。


何故に最高裁が上告を受理せず和解斡旋になったのかは、もちろんわかりません。あえて推測するなら、医療の医師不足、さらには勤務状況の問題が社会問題化されているのはあるとは思っています。直接には関係しなくとも、奈良産科医時間外訴訟もありますし、訴訟ではありませんが、愛育・日赤事件、滋賀の事件もあります。

全体の流れとして医師の労働環境を守る方に最高裁の意志が傾いたと取ることも不可能ではありません。それなら上告を受理して判例として確立させたらとも思いますが、二審判決を根こそぎ否定するのには躊躇があったぐらいを想像します。

そうであれば和解とは言え、実質的に原告側の勝利に近いと見れないこともありません。和解ですから判例にはならないでしょうが、今後に類似の訴訟が争われた時に原告側に有利に展開する材料ぐらいにはなりそうな気がします。法律のプロの方からはまた違った見解もあるでしょうが、私はそういう風に受け取っています。


それにしても損害賠償請求が始まったのは平成14年12月となっていますから、実に7年7ヶ月の歳月を要した事になります。今回の訴訟とは関係ありませんが、これだけの年月を勝利を信じて争い続ければ、勝っても、負けても、物凄いしこりが残る様な気がします。とくに負ければなおさらだと感じます。叶うならば、そういうものに巻き込まれずに余生を過ごしたいものです。