あの団体も煮詰まっているみたい

BPOと言うあんまり役に立たない機関がありますが、ここに2011.2.8付権利侵害申立てに関する委員会決定「大学病院教授からの訴え」と言うのがあります。BPOですから対象番組があるのですが、

苦情の対象となった番組
サンデープロジェクト
(毎週日曜日 午前10時〜11時45分、2010年3月終了)

放送日時
2010年2月28日(日)(番組の後半の特集 約34分)
「密着5年 隠蔽体質を変える〜大学病院医師の孤独な闘い〜」

もちろん私は見ていません。どうも「大学教授からの訴え」とは、この番組に苦情を申し立てたのが「大学教授」であるとの事のようです。内容の詳細はリンク先を読んで欲しいのですが、大雑把にだけまとめておきます。申立人が問題点としたポイントですが、

  1. 番組は公平公正な取材に基づかず事実に反する偏向報道である。申立人の周辺で取材を受けた形跡もなく、真実に迫る努力もなされていない。
  2. 人格権・肖像権の侵害
  3. 家宅侵入罪と人権侵害
  4. 大学の隠蔽体質との指摘
  5. 医療過誤との闘い」との表現
  6. 「カルテ改ざん」との表現
  7. 局への要求

これに対してBPOが審理の対象としたのは、

 申立書等において申立人は、本件放送および取材に対して上記のように1.から7.までの問題点を指摘するが、申立人に対するヒアリングにおいて確認したところによれば、このうち、撮影が行われたという場所は、一般に立入りが禁止されている「私有地」というよりは、公道もしくはこれに準じる場所であると思われ、取材場所としての問題はない。また、番組放送後の抗議電話・FAXが殺到したことについては、それがいわれるような番組関係者や協力者と連動した行為の結果と見るべき根拠は示されておらず、またそのことと放送内容との関連が具体的に示されていないので、これらについては直接審理しないこととした。

 また、打出医師に対する大学病院内での処遇、退職勧告および申立人に対する処分の結果を公表させないことを批判した部分は直接申立人に向けられた内容ではないので、委員会はこれらについても判断をしない。

なんの事やらわかりにくい方は、申し訳ありませんがリンク先のBPO勧告を読みください。そいでもってBPOが審理対象として絞り込んだのは、

したがって、委員会の審理の対象となるのは

  1. 本件報道において申立人の実名および取材映像を用いたことの人格権侵害等の有無
  2. 本件のような申立人に対する「直撃」取材の許容性
  3. 申立人もかかわった金沢大学における医療トラブルをめぐる民事訴訟等の紹介の仕方およびその中での「改ざん」、「医療過誤」等の表現にかかわる問題点
についてである。

さらに絞った問題点のうち、

審理対象 BPOの裁定
本件報道において申立人の実名および取材映像を用いたことの人格権侵害等の有無 審理の結果、人格権等に対する違法な侵害があったとはいえないとの結論に達した。
本件のような申立人に対する「直撃」取材の許容性 委員会は以下の理由により、本件の「直撃」取材それ自体は、放送倫理上も許容される限度内にあると判断した。


読めばお判りのように残った審理対象は、
    申立人もかかわった金沢大学における医療トラブルをめぐる民事訴訟等の紹介の仕方およびその中での「改ざん」、「医療過誤」等の表現にかかわる問題点
これだけです。BPDの話は前にも扱ったので、これだけでも残ったのはたいしたものだと個人的には思います。これをBPOでは「放送内容の問題点」としていますが、ここがさらに細かくポイントを分けているのですが、結果だけまとめると、

審理対象 BPOの裁定
取材映像の用い方 本件放送におけるインタビュー取材映像の用い方には、放送倫理上の問題があると判断した。
金沢大学事件判決の紹介 病院が患者の同意なき臨床試験を行ったということを裁判所も認め、それが最高裁まで行って確定したというもの 本件放送における説明は不正確であり、放送倫理上の問題がある。
病院が事実を隠すために証拠を改ざんしたことも同様に認定され、確定した、という情報 この点については、放送倫理上の問題はないと判断する。
「改ざん」あるいは「カルテの改ざん」等の表現 「改ざん」という用語について 「改ざん」と称したことについてはあえて問題とはしない。
「カルテ(診療記録)の改ざん」という用語について 言葉足らずで、表現上の問題があったとの批判を免れない。
医療過誤との闘い」との表現について 不適切で不正確な表現である。


結局のところ
  • 放送倫理上の問題


    • 取材映像の用い方
    • 病院が患者の同意なき臨床試験を行ったということを裁判所も認め、それが最高裁まで行って確定したというもの


  • 表現上の問題


    • 「カルテ(診療記録)の改ざん」という用語について
    • 医療過誤との闘い」との表現について
これだけです。冒頭でBPOが「あんまり役に立たない」としましたが、これは2つほど理由があって、一つはBPOが問題と勧告しても放送局側はさして痛痒を感じない点です。勧告が出ても世間的な話題にならなければ、平然と類似の行為を重ねますし、話題になっても番組を打ち切って、看板を変えてまたぞろ類似の番組を作るのが関の山程度しか存在感がないというのがあります。

もう一つは、その程度の存在感である一方で、問題の判断基準は相当辛いと言う点です。辛いと言うのは申立人とっての辛さで、いくつかBPO勧告を読んだことがありますが「これでもクリアか?」と感じずにいられない事はしばしばありました。この辺が放送局側に甘いと取るのか、報道の自由を重く見ているのかは評価の分かれるところですが、そうは安易に「問題あり」とはしない事だけは間違いありません。

それだけに逆に言うと、そういう辛い辛い基準を超えて「問題あり」とした点は、掛け値無しの問題点であると受け取れます。あえてBPOが指摘した問題点とはそういう代物であると解釈しても良いかと考えています。



さて手短に説明が出来なかった、このBPOの指摘に不満タラタラの団体があります。このBPOの指摘に対し、まず

BPOは高裁判決を誤読し、まさに重箱の隅をつつくような指摘で当該報道を放送倫理違反としたのは、事実誤認や論理矛盾などによるものであり、全く納得できるものではなく、看過できません。BPOが当該裁判判決を誤読し、放送倫理違反を指摘するようであれば、メデイア・ジャーナリストは、怖くて医療裁判の報道はできなくなります。

さらに

 そして、本件決定文においてBPOが犯したもう一つの誤りは、説明義務違反は医療過誤とは違うという、医事法界の通説と異なる見解をBPOが出したところにあります。こんな初歩的誤りを犯す当該委員が、独自の判断で専門家の意見も聞かずに決定文を公表する体制は改めるべきです。

この主張のために緊急シンポジウムを開催するそうです。言論の自由がありますから、抗議をされようがシンポジウムを開こうが勝手です。感情的で読みにくい文章ですが、とくに問題としているのは判決文の解釈としている「らしい」事はわかります。具体的にどのあたりに問題を感じているのは不明ですが、たとえばBPOのここでしょうか、

遺族側は、このように、地裁判決を大幅に後退させた高裁判決を不満として最高裁に上告し、他方病院側は高裁判決を受け入れて上告しなかった。しかし、ナレーションは上告したのが遺族側であり、その上告が最高裁で棄却されたという事実には触れず、裁判では「同意なき臨床試験」であったという遺族側の主張が一貫して認められたかのように伝えている。こうした説明は、裁判全体を通じての判決内容の要約としては著しく雑であり、裁判所の判断について視聴者の認識を誤導する恐れがあった。

ごく簡単に補足説明しておきますと、地裁判決では165万円の損害賠償判決であったものが、高裁では事実認定が変わり72万円に減額しています。高裁判決を受けて原告側のみ上告しましたが棄却され判決が確定しています。これは揺るがし様のない事実です。そういう事実に対して放送内容は、

 本件放送は、2003年の1審判決が「遺族の主張をほぼ認め」、「患者に説明と同意を得ずに臨床試験を行ったとし、病院側に165万円の支払いを命じた」ものであると紹介する。そして、病院側が判決を不服として高裁に控訴した結果についても上記のようなナレーションで地裁の勝訴判決がそのまま維持され、病院は上告を断念したと述べている。

地裁の判決は損害賠償額が半額以下になり、病院は上告を断念したとも表現可能かもしれませんが、主張がある程度認められたのでこれを受け入れたとも言えます。この辺は受け取り様ですが、損害賠償額が半分以下になったという事は、当たり前ですが事実認定が病院側に有利な部分が出現し、地裁判決が「そのまま維持」されて高裁判決になったとは言えません。高裁判決に不満を持ったのは原告側であり、こういうのを、

    まさに重箱の隅をつつくような指摘で当該報道を放送倫理違反とした
他の個所かも知れませんけど、ま、どう考えようが勝手です。それと、
    メデイア・ジャーナリストは、怖くて医療裁判の報道はできなくなります。
「できなくなります」とは微塵も思いませんが、ごく一部の方が「やりにくくなる」のは正しい指摘かもしれません。もう一つは委員の人選についての指摘かと存じます。委員名も判明していますから、チェックしてみます。

肩書き 氏名 経歴
委員長 堀野 紀 1938年生まれ。弁護士。1960年東京大学法学部卒。1965年弁護士登録。現在最高裁下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員。これまで東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、人権擁護推進審議会委員、更生保護のあり方を考える有識者会議委員などを歴任。
委員長代行 樺山 紘一 1941年生まれ。歴史家。1965年、東京大学卒。東京大学文学部教授、国立西洋美術館長などを経て、現在、印刷博物館館長、東京大学名誉教授。NHK教育テレビ「人間大学」講師、テレビ朝日やじうまワイド」コメンテーターなどを務めた。現在、東京都文京区教育委員長など。著書に『ルネサンスと地中海』『歴史のなかのからだ』『旅の博物誌』など。
委員長代行 三宅 弘 1953年生まれ。弁護士東京大学法学部卒。2005年第二東京弁護士会副会長。2006年日本弁護士連合会常務理事。現在、独立行政法人国立公文書館有識者会議委員。最近の共著・論文に『情報公開法解説』、『情報公開法の見直しと残された課題』、『Q&A個人情報保護法解説』。
委員 大石 芳野 1943年生まれ。ドキュメンタリー写真家。日本大学芸術学部写真学科卒。卒業と同時にフリーランスとなり40年余りになる。主な作品(写真集)は『沖縄に活きる』、『夜と霧は今』、『カンボジア苦界転生』、『ベトナム凜と』、『アフガニスタン戦禍を生きぬく』、『子ども戦世のなかで』、『黒川能の里 庄内にいだかれて』『<不発弾>と生きる 祈りを織るラオス』など。放送文化賞、芸術選奨土門拳賞、エーボン女性大賞、紫綬褒章、ほかを受賞。
委員 小山 剛 1960年生まれ。慶應義塾大学法学部・大学院法務研究科法科大学院)教授。博士(法学)。専門分野は憲法学、とくに基本的人権。著書に『基本権保護の法理』(田上穣治賞)、『基本権の内容形成――立法による憲法価値の実現』、『「憲法上の権利」の作法』、『市民生活の自由と安全』(共編著)、『論点探究憲法』(共編著)、『プロセス演習 憲法』(共編著)など。
委員 武田 徹 1958年生まれ。ジャーナリスト・評論家・恵泉女学園大学教授。国際基督教大学大学院比較文化研究科修了。専門分野はメディア論、社会史。出版社、東京大学特任教授などを歴任。著書に『隔離という病』、『戦争報道』、『流行人類学クロニクル』など。
委員 田中 里沙 1966年生まれ。宣伝会議編集室長。1989年学習院大学卒。広告会社を経て、広告マーケティングの専門誌「宣伝会議」の編集部へ。企業宣伝部、メディア、広告会社等の取材を担当。1995年「宣伝会議」編集長、2002年より「環境会議」「人間会議」の編集長を兼任し、2007年取締役編集室長。テレビやCMに関するコラムを新聞に執筆。メディア・広告関連のシンポジウムなどの企画・コーディネーター、政府広報事業評価基準等検討会、中央環境審議会委員などを務める。
委員 山田 健太 1959年生まれ。専修大学文学部准教授。専門は言論法、ジャーナリズム論。日本出版学会理事。日本ペンクラブ・言論表現委員会委員長。講談社『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会委員などを歴任。著書に『法とジャーナリズム』、『放送法を読みとく』(共編)、『刑事裁判と知る権利』(共著)など。


読めばお判りのように、委員8名のうち弁護士2名、法科大学院教授1名がおられます。弁護士も元東京弁護士会会長と第二東京弁護士会副会長を務められた大御所クラスと思えます。法科大学院教授も慶応の法科大学院です。大御所とか教授クラスであるから必ずしも力量が伴うとは言い切れないかもしれませんが、こういう委員会に選ばれるのは赫々たる肩書きが必要ですから、そういう点では妥当なようには思います。こういう委員であっても、
    こんな初歩的誤りを犯す当該委員が、独自の判断で専門家の意見も聞かずに決定文を公表する体制は改めるべきです
はて? 誰なら良いのでしょうか。


もっともモノは考えようで、BPOが指摘した違反程度クラスは、この団体にとって「問題にすらならない」どころか大々的に抗議してシンポジウムで気勢を上げるものとして「無問題」と解釈しても良さそうです。よく覚えておきます。

それとこの団体の第3者委員会に対する姿勢も覚えておきます。BPOは「放送局よりだ」の問題が指摘されることもありますが、それでも第3者委員会です。そこで出された結論であっても、さらなる「専門家の意見」を必要と主張されています。医療事故調の難題の一つに委員の人選がありますが、仮に事故調ができ、そこでの判断に問題があると判断すれば、さらなる「専門家の意見」を幅広く聴取するのは「当然だ」と受け取っておきます。


感想としてはこの団体の運動も煮詰まってますねぇ。そうは簡単には出ないBPOの勧告に噛み付くあたりで、「相当困っている」と私は強く感じます。もちろん主張するのは言論の自由ですし、これを批評するのもまた言論の自由です。それと少々の事実誤認があったとしても、

    まさに重箱の隅をつつくような指摘
この程度は気にもされない団体と明言されていますから、私としては安心して書けるというものです。